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4月1日、君が死ぬ。〜美術展の来場名簿にサインしたら悪用されて、契約履行まで異世界から帰してもらえない〜  作者: 世界リコピン計画


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8/11

8. すとん、

「黒色様のいいひと?」


「君がいた家の黒い人。いつも僕に優しくしてくれる。…君も黒色様に守られてる。」


優しい?ルシエルが?疑問に思って男の子を見ても、その表情は相変わらずピクリとも動かない無表情だ。


ぱたぱたと足音を立てて、テントの影から体を全て出し、私の方へ寄ってくる。近づいてみて初めて、彼の身長が私とほぼ同じだと気付いた。彼を男の子と認識してしまったのは、仕草の幼さと顔立ちのあどけなさのせいだったらしい。そんなことを考えながら、彼の動向を伺うと、じっと赤い瞳が私の目を覗き込んでくる。そしてしばらくすると、ふっと目を逸らし、今度は左手を掴まれた。


「ぷっくりしてる」


「あ、うん。初めて魔法使ったから、治りきらなかった」


手のひらを上に向けるように握られる。ナイフで切り裂かれた傷の部分は少し赤く膨れ上がっていて、男の子はそこを人差し指でつん、とつついた。


「ん…。手、汚れてた。ごめん」


墨のようなもので汚れた指先が、私の手のひらに黒いあとを残している。それに気付いた男の子が、自分の手が汚れていたことに気付いたようだ。謝りながら少し距離をとって、黒く汚れた私の手に向かって指先を向ける。すると、指先から小さな水の球が生まれ、それは徐々に大きくなっていく。そうしてある程度の大きさになると、それは弾け、そこからはまるで蛇口のように、水が私の手を洗い流していく。魔法だ。水が生み出されていくその光景が面白くて、見入ってしまう。ルシエルも魔法を使うが、彼は主に黒い炎しか使わないから、こうして水の魔法が使われている場面をしっかり見るのは初めてだった。


「元気になってよかった。僕は力になれなかったから」


「そんなことないよ。来てくれた日はとても嬉しかった。…ねえ、名前は?私はハナ」


名前を聞くと、魔法を止めた男の子が顔をあげた。


「モグラって呼ばれてる」


「なんでモグラなの?本名?」


「窓の下から現れる様子が、土から顔を出すモグラに似てたらしい」


確かに窓の下に頻繁に隠れては顔を出していた光景がすぐに思い出される。しかし、本当にそれでいいのか、少年よ。


「ハナ、回収に来たんだよね」


「うん。でも何を回収するかは知らなくて」


首を傾げたモグラくんは少し停止すると、すぐに私の足元に置かれた荷物から一つの黒い鉱石を取り出して指差した。


「これを粉々にして絵に使えるくらい滑らかな粒にするのが僕の仕事。その粉を持って帰るのは君の仕事」


「すごく大変そうだね」


「すごく疲れる。…君、どれぐらいここにいれるの?」


「どれぐらいだろ…?追い出されるみたいに『持っていけ』って言われ__」


ぐう。


「ご飯、食べる?」


「…ハイ」


「ちょっと待ってて」


一歩下がったモグラくんは上に人差し指を向け、円を書くように指を振った。それから数秒するとモグラくんの頭上に水の球が生成されていく。まさか、と思って手を伸ばすと、次の瞬間にはモグラくんは濡れ鼠になってしまっていた。


「いきなり何!?タオル…はないからこれで我慢して」


「んっ…。だ、………うん」


慌てて自分のローブを脱いで彼の頭に被せ、その裾で濡れた顔を拭う。されるがままのモグラくんが、ローブの隙間からじっとこちらを見上げてくるのが見える。目が合って、はっとした私は手を離した。水で自身を濡らすという衝撃のあまり、不躾に触ってしまった。手を離してから、モグラくんの視線は私の手に移されたがそれは数秒のことだった。


「ご飯、持ってくる。座ってて」


「あ、うん。服も着替えておいで…」


こくり、と頷いたモグラくんはテントの中に入っていった。子供に聞かせるみたいな口調になってしまった。身長や話し方から察するにそこまで子供という訳ではないだろうが、彼を見ると保護しなければという使命感にかられる。表情が一切動かないのも関係しているだろうか。


ガサゴソという音が数分続く。しばらく待てば、モグラくんが腕にパンを1つ持ってテントから出てきた。服は着替えたようで、濡れていない。


「どうぞ」


ずい、と1つしかないそれは私へと差し出された。それを見て首を傾げる。


「モグラくんのは?」


「僕はさっき食べたから、ハナの分」


本当だろうか。顔を覗き込んでも、表情が変わらないので分からない。とりあえず受けとると、モグラくんは私のすぐ隣に座ってきた。肩が振れるほど近い距離だ。


「一人で食べるの恥ずかしいんだけど…」


「そう。…食べないの?」


「うーん、半分こしない?」


じっと見つめてくるので、パンを二つに割って差し出す。モグラくんは「半分こ…」と復唱するように呟くが、受け取る気配がない。もう一度近づけると、そのままガブッとかじりついてきた。


「おっ…??」


大きな一口で、ばくばくばくばく、と私の手ずから食べている。その様子に、どこか猫におやつをあげているような気分になる。モグラくんは数口でパンを食べきってしまったため、片方の手にあったもう半分のパンを差し出す。しかし、その手を掴まれたと思ったら、逆にパンを私の口に押しこまれた。


「むぐ…。びっくりした」


「黒色様もこうしてたよね」


「見られてた…っ!!」


「君もしていいよ」


「していいわけない…っ!!」


熱で弱っていた時、ルシエルに無理やり食べさせられたのを見られていたらしい。ただただ恥ずかしい。誓って、私は無理やり食べさせるような真似はしない。あれは、ルシエルという暴君が私を世話するのが面倒だからあのように食べさせていたのだ。いや、あの男だから許されるという訳じゃないけど。


「お家では、黒色様はどんな感じなの」


「うーん…保護されたばかりだから分からないけど」


横暴。その一言でしかないのだが、彼いわくルシエルは優しいらしいので、あまりそれを言うのもはばかられた。


「今日は、街に連れて行ってくれたかな」


「いいな。市場は行った?」


「行ったよ。凄く楽しそうだった」


「もしかして、何も買ってくれなかった?」


「なんでわかったの」


「黒色様、ケチんぼだから。でも、役に立てばその分ちゃんと見てくれるよ。」


モグラくんは立ち上がり、話を切り上げた。


「君に持って帰ってもらうもの、持ってくる」


そして、またテントの陰へと行き、瓶を持って戻ってくる。瓶の中身は黒い粉で満たされている。


「今週の分。このローブもありがとう。もう乾いたから大丈夫」


ローブを外したモグラくんは、それをきれいに畳んで返してくる。あれだけ濡れていたのに、モグラくんのいう通り、髪はすっかり乾いていた。


「お届け以外でも来てね」


きゅ、と控えめに袖を握られ、そのあまりの可愛さに口をおおった。


「もちろん」


表情の変わらないモグラくんだけど、この時は少し柔らかい表情をしているように見えた。


◆◇◆◇


また体が勝手に動き、ルシエルの家へ戻る。扉の前に立つと、ノックする前に扉がひとりでに開いた。ノックしようとした手は宙に浮いたまま静止する。中から出てきたのはエリーさんだった。エリーさんは扉を開いた先に私がいることに驚いた表情をしたあと、すぐ抱きついてきた。


「ハナ!あぁ、良かった。ルーシーが嫌で家出したのかと思ったわ」


ぎゅぅぅうう、と聖職者とは思えぬ胸板で顔面を圧迫される。窒息寸前で後ろからルシエルが現れてエリーさんから私を引きはがした。そのまま私の手首を掴み、エリーさんごと家の中に連れ込むと、手を差し出してくる。


「見せろ」


モグラくんから貰った瓶だろうと、その手の上にのせると、品定めするように瓶の中身をじーっと見つめるルシエル。やがて目線を私へ移すと、ルシエルは自分のポケットから何かを取り出し、私へと投げてきた。


「うわっ、とと…」


上手に投げられたようで、手を器の形にして全て受け取ることができた。それは袋で、巾着の要領で口がきゅっと絞られていた。ルシエルは私が受けとったのを見るとアトリエへと帰っていってしまった。これはなんだろう、と奮闘しながら巾着を開けると、中には銅のコインが6枚入っていた。


「よかったじゃない。銅貨6枚ってお小遣いとしては少なめだけど…。これがあと1セットあれば定食が一食、食べられるわね」


これは、お金なんだ。エリーさんが頭を撫でてくれるのを感じながら、私は巾着の重みをごく自然に抱きしめていた。ナイフで大怪我をしても、自分が魔法を使っても感じなかったこと。安堵とも感動とも違う、不思議な納得感だった。私にとってそれはこの世界のお金でもたらされた。


『でも、役に立てばその分ちゃんと見てくれるよ。』


この価値がどれくらいかなんて私には分からないけれど、この世界で生きなければならない、という自覚が胸にすとん、と落ちてきた瞬間だった。

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