11. ヤベー
「ヒヒヒ、びっくりした?寸止めならダイジョブみたいだぜ。あとコレ、みつけた」
ひ、と息を呑んだ私に気をよくしたウノくんはナイフを離し、ケラケラ笑いながら背中の後ろから何かを取り出した。
「ジャーン、クモ」
「ギャ!?!?!?ちょ、やめ、デカすぎ!?ちょっと、逃して、外に、逃がして!!!」
クモを片手に追いかけてくるウノくんから逃げる私を見かねたフレディさんが魔法でクモを取り上げ、外へ逃がしてくれた。ソファの肘置きに体ごともたれ掛かり、深くため息をつく私を、ウノくんは正面の机の上に座って楽しそうに眺めている。
「ウノくん、そこは座る場所じゃないから。座るならこっちね」
「エー。座るのダメなら寝る」
「ダメダメダメ」
ごろん、とその場で寝転び始めたウノくんの脇に手を入れ、ソファに座らせる。しかし移動させた途端、今度はソファの背もたれに座りはじめ、土足のまま足を乗せようとするので、慌てて私の膝の上に移動させる。もはやこれが一番安全で都合がいいと悟った。
「というかウノくんは、どうして私を襲ってきたの」
「ご主人サマが強いから。オレ、死にかけたの初めてだったし。どーせ、ご主人サマを殺さなきゃいけなかったし」
「ん?どういうこと?」
要領を得ないものの、どうやら重要なことを言っているらしいので続きを促す。
「死にかけたっていうのはいつ?」
「んー、ご主人サマがナイフ飛ばしてきた時」
「殺さなきゃいけないっていうのは、なんで?」
「奇襲、夜襲、毒殺。全部ご主人サマに阻止されたから。ご主人サマを殺すべきかなって」
奇襲、ナイフ。その言葉に心当たりがある。この世界に来た初日、左手に怪我をしたあの時。自分でも信じられない身体能力で、最終的に何者かへナイフを投げつけた。その時に耳に残った「ヒヒヒ」という笑い声と、「キャウン」という悲鳴。それは、今目の前にいる少年の声だ。
「ウノくん、ルシエルって知ってる?」
「知らなくてどーすんの」
「そっ__」
カタリ、と目の前にオレンジジュースが置かれた。どうやらフレディさんが私とウノくんのために注いでくれたらしい。
「コホン…。お節介かもしれませんが、おふたりとも衣装を変えられた方がよろしいかと存じます。ローブで顔を隠されておりましたので、そこまで深く考える必要はありませんが……何分、街中で黒の魔法を使われていましたので」
どうやら、この物騒な話題を切り替えたいらしい。確かに、他人の家で話す内容ではなかった。私は申し訳なく思いながらも、話題を変えてくれたフレディさんに従う。
「衣装を変える……」
「ええ。ただ、ウノさんのローブには亜人の特徴を隠す変装魔法がかけられていますので……」
「亜人の変装ってなんですか?」
「おや」
どうやらこの世界には亜人という種族が存在するらしい。人魚、鳥人、獣人など種類は様々で、人里離れた土地に住むことが多い。身体能力の高さや希少性ゆえに恐れられ、人里で暮らす亜人は大抵何らかの事情を抱えているとのこと。
ウノくんは狼の獣人で、ヒトの遺伝子が強い方らしい。耳や尻尾が見えると面倒もあるため、隠すローブは便利だそうだ。
「ん?変装……」
そういえば、どこかで聞いたことがある。
『盗まれたものは、「爪がちょっと伸びるリング」銅貨87枚、「妻に喜ばれるプレゼントの選び方—汎用編」銅貨93枚、「亜人のための変装ローブ」銀貨8枚』
そう言って私は雑貨屋の店主にベルトのような腕輪を嵌めてきたのだった。それに店主は黒いローブを身につけていると言っていた気がする。ウノくんのローブも黒い。
「ウノくん、爪がちょっと伸びるリングって見たことない?」
「おぼえてね」
「あ、コラ」
本当に覚えていなさそうに鼻をほじり、鼻をほじって何かを飛ばす動作をする。慌てて注意しても、ウノくんは膝の上で右に左に揺れ動き、机の上にあるガラスのコップに手を伸ばしてはその側面にデコピンをして遊んでいる。
「申し訳ありませんが、衣装について、私はこの通りご一緒することができませんので、エリアスさんをお呼びしようと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、いや、それはありがたいんですが……私、服を買うお金がなくて」
「ああ、ハナさん。そんなことはどうぞお気になさらず。レディに金銭を要求するはずもありません」
「え!?いや、悪いですし……それに私、フレディさんに迷惑かけてばかりで……」
「迷惑?」
ウノくんを挑発して杖を折られたこと、彼に怪我をさせてしまったこと、そして今もこうして庇ってくれていること全部が迷惑だと思えて、頭を下げて謝る。それでもこれ以上甘えるのは駄目だと告げると、フレディさんは静かに目の前で膝をついた。
「可愛い人。どうか、私の顔を立てると思って」
か、可愛い人……!?意味を理解するのに数秒かかった。
その間にウノくんはオレンジジュースを飲み干し「おかわり」と空のコップを差し出し、ジュースを注いでもらっており、また、フレディさんは沈黙は肯定と受け取ったらしく、そのままエリーさんへと連絡を取りにいってしまった。
「なんで一回断ったんだよ。ソンじゃん」
「……損得じゃなくて、礼儀というか。って、ちょっとそれ私の__」
「レーギでメシが食えるかよ」
私の分のオレンジジュースをぐびっと一気に飲み干したウノくんはいい加減に膝の上に乗っているのも飽きたのかするり、と抜け出して壁に向かって倒立をしていた。
「てか、あのオッサン。ヤベーね」
「失礼だよ。フレディさんって呼んで。……ヤバいって何が?」
「カラダん力入んなくなったヤツ。みたことねー魔法つかうじゃん」
何とも器用なもので、そこからバランスをとって床の上を自在に動き回っては、また別のことをして暇を潰しているようだった。私は魔法に詳しくないので、相槌だけ返していると、しばらくして、フレディさんが戻ってきた。
「エリアスさん、すぐに来てくださるそうです。どうか、それまではゆっくりなさってください」
「ありがとうございます……」
することもなく、手持ち無沙汰に目線を動かしていると、フレディさんが話しかけてきた。
「ハナさん、本を読まれたことは?」
「人並みですかね……?」
「よろしければ、こちらを」
視界の端に本が差し出された。
「この家には本と楽器しかありません。お気に召さなければ他のものもご用意しますが」
「いえ、ありがとうございます」
フレディさんは微笑み、自身も本を一冊取り出す。それを撫でると本が淡く光り、文字が耳元へと流れ込むように消えていった。きっと魔法だろう。あれで、フレディさんは本を読んでいるのだろうか。そんなことを考えながら、私も促されるように本へ目を落とす。
◆◇◆◇
しばらくすると裏口をノックする音がした。フレディさんが「騎士団かもしれません」と私たちを制し、扉へ向かう。
「ハァイ。まさか、と思って手紙を読んだら想定通りだったアタシの気持ちを、今すぐアンタに伝えたくて来たわよ」
「お待ちしておりました。どうぞお入りください」
聞き慣れた声、やはりエリーさんだ。柱の影から現れた彼は、私の無事な姿を見ると胸を撫でおろした。黒魔法使いが街で暴れた、という通報を聞き、私を心配して教会から走ってきたらしい。
「ほんと、目を離したらダメね。いや、アンタが悪いわけじゃないけどさ。アタシがどーーーしても心配になんのよ。黒魔法使いが問題を起こしたらどうなるかなんて、痛いほど知ってるんだもの。こんな小さい女の子がそんな目に遭うなんて考えたら__」
「ばあ!」
「ぎゃあああああああ!!!!!」
姿を消していたウノくんが、コウモリのように逆さまになってエリーさんの目の前に出現した。宙に浮いたまま腹を抱えて笑うウノくんは、最終的に私の肩へ座った。重さを感じないのは魔法だろう。
「手紙で言ってたのはこの子ね……。思ったより強烈だわ……」
立ち上がり、服をはたいたエリーさんは私とウノくんの方へ近づいてくる。そして高い視線を屈むことで私の目線に合わせる。少し間を置いて、真剣な表情で口を開く。
「職業柄、こういうのはよく見えるの。かなり高位の契約が結ばれてるわね。ハナ、アンタちゃんと考えてるかどうかはわかんないけどね」
「ハイ……」
次の言葉で私は完全に固まった。
「ルーシーに、どうやって説明するの?」




