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4月1日、君が死ぬ。〜美術展の来場名簿にサインしたら悪用されて、契約履行まで異世界から帰してもらえない〜  作者: 世界リコピン計画


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1. ルシエル・アドラー

高校の選択科目で美術を選んだ私は、一年の夏にして早くも後悔していた。理由は三つある。一つ目は、行き違いで友人が全員他の科目を選んだこと。二つ目は、美術の夏休みの課題が他の科目よりも面倒な内容だったこと。そして三つ目に、今日が夏休みの最終日であるということだ。


美術担当の先生は真面目を絵に描いたような堅物で、課題をきちんとこなさなければ容赦なく点を与えてくれない。説明の時も、「実際に美術展や図書館で情報収集をして、その情報が正確であることと確認した上でレポートを書くように」と念を押されていた。


「画家の作品か……今日やってる美術展、どこかあるかな。最悪、図書館で調べようか。いや、いっそマイナーな画家にすれば先生も正確かどうかわからないかも……。でも、逆に間違えた情報書いたら、それこそ終わりか。」


課題の内容は、「1人の画家を選び、その画家の一作品についてまとめること」。使用画材、技法、制作背景、由来、由来が不明なら推測…と、とにかく項目が多い。提出を逃せば評価は1確定演出。かと言って適当にやっても点数はもらえない。授業の日に提出のため、夏休み最終日とはいえ、三日ほど猶予はあるが、美術展に行く時間があるのは今日くらいだ。後回し癖のツケが、今まさにきているのだった。


スマホで「画家 美術展 今日」と検索してみると、家の近くで開催している美術展があった。もうここしかない。どんな画家でもいい、とにかく行こう。



開催されていたのは、『ルシエル・アドラー展』。聞いたことのない名前の画家だ。しかし、家が近いのに加えて、入場料学生0円の文句に釣られて、迷わず足を運んでしまった。


普段はシャッターが閉まっている古びた建物。外観から予想はしていたが、入ると、客は私1人きり。受付の青年に学生証を見せ、来場名簿だと言われ、紙に名前を記入する。早速、鑑賞を始め、作品ごとの概要や、ルシエル・アドラーの一生についてなどを片っ端から書き写していく。


彼の絵は黒い。画材が黒を基調とした物を使っているのだろうか、どの絵も黒、黒、黒。ただ、じっと見てみると、黒だけじゃなく様々な色が見えることが分かる。屋根裏部屋が描かれた絵は窓から差し込む僅かな光は黄金色。目元が黒く塗りつぶされた女性の絵の頬はピンク。絶命している獣の絵、その傷口は赤色。


何度か同じ作品を見比べて、どの作品が一番レポートの文字数を稼げそうかなどを考えながら吟味していると、受付にいた青年がこちらへと向かってくる。


「黒の魔術師、ルシエル・アドラー。随分と熱心に鑑賞しているが、彼がお好きかな?」


「…いや、学校の課題で」


「そう。しかし、興味を持ってもらえることはとても嬉しい。私は彼がとても好きでね。差し支えなければ、私がガイドをしようか。それなりに優秀なはずだよ」


「正確な情報を教えてくれるなら…。先生が正確な情報しか許さないタイプで」


「なら、私はきっと力になれる。」


柔らかな笑顔でそう断言され、受付の青年を連れて私はもう一度、最初からこの美術展を回ることにした。青年はルシエル・アドラーについて話すととても饒舌だった。


「4月1日、ルシエルは生まれた。母の腹を裂き、産声をあげた。妻を愛してやまない彼の父は、彼を悪魔と呼び、侍女をひとりだけつけて、屋根裏に幽閉した。」


「侍女は実の息子の如く彼を育てた。ある日、誕生日に侍女が彼に絵の具と筆を与えた。彼はひどく喜び、壁に、床に、キャンバスに毎日のように絵を描いた。彼は侍女が好きだった。」


「9歳のとき、父は彼を殺そうとした。侍女は彼を逃し、その見せしめに殺された。」


「やがて、青年となった彼は、放浪の末に画家として名を馳せ始める。魔物を狩り、路銀を稼ぎながら絵を描き続ける。」


「しかし、18になる4月1日、彼はついに父に見つかった。そして銀のナイフで心臓を貫かれ、息絶えた。」


頼んだのはこちらとはいえ、その舌は止まる気配がなく。ついに私の筆の速度は彼の饒舌に遅れをとり、ついにはもうメモを取ることを諦めるに至った。


「私は、彼の絵が好きだった。無彩色に近い彼の絵を、彩りのない無骨な絵だと笑わう者もいたが、私はそれが良かった。だからずっと見ていた」


「あの、もう一度最初から……」


「ああ、お前がきてくれてよかった。彼の死に私は納得していなかった。それに、最期の作品は完成せずに終わったのだ。あれはきっと、素晴らしいものになるはずだったのに。」


青年が小さく笑った。その表情がひどく不気味で、背筋が冷たくなった。


__一度帰ろう。なんだかその方がいい気がする。


そう思って、荷物をまとめて出口に向かう。


「すみません、ちょっと急用を思い出しまして…」


扉を開けた。しかし、そこは高い木々が立ち並ぶ森だった。一歩退くと、肩に冷たい青年の手が置かれる。ゆっくりと振り返れば、先ほどと変わらぬ柔らかな笑顔の青年がそこにいた。


「お前が契約してくれて助かった。この契約は果たされるまでは終わらない。たとえお前が死んでも」


青年は、私が入場時に書かされた紙を掲げた。その下には、「卯月(うづき) (はな)」と私の名前が記されている。じっと見ていると、来場名簿と書かれていたはずの場所は契約書という言葉に書き変わっていった。


「次の4月1日、ルシエル・アドラーを救え。」


背中を押されて、体が扉の向こう側に押し出される。激しい車酔いのように、頭や体がぐるぐると不調を訴えてくる。これは一体何なんだ。


意識を失う直前、青年の肩越しに見えたのは、ルシエル・アドラーの肖像画だった。


◆◇◆◇


目を覚ますと、森の中だった。高い木々が見下ろし、風が枝を揺らしている。空は明るく、季節は春のように暖かい。だというのに、私は震えていた。


茂みの奥から、低く唸る声がする。狼のような獣が、よだれを垂らしてこちらを睨んでいる。一歩でも動けば襲いかかってきそうで、逃げなければ結局殺される気がする。


__様子を窺っている。


私に抵抗の手段がないと判断されれば、すぐにでもこちらに襲いかかってくる。ああ、だって、たった今満を持したように、腕を振りかぶってこちらに襲いかかってきだじゃないか。


__死ぬ。確実に。


爪が振り下ろされるその瞬間、爆音が響いた。ついで、襲ってきた体が吹き飛ばされるほどの爆風と熱量。目を開けば、先ほどの狼が私の膝の先で黒い炎に包まれていた。すでに絶命しているようで、ぴくりとも動かないが、それは灰のように風に吹かれて徐々に消えていく。


「へ゜…??」


腰が抜けた。さっきとは違う意味で一歩も動けない。


「防御魔法が使えるのかと思えば、そうではない。それどころか所持品すらないように見受けられる。無謀というより、いっそ死にたがりか。くだらない。ならば、私の知らぬところで死ね」


視界の端に、黒い影がちらついた。そちらに顔を向ければ、私の口はぱかりと間抜けに開いた。


「……ルシエル・アドラー?」


黒衣を身に纏った青年。その顔は、あの美術展で最後に見た肖像画と、まったく同じだった。

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