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4月1日、君が死ぬ。〜美術展の来場名簿にサインしたら悪用されて、契約履行まで異世界から帰してもらえない〜  作者: 世界リコピン計画


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3. 傀儡

慌てて口を押さえたエリーさんは、何事もなかったかのようにもう一度私の手を握りしめた。今度は先ほどのように静電気のような現象は起こらなかった。そして、そのまま大柄な体で私を街の人々の視線から隠すように抱き寄せる。


「あらやだ、静電気かしら?ごめんなさいね。ハグもしちゃう!……これで顔を隠して。ルーシー、あとでしっかり説明してもらうからね」


指先をひらりと振ると、エリーさんの手のひらに布が現れた。それを私の頭にすっぽりと被せる。どうやらそれはローブだったようで、体の輪郭もすべて隠される。戸惑う間もなく、肩をがっしり掴まれ、首根っこを同じように掴まれたルシエルと共に、どこかへと引きずられて行った。


辿り着いたのは、『Freddy's Bar』と書かれた木製の扉の前だった。カランコロンとベルが鳴り、扉が開かれる。中は落ち着いた照明のバーで、壁沿いにはアップライトピアノが設置されている。そして、カウンターの奥にはきっちりとした洋服に身を包んだ男性が目を閉じて微笑んでいた。


「ご機嫌よう、フレディ。3名、カウンターいいかしら?」


「3名様ですね。ええ、どうぞおかけください。」


フレディと呼ばれた男性は穏やかな口調で席を示した。私はエリーさんにエスコートされるまま隣の席に座る。ルシエルとエリーさんはすぐに何かを話し始めたが、私はといえば、慣れない空間に居心地が悪く、手持ち無沙汰にグラスやボトルを眺めていた。もっとも、女子高生になったばかりの15歳ですし、バーなんて縁もなかったのでこう言う時の身の振り方がわからないのだ。


「初めまして、『Freddy’s Bar』へようこそ。オーナーのフレディ・セシルです。どうぞお見知りおきを。……そう緊張せず、楽になさってください。そうだ、オレンジジュースはいかがですか?」


「あ、えっと、……ハナ・ウヅキです。オレンジジュースは……」


「失礼しました、レディ。アルコールにはまだ早い年頃かと拝察しましたので」


「はい、その未成年なので……。あと…オレンジジュースは好きなんですが、私、お金がなくて」


「でしたら、私からのサービスとさせてください。」


「いや、でも」


困惑している間に、フレディさんは慣れた手つきでドリンクを注ぎ終えていた。すっと差し出されたグラスの中には、濃いオレンジ色の液体が揺れている。


「ありがとうございます……、いただきます」


口をつけると、オレンジジュースは思ったよりドロっとした舌触りだった。果肉の味がドカンと味蕾に訴えかけてくる。結論、美味しいというわけである。


「アンタ、正気!?やだ、なんてこと…信じられない…!!」


「最も確実な方法を選んだだけだ。」


美味しいです、とフレディさんに言いかけた瞬間、隣から荒げた声が響いた。顔を向けると、エリーさんは立ち上がり、眉を吊り上げ、対するルシエルは相変わらず冷たい瞳で見返していた。


「ご両人、どうか穏やかに。」


「……ええ、ええ、そうよね。ごめんなさい、フレディ。エールをいただけるかしら。」


「生臭坊主」


「うるさいわね、アンタのせいよ」


ゆっくりと席に座り直し、差し出されたエールを豪快に煽るエリーさん。プハっと息を吐き、先ほどまで怒っていたのが嘘のように背筋を伸ばした。


「とにかく、教会の孤児院じゃ預かれないわ。わかるでしょ。この子、きっと教会の結界に弾かれるわ。握手した時みたいにね」


「ちっ」


「このガキ……アンタが責任をとりなさい。さもなくば、アタシが同じ目に遭わせてやろうかしら?んーまっ!」


手慣れた様子で投げキッスをするエリーさんに、眉間に皺をよせたルシエルが見える。はぁ、と深くため息をついたエリーさんは、言いたいことは吐き出せたのか、私に向き直し、抱き寄せて頭をわしゃわしゃと撫で回した。


「婚姻の契約なんて、どうして交わしちゃうかな〜、この子は。いい?アンタの生活はルーシーが面倒を見るわ。でもね、嫌になったらすぐアタシに言いなさいよ?」


「こんいん」


「下世話な言い方をするな。下位の従属魔法だ。それに選択肢は与えた」


「自分と契約しなければ殺すって言う脅しを、選択肢だって言うの!?」


とんでもない言葉に続けてとんでもない言葉が聞こえた。婚姻の契約、従属魔法。おそらく、あのキス、というか血を流し込まれた時がそうなんだろう。思わず、口を押さえると、エリーさんはまたルシエルをきっと睨みつけた。


「フレディ、アンタもなんとか言ってやって」


「なんとか」


「もう、つれない男!!……とにかく、しばらくはアタシも一緒に面倒を見るわ。でもそうね、今日は頭を冷やしたいから、2人で帰って。」


言うなり、エリーさんは頭を抱えて、カウンターに突っ伏した。その様子を見て、ため息を一つついたルシエルは立ち上がる。


「エリアス、お前なら理解できるはずだ。……明日、また来い」


私を一瞥し、ルシエルは店のドアを開く。カランコロンと鈴の音が静かに響く。カウンターから出てきたフレディさんが、私の前で軽く会釈をすると、手を差し伸べてくる。


「お手をどうぞ」


「は、はい」


反射的にその手を取ると、優雅にエスコートされ、ルシエルの後を追う形になった。彼は待っていたように振り返り、軽く鼻を鳴らすと、コートを翻して外へ出ていく。


「またのご来店をお待ちしております」


胸に手を当てて軽くお辞儀をしたフレディさんに見送られながら私はルシエルに着いていくことになった。


「あの、婚姻の契約って……?」


道を歩きながら恐る恐る尋ねると、ルシエルは感情の読めない目でこちらを見た。そして、身につけていた黒の手袋を外し、無造作に数メートル先へ投げた。


「取ってこい」


「え゛っ?」


ぎぎぎ、と体が命令に従うように勝手に動く。これは今日だけで何度も経験している感覚だ。地面に落ちた手袋を拾い上げ、そのまま彼の前まで戻ってきて差し出した。取り上げるように手袋を受け取ったルシエルは、軽く土を払って手袋を再び手にはめる。


「従属魔法。媒体は私の血。故に、主人は私だ。この程度の命令なら、お前は抗えないだろう。」


「お、横暴だ……!!」


「横暴?」


ぐいっ、と大きな一歩で近づかれる。美しい顔面が目の前に現れて、体が硬直する。そうして一番最初に目に入ったルシエルの瞳は瞳孔が開き切っている。これは、怒っている。


「大いに結構だ。アレに報いるためなら、私は手段を選ばない。ただで死ぬことだけは許されない。」


息を呑む。下手な言葉を挟んだら、今度こそ殺される。きっと、彼の言うアレとは父親のことだろうが、それについて言及することは私には許されていない。私がぎゅむりと口を結んだのをみれば、ルシエルは一つ瞬きをして、そうして私に背を向けて歩いて行ってしまう。父親に報いる。それは果たされるのだろうか。


『しかし、18になる4月1日、彼はついに父に見つかった。そして銀のナイフで心臓を貫かれ、息絶えた。』


受付の青年の言葉が脳裏をかすめた。それが真実なら、彼は悲願果たされず死ぬと言うことなのだろうか。あれほど憎んでいる相手に一つも報いることすらできずに死ぬとはどのような気持ちなのだろうか。


キィィィン___!!


突然、耳の奥で音が響く。黒板を爪で引っ掻いたような、鋭く不快な音。いつもなら驚いて飛び上がるはずなのに、体が動かない。まるで命令を受けた時のように、自由が利かない。そうして、そのまま一直線に、私の体はルシエルの背中へ向けて駆け出す。そこまで足が早い訳ではない私の足音はいつもよりも早く地面を踏み潰す。そして、ルシエルに追いついたとき、私の左手は彼の肩甲骨より少し下あたりに伸ばされ、ギュシャリ、と音を当てて何かを掴んだ感覚がした。


「っえ__」


そして、走り込んだ勢いのまま、ルシエルと共に地面へ倒れ込む。左手はその反動で掴んでいたものを手放し、地面へ投げ出す。カランカランと金属が地面に落ちたような音がする。体を少し起こして、左手の方を見れば、手のひらがぱっくりと裂かれて、とめどなく血が流れていた。


地面にはナイフが落ちていた。私は今、そのナイフを左手で掴んだらしい。混乱の中、体は勝手に立ち上がる。恐怖と驚きで心臓は早鐘を打つのに、私の体はしっかりと地を踏み締めて、ルシエルを守るように右手を横へ突き出した。


のっそりと体を起こした黒衣の男は驚いたように目を見開く。そして、次の瞬間。にたりと笑った。

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