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4月1日、君が死ぬ。〜美術展の来場名簿にサインしたら悪用されて、契約履行まで異世界から帰してもらえない〜  作者: 世界リコピン計画


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9. わがまま

それから、私はルシエルに頼まれて市場に買い物に行ったり、モグラくんに会いに行ったりして、それ以外の時間はわりと好きに過ごしていた。日が落ちる前に帰れば、1人の外出もルシエルが許してくれたのが意外だった。


「傷んだ食材を買ってくるな」


「買って帰ったときは新鮮だったんです…」


「はぁ」


ただ、フルーツや野菜の見分けは私には難しかった。持ち帰った時には虫に食われていたり、一部が黒ずんだりしてしまう。そんな惨状になった食材をみたルシエルに呼び出されて呆れたようにため息をつかれる。結果、腐りやすい食材はルシエルが買いに行くか、エリーさんがここへくるついでに買ってきてくれる決まりになった。そんなこんなで、命の危機すら感じていたこの世界の生活だが、今は案外のんきに過ごせている。


「やーやー、今日も来たのかい?本当に好きだねぇ」


「店主さん、ごめんなさい。何も買わないのに」


「じゃあ、入店料をもらおうかな。…おっと、ジョークだよ」


保存のきく乾物やパンを買いに行くついでに、面布の男性の雑貨屋を訪れていた。入店料と言われ、思わずお金の入った巾着袋を取り出そうとした私を、慌てて制する店主さん。どうやら本気でとるつもりはなかったらしい。しかし、自分が相当迷惑な客である自覚があるため、大変申し訳ない。


「そんなにそれがほしいなら、取り置いてあげようか。売れないか心配で来ているんだろう?」


「え、いいんですか」


店主さんが指さしたのは、私のノートだった。銀貨10枚の値札がついたそれは、まだ売れずに残っていてくれたらしい。


初めてお金をもらってから1週間ほどたち、今の持ち金は銅貨5枚。食材の買い出しと、部屋の片付けで投げ渡されたコインの総数は27枚。しかし、モグラくんに分けたパン代や、買った食材が傷んでいたことでの出費が重なり、懐はすっかり寂しくなっていた。


この世界の硬貨は金貨・銀貨・銅貨の三種類。銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚の価値。つまり、銅貨5枚しかない今の私では到底ノートは買えないということである。


「キミが望むなら、期限も定めずに取り置いてあげるよ。ただし、条件はつけさせてもらうけどね」


「聞くだけ聞いても?」


よしきた、と指を鳴らした店主さんは、声をひそめて条件を告げた。


条件はひとつ。『巷で噂の窃盗犯を見つけてほしい』とのことだ。もちろん、無理である。即座にそう思ったが、口を挟むまもなく、店主さんは話を続けた。


曰く、噂でその窃盗犯は黒いローブを羽織っているらしい。


「俺の店でも、会計後のお客さんが商品をなくしてね。こちら側に非はないけど、捕まえておくに越したことはないさ。それに、黒いローブといえば、お嬢さんも身につけているね。これは疑われてしまうかもしれない」


「それは困ります」


自分が窃盗犯だと思われる可能性が出るのは本当に困る。ローブを買い換えるにも銅貨5枚じゃ足りない。ルシエルに事情を話せば新しいローブをくれるだろうが、きっと後で渡される銅貨から差し引かれる。そうなると、さらに私のノートを購入するのが先になる。


「まあ、最後まで聞きたまえよ。…俺の考えでは、近いうちにキミはその窃盗犯くんに会うことになるだろうさ」


「……そう、なんです?」


「お客さんが盗まれたものは、『爪がちょっと伸びるリング』銅貨87枚、『妻に喜ばれるプレゼントの選び方-汎用編』銅貨93枚、『亜人のための変装ローブ』銀貨8枚。そしてこれは俺からのサービス。彼に接触したら知らせてくれる優れものさ」


そういうと、店主さんは私の腕にベルトのようなアーティファクトを巻き付けた。これは、引き受ける流れになっている気がする。聞くだけだったはずが、もうすでにそのアーティファクトはきゅっ、と私の腕に装着されてしまっている。


「あの、受けるとは言ってな__」


「さあ、今日は閉店だ。じゃあ、よろしく」


しっしっと手を払うような仕草をした瞬間、何かに背中を押されるようにして店の外へと押し出された。慌てて振り返ると、店主さんはカウンターで私のノートを手にひらひらと振っている。それを最後に、ガシャンと勢いよく扉が閉じられた。


背中を押される感覚がなくなったので、もう一度お店の扉に手をかけるも、鍵がかかっているようで開かない。ならば、と中を覗いても、もうカウンターに店主さんもいない。その上、扉から顔を離すと、『CLOSE』の札が下げられていた。がっくり、と肩を落とし、「次来た時にちゃんと断ろう…」、と帰路につくことにした。


◆◇◆◇


とぼとぼと、人通りの少なくなった市場に向かって歩いていく。腕につけられた窃盗犯センサーとやらを剥がそうと奮闘してみるも、どうやら私では外せないらしく、びくともしない。今は諦めて、お使いの品を買うために出店へ近づくと、見知った顔を見つけた。


「フレディさん?」


「おや、その声はハナさんですか?」


紙袋にいっぱいの食べ物と、杖を地面につけているフレディさんがいた。顔をこちらにむけたフレディさんが地面に杖をついて、一歩一歩ゆっくり近づいてきた。ほんの少し前まで来ると、軽く頭を下げて、挨拶をしてくれた。どうやらフレディさんはお店の買い出しに来ているようだった。


「ハナさんは何をお求めで?」


「えっと、パンを買いに」


「おや、私も今から買い求めに行くところでした。お邪魔でなければご一緒しても?」


「もちろんです」


歩くスピードはゆっくりだが、フレディさんは迷いなく二軒先のパンが売っている出店にたどり着いた。店に着くと、私の分までお支払いしようとするフレディさんを制止した。ただ偶然あっただけで払ってもらうなんて申し訳ない。あとは、支払いはルシエルの財布からで、硬貨が減ってない財布袋を見たルシエルに、後に何と言うかが大変困るからである。払う払わないの問答をしていると、少し黙ったフレディさんが、私の真横に手を伸ばし、何かを掴んだ。


「店主どの。連れがこちらのものが欲しいようでして。おひとついただけますか?」


掴まれていたのは、黒いローブの小柄な少年。どう見ても、連れではなさそうな雰囲気で、抵抗してバタバタしている。しかし、いつの間にいたのかまったく分からなかった。店主のおじさんも気づいていなかったようで「お、おう…」と困惑しながらフレディさんから銅貨を受け取り、新鮮なリンゴを手渡している。


「どうぞ、坊や」


少年はリンゴを受け取った直後、フレディさんの手を振り払い、勢いよく突き飛ばした。フレディさんは地面に倒れ、袋から食材が散らばり、杖は少年の足元へ転がる。


「フレディさんっ!?大丈夫ですか!」


「すみません、はしたないところを」


「あっ、手伝います!」


近くの食材を手探りで袋に詰めていくフレディさん。その動作はまるでどこにあるのか見えていないというような様子だった。困ったように手を地面に這わせて食材を探すフレディさんにはっとして、慌てて私も少し遠くまで転がっていった食材たちを腕いっぱいに抱えて運んでいく。フレディさんが小さく「ありがとうございます」というのを聞く。なお、当のフレディさんを突き飛ばした少年はその場で一歩も動かずに私を見ているようだった。ローブの影で表情は見えないが、不思議と視線だけはわかる。


「杖…」


「どうしましたか、フレディさん」


「ああ、ええと…、このくらいの、杖がありませんか?大切なものでして」


「ちょっと待っててもらっていいですか?今とってきますね」


食材を袋の中に入れて、少年の足元にある杖に手を伸ばすと、直前で少年が杖をつかんだ。顔を上げると、ローブの隙間から薄水色の瞳がこちらを見下ろしている。目が合い、少年はゆっくりと瞼を細める。そして杖の先を私に向けて差し出した。


「どう、もっ!?」


掴む直前、ひょいっと杖を引かれ、空を切る。ローブの隙間から、にまにまと口元が上がるのが見えた。


「あ〜そ〜ぼっ」


「…あとでね」


場をまったく読まない台詞に、こめかみがぴくりとしたが、無理やり杖を奪い取る。


「フレディさん、これですよね」


「ああ、そうです。本当にありがとうございます。食材も、とても助かりました」


「いえいえ、困った時はお互い様なので」


杖を両手で受け取ったフレディさんは眉を下げて頭を下げた。そして、フレディさんが頭を上げた次の瞬間、バキリ、とまっすぐ綺麗だった杖が、真ん中でぱっきり折れた。ばっ、と振り返ると、少年が手を前に突き出したまま、握りしめるような仕草で固まっていた。それは魔法を使用した手の形によく似ていた。


「なあ、あそぼって」


そして、少年は「ヒヒヒ」と独特な笑い声をあげた。

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