4. 好奇心
気持ちは今にも地面に倒れ込むか、どこか遠いところまで走って逃げたいと思っているにも関わらず、私は未だ微動だにせず、その場に立っている。
「な〜に〜こ〜れ〜〜〜??怖すぎる〜〜〜!!」
ボタボタと血は流れるし、自分の意思では体が動かない。結果として、私は妙に冷静になった。ジェットコースターで怖くもないのに、とりあえず悲鳴だけあげておくような、そんな感覚。もしかして、従属魔法とやらで「命を省みず守れ」とでも命令されているのだろうか。もしそうなら、来世まで呪ってやる。
くだらないことを考える思考を置き去りに、今度は真横の窓から鋭利な何かが飛び込んできた。間一髪で体が勝手に避け、風が頬をかすめる。頬がじんと熱く、そこから血が滲んでいた。風に肉を裂かれたらしい。これは、魔法だ。人を切り裂くほどの風を起こせる魔法が存在している。その事実に情けない声が漏れるのもお構いなしに、また別方向から風が向かってくる。
風に乗って「ヒヒヒ」という独特な笑い声が聞こえたと思った次の瞬間、私の体は状態を起こしたルシエルを抱えてダッシュしていた。さっきまでルシエルがいた場所には直径1メートルほどのクレーターができている。地面を抉った風圧で体は弾かれ、カランカランと、先ほどのナイフも足元へと転がってきた。
背中を建物に打ち付けられる。真横を見ると、ルシエルは一切無傷で涼しい顔をしている。どうやら自分だけ防御魔法で守っていたらしい。うっすら透明のバリアのようなものが見える。半目で睨んでも、気にする様子もなく土埃を払っている。
「どうぞ、続けて」
我関せず、と言わんばかりに、いつぞやの言葉で私を促してきた。その態度に内心ぴきりとしながらも、足で地面のナイフを蹴り上げて手に取る。怪我のない右手へ持ち帰ると、まるで慣れているかのように指で弾き飛ばした。
「キャウン゛ッ……!」
キャウン…?何かの悲鳴のような音が聞こえた。振り返ろうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪む。頭が揺れ、目の前が見えなくなり、立つことすら困難になる。左手はジンジンと熱を持ち、指の間からどろりとした液体が流れてきて気持ち悪い。倒れる。そう思った時、黒い影が私の方を支えたような気がした。
「存外、悪くない拾い物か」
◆◇◆◇
「アンタって子は!!レディの扱いがなっていないどころか、男の風上にも置けないわよ!!」
「床に伏せている女性の前で忙しなく叫ぶことが紳士のすることならば従おうか」
「減らず口を叩くのはこの子かしら〜〜〜???」
声がして、目を開けると、見知らぬ天井が目に入る。独特なオイルのような匂いが鼻をつき、少し眉をしかめながら周囲を見回すと、私はベッドで寝かされていることがわかった。部屋は簡素で、必要最低限のものしか置かれていない。ベッドの横では、エリーさんとルシエルが絶えず言い合っている。
ゆっくりと体を起こそうとすると、左腕から耐え難い痛みが走る。たしか手のひらをぱっくり切ったはずだが、痛む箇所は手首から肘にかけての方がひどい。じくじくと、安静にしろと訴えかける左腕をなだめ、再びベッドに倒れ込んだ。その際、ベッドが大きく軋み、その音で口論の声がやんだ。
「ハナ、起きたのね、よかった。体調はどう?怪我で熱が出なきゃいいけど……」
「えっと、大丈夫です」
「当然だ。この程度でくたばられては困る」
「アンタってホント……信じられない……。優しさはどこに……。いや、今はその話はいいわ」
は゛ぁぁぁぁ……と深く長いため息をついたエリーさんは、こめかみを揉んで、気持ちを落ち着かせると、ベッドサイドに腰掛けた。
「よく聞いて、ハナ。アンタについて話しておかなきゃいけないことがあるの。」
随分な切り出し方に息を飲みつつ、とりあえず頷けば、エリーさんは私の目を見て話し始めた。
「うん。あのね、アンタには治癒魔法が効かないの。だから、その傷はアタシには治せない。ごめんなさい。….きっと、このおバカさんと契約した副作用か何かで、黒魔法の適性が高くなっちゃったのよ!!ほんとになんで契約なんてしちゃうかな〜〜!!」
半分以上理解できず、首を傾げる。すると、エリーさんにどこから分からないかを効かれ、エレメンタリースクールで習うような基礎すら知らないことに驚かれてしまし、なんだか申し訳ない気持ちになった。結局、エリーさんは私がわかるまで説明を続けてくれた。その内容をまとめると以下の通りだった。
・ 魔法の属性は大きく白と黒の2つで、一般的には白属性の魔法が使われている。そこから治癒・攻撃・防御などに派生していく。
・白属性の攻撃・防御は黒属性に対して有効で、逆も同じ。もちろん同属性へ使うこともできるが、反属性に使う方がより効果が高い。治癒魔法に関しては同属性からでなければ無効化される。
・黒魔法使いは全員、後天的に黒魔法を使えるようになる。理由は人による。また黒魔法使いとはいえ、白属性の魔法を使えないわけではない、体質的に体外からの白魔法に反発するようになるらしい。
エリーさんは白魔法を使う聖職者で、逆にルシエルは黒魔法を使う一般人らしい。ルシエルについての説明が一般人なのには納得がいかないが、どうやらここでは魔法が一般的らしいことに確信は持てた。
「黒魔法使い。別名、悪魔体質。悪魔と契約した愚か者とも呼ばれる。そのほとんどが殺人を犯した罪人だ。それほどの大罪を犯してようやくこの体質になる。私と契約した程度で成るとは到底思えんのだがな」
エリーさんを押しのけ、ベッドに片足をかけながらルシエルは愉快そうに唇を歪めた。
「お前は何を殺した?」
悪魔とはよくいったもので、目の前の男は息を呑むほど美しかった。




