特視会議 後編
「イルにもプロデュース料請求してたよな、アイツ」
しばしの沈黙ののち、双月が青筋を浮かべながらスナック菓子の袋を握りしめる音が響いた。元の形がわからないほどに圧縮された袋から、緒方はそっと目を逸らす。
「プロデュース?」
「イルの糧はそこに居るって認識されることだ。体を得た今は意識体だった頃より多くの糧を必要とする」
「そんなイルにクティさんがオススメしたのは、Vチューバー」
「なんですの、それ?」
その手の知識に疎いセンジュカが首を傾げる。学生と交流している大鷲は知っていたらしく、目を見開いて固まった。頬と額に増えた目がすべて見開かれている姿に、緒方は少し和んだ。
「動画配信者のバーチャルバージョン。実際に顔を出すわけじゃないから誤魔化しがきく。そこに居ると認識してもらうには、それなりの再生数稼がなきゃいけないだろうが……」
「クティが勧めるってことは人気出るだろうな……」
独り言みたいな緒方のつぶやきに双月は顔をしかめ、センジュカは面白くなさそうな顔をし、大鷲は苦笑した。
「いつの間にか蜂屋も巻き込んでやがった。いつになくやる気」
「本気で稼ぐ気じゃな」
双月の不貞腐れたような発言に大鷲に驚きやら、呆れが入り混じった反応を返す。
蜂屋はネットに強いし、この中では一番動画配信者やVチューバーといったものに詳しい。チャットで緒方が状況を確認したときは、文字越しでも分かるほど浮かれていた。
「俺の考える最強のVチューバーを形にすると言っていました」
「なんじゃそれ」
「俺に聞かれても」
ここにいる四人はVチューバーに詳しくない。緒方と双月も名前くらいは知っていたが、具体的にどうすれば最強のVチューバーになるのかは全くわからない。
「まあ、蜂屋ちゃんとクティが手を組んだなら、なんとかなるじゃろ。イルくんは大変じゃろうけど」
「大変でしょうね……」
認識を糧にしているイルにとって悪い話ではないのだが、クティが関わっている以上、精神的負担も大きいだろう。様子を見て、フォローしてやらなければと緒方は考える。
「結局、久留島くんにもイルくんにも会えなかったからの。近いうちに歓迎会するか。のう、センジュカ」
水を向けられたセンジュカはしばし考える素振りを見せてから、にっこり笑った。
「いいですわね。上下関係は早い段階で叩き込んでおかなければ」
「いや、もうちょっと純粋に後輩可愛がれんのか、おぬしは」
大鷲の呆れ顔なんてどこ吹く風で、センジュカは上機嫌に笑っている。言動からは分かりにくいが、こう見えて久しぶりにできた後輩を歓迎しているのだ。それを知っている緒方はセンジュカを止めない。
いや、止められない。ただ、テンション上がりすぎて久留島とイルに絡みすぎないように、当日は見張らなければいけないなと嫌な覚悟を決めた。
「歓迎会については改めて相談するかの。この後職員会議があるから、わしは失礼するぞ」
大鷲の言葉で会議終了の空気が流れる。話すべきことは終わって、雑談に入っていたので誰も止めず、大鷲はひらりと手を振ると通話を切った。センジュカも「では」と一言残して画面から消える。
最後に緒方が会議アプリを終了し、大きく伸びをした。
「歓迎会、どこがいいと思う」
「いつもの場所でいんじゃね?」
肩を回しながらきくと双月はやる気のない返事をする。気乗りしていない雰囲気を出しているが、双月は食べることが好きだ。それが気心しれた相手と一緒となれば、楽しみは倍増だろう。
口元がかすかにあがっている事を確認した緒方は、双月に気づかれないように笑みを浮かべた。
風太とイルも参加出来る場所となれば、やはりいつもの場所だろうか。そんなことを緒方が考えていると、会議室に控えめなノック音が響いた。
現在、特視にいる職員でノックをするのは久留島しかいない。会議中は気をつかって会議室にすら近づかないのに珍しい。そう思いながら緒方が「入っていいぞ」と声をかけると、恐る恐るといった様子で久留島が顔をだした。その後ろには当然のように巳之口の姿がある。
巳之口はつい先日、特視に所属することになったばかりだ。というのに、ずっとここにいましたみたいな空気を出している姿に緒方は苦笑いを浮かべた。人に溶け込んで生きてきた外レ者なのだから、人の輪に入るのは朝飯前なのだろうが、あまりにも自然で少々怖い。イルも「僕よりも自然に紛れこんでる! 悔しい!」と謎の対抗心を燃やしていた。
「すいません。会議中に」
「もう終わったから気にするな。なんなら次からはお前も同席してもらうからな」
「えっほんとですか!?」
久留島は驚いた顔をして緒方、双月を見る。
「今まではお前のことを話あってたからな。本人目の前にして堂々と調査報告と対策会議できないだろ」
久留島は目を丸くする。自分のことを議論されているなんて、思いもしていなかったという反応だ。良くも悪くも人を疑わない姿に少し心配になる。が、その辺は今後様子を見ていけばいいだろう。
「それで、なんの用だ。会議してるの知ってて顔出したって事は、なにかあったんだろ」
双月の表情が引き締まる。久留島も釣られたように神妙な顔をし、一瞬巳之口と目を合わせた。巳之口はにっこり笑って久留島の背を押す。
「あ、あのですね……」
意を決した様子で久留島は手に持っていた封筒をかかげた。白い、なんの変哲もない封筒である。郵便受けのチェックは新人である久留島の仕事になっていたから、手紙を持っているのはなにも不思議ではない。
緒方が首を傾げていると、双月の表情が険しくなった。双月が口を開く前に、久留島が封筒の中から便せんをとりだして広げて見せる。
シンプルな白い便せんには、お世辞にも上手いとはいえない字で「これは不幸の手紙です」と書かれていた。
「どこで縁結んできた! このバカが!!」
広い会議室に双月の怒鳴り声が響き渡り、久留島が「ひぃ」と情けない悲鳴をあげた。巳之口はそんな怒らなくてもという顔で双月を見ているが、双月の怒りは収まらない。どころか火に油である。
「お前も、ちゃんっとみとけよ!」
「見てたけど、いつ目をつけられたか分からないんだよね」
ビシリと巳之口を指さした双月に対し、巳之口はのんびりとした口調でそういって首を傾げた。双月の額に青筋が浮かぶ。
「風太とイルは!? お前ら最近ずっと一緒にいただろ!!」
「二人とも覚えないって……」
「三人も外レ者侍らせる状態で目つけられるって、お前どんなホイホイ体質だよ!!」
「俺に言われても!!」
久留島が泣きそうな顔で叫び、巳之口が「久留島は悪くないって」と慰める。その久留島零寿全肯定甘やかし対応がよくないんだろうなと緒方は思ったが、今いうと双月の怒りゲージが破裂しそうなので口にしない。その点もおいおい修正していくしかないだろう。
「怒ってもどうにもならないし、さっさと調査いくぞ」
怒れる双月の背をなで落ち着かせる。怒りはある程度収まったようだが、仏頂面のまま双月は無言で会議室を後にした。久留島がおろおろしたまま双月の背を追う。
怒る姿に怯えることはあっても、双月の後ろについていけばなんとかなる。そう思っているのが伝わる行動に緒方は微笑ましくなる。
そんな緒方の隣にいる巳之口も、微笑ましそうに離れていく先輩後輩の姿を見つめている。二人を見る目が優しくて、同じ気持ちなのだろうなと思った。
「いろいろありましたけど、ああ見えて面倒見良い奴なので。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ。俺共々迷惑をかけると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
お互いにぺこりと頭を下げる。子どもがいる親ってこういう感じなのかなとくすぐったい気持ちになっていると、顔をあげた巳之口がクスリと笑った。
顔つきは男のものだ。声だって低い。それでも笑顔に本来の姿であるタガン様が透けて見える。もう隠さなくていい。そんな信頼を感じて緒方は嬉しくなった。
「雄介! 早くこい! 巳之口も状況説明! どうせ、ずっと一緒にいたんだろ」
「一緒にいましたけど、なんですかその四六時中一緒にいるだろみたいな認識」
「自覚ないのか? べったりだろうが、お前ら」
「えぇ……?」
「はいはい、今いくからちょっと待ってくれ」
放っておいたら明後日の方向に話題がそれそうな双月と久留島に、緒方はストップをかけながら歩き出す。巳之口が楽しそうについてくる気配がした。
騒ぎを聞きつけてやってきた風太とイルの姿を視界に収め、ずいぶん賑やかになったなと緒方は笑みを浮かべた。
特殊現象監視記録所。通称特視は厄介な外レ者及び成りかけを監視するため、本日も業務に勤しんでいる。
「久留島零寿の怪異事件ファイル」 おしまい




