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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
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4-13 無自覚の恋心

 次の日目覚めた久留島は、巳之口が寝ていたベッドがもぬけの殻になっていることに驚いた。慌てて立ち上がると、自分の背にかかっていた毛布がずり落ちる。変な体勢で寝ていたせいで体は痛いし、頭も痛い気がする。

 だが、それよりも巳之口の姿がないことの方が重要だった。


 慌てて廊下に出る。見慣れない廊下を見渡していると、人の話し声が聞こえた。たしか昨日、リビングだと紹介された部屋だ。

 そこに巳之口がいるかもしれない。いなくとも誰かは知っているはずだ。頭の中に浮かんだ最悪な状況を追いやって、久留島は声のする方へ走った。焦りのままに勢いよくドアを開けると、特視では見慣れない明るい光がリビングを照らしている。そのまぶしさに久留島は顔を腕で覆う。目が光りに慣れる前に、聞き馴染んだ声が聞こえた。


「久留島! 助けろ!!」


 悲痛な声は風太のものだ。何事だと腕をよけた久留島の視界に映ったのは、金髪の美女に抱きつかれ頬ずりされている風太の姿。男としては大変羨ましい状況に久留島は心配を投げ捨て、冷たい目を向けた。


「なんだ風太。年齢と彼女がいない歴がイコールの俺に向けての当てつけか」

「違うっての!! この状況のどこがそう見える!!」


 風太はそういいながら大暴れするが、金髪美女は全く気にせず「もちもち~。子ども肌~」とうっとりしている。たしかにヤバい人であることは察せられた。風太が大暴れしているのに、一切拘束が緩まない腕力もなかなかヤバい。

 たぶん人じゃないんだろうなと久留島は思った。逆に人間だったら怖いなとも思った。


「風太、諦めなよ。愛でられるだけなんだからいいじゃない」


 L字型のソファの端に座ったイルが呆れた顔でそんなことをいった。入って早々、真っ正面に見えた光景が衝撃すぎて気づかなかったが、最初からいたようだ。久留島はこそこそとイルに近づき、金髪美女を示して「誰?」と聞いてみた。


「この山の土地神。お狐様。子ども大好きなんだって。特に十歳以下の男の子」

「しょ……ショタコン」


 嫌がる風太をがっしり掴んだままの状況を見て、筋金入りだと久留島は冷や汗を流した。クティ、マーゴとは違った方向のヤバさに素直に引いた。


「一応いっておくがな、人間相手には加減しているのだ」


 お狐様がキリリと眉をつり上げ、久留島に声をかけてきた。自分の世界に入っていると思っていたが、ちゃんと久留島の存在に気づいていたらしい。その腕の中には抵抗しすぎて疲れたのか、ぐったりした風太の姿がある。全く説得力がない。


「人間は脆く、弱いからな。それがまた可愛らしいのだが、全力で愛でても問題ない男児がどこかにいないものかと日々思っていた。そんな私の前に現れたのがこの風太くんだ! 素晴らしい逸材! 一生このまま成長しないでくれ!」

「嫌に決まってんだろ!!」


 風太が力いっぱい叫ぶ。お狐様は風太の返答に悲しそうな顔をした。その姿だけみれば麗しい容姿も相まって絵になるのだが、会話の内容を知っているとただヤバさが増す。

 久留島はしばしお狐様に引き、捕まった風太に同情していたが、本来の目的を思い出した。


「そうだ、イル! 巳之口は!? ベッドにいないんだ!!」

「あー、巳之口さんならキッチンにいるんじゃない。世話になったお礼に朝食作るの手伝うっていってたから」


 あっさりと伝えられた内容に久留島は驚いた。久留島の記憶になる巳之口は今にも死んでしまいそうなほどに儚く見えたのに、もう朝食の準備を手伝えるほど回復したというのだろうか。


「なんで俺のこと起こしてくれないの!?」

「巳之口さんが、心配かけたし、ゆっくり眠らせてあげてくれって。準備出来たら起こすからって言ってたから」


 死んでしまったらどうしようと気が気じゃなかった身からすれば、たたき起こしてでも無事だと伝えて欲しかった。だが、優しさ故の行動だと理解すれば文句もいえない。すぐさまキッチンにいって無事な姿を確かめよう。そう思ったところでドアが開いた。


「久留島、起きたんだ。おはよ~」


 ドアからひょっこり顔を覗かせた巳之口は、血まみれになって死にかけたなんて嘘みたいに、いつも通りの様子だった。あまりにもいつも通りだったために久留島は一瞬固まって、それから勢いよく抱きついた。


「み、の、ぐ、ちぃー!!」

「うるさっ!!」


 イルから悲鳴みたいな抗議の声が聞こえ、お狐様の「元気だな」という愉快そうな声が聞こえる。そんなことよりも久留島は、抱きついた巳之口の体が温かいことにほっとした。腰に抱きついたまま顔を上げると、驚いた巳之口の顔が目に入る。昨日、いや今までよりも格段に血色のいい顔色を見て、久留島は心の底から安堵した。


「い、き、て、るぅ……!!」

「心配かけたのは悪かったけど、色々と大丈夫か?」


 抱きついたまま腰に頭を擦り付けていると、頭から困惑した声が降ってきた。自分でも奇行だという自覚はあったが、今はなによりも巳之口の無事を喜びたかった。


「あらら、朝からお熱いね。ヒューヒュー」


 巳之口に抱きついたままでいると、佐藤がこちらに近づいてくるところだった。その後ろには双月と緒方の姿もある。緒方は一瞬目を見開いてから笑ってくれたが、双月には思いっきり引いた顔をされた。ちょっとだけ心が傷ついた。


「そろそろ起こしに行こうかと思ったんだけど、手間が省けたね。ご飯の用意出来たから、ダイニングに移動して」


 佐藤は中途半端な位置で固まっている久留島と巳之口をものともせず、ドアの隙間から顔を覗かせると中にいる面々に声をかける。お狐様が手を離して立ち上がったことで、風太がやっと介抱されるという疲れた顔をした。

 そのまま何事もなくダイニングに移動しそうな様子を見て、久留島は慌てて巳之口の腰から離れ、去って行く佐藤に声をかけた。


「佐藤さん、どうやって巳之口を助けたんですか」


 久留島がやったことは巳之口に血を飲ませただけだ。たしかに五十人分の価値がある久留島の血は、外レ者の巳之口を助けるには有効かもしれない。それでも、あれほど弱っていた巳之口が一晩で回復するほどだとは思えない。血を飲ませて久留島が寝落ちするまでの間は、巳之口の容態が良くなったようには見えなかった。

 となれば、久留島が寝落ちした後になにかがあったのだ。


 久留島の推理は当たっていたようで、ダイニングに向かおうとしていた緒方と双月は微妙な反応をした。教えるかどうか迷う反応だ。教えてほしいと久留島が次の言葉を発する前に、佐藤がにっこり笑った。


「それに答える前に久留島くんに質問なんだけど、君はタガン様のことはどう思ってるの?」

「タガン様のこと?」


 全く想像していなかった質問に久留島は目を瞬かせた。なぜか隣の巳之口が身を固くしている。緒方と双月もなにを聞くんだという顔で佐藤を見た。


「どうとは?」

「血は呪いにもなり得るって話はしたよね。それを聞いて君はどう思ったの? タガン様を恨まなかった? こんな血いらないって悲観的な気持ちにはならなかった?」


 佐藤が言葉を発するたび、隣に並んだ双月と緒方の顔色が悪くなる。チラチラと巳之口の様子をうかがっているのが視線で分かった。巳之口の表情も段々険しくなる。

 そんな周囲の反応を見て久留島は首をかしげつつ、ハッキリ告げた。


「恨むなんてありえません。俺はタガン様が大好きなので」

 佐藤の目が見開かれる。緒方と双月の反応も似たようなものだった。


「……大好きなの?」

「はい。昨日、巳之口の看病しながらいろいろ考えてたんです。俺の血で巳之口を救えるなら、それはタガン様のお陰じゃないですか。それなのに俺、タガン様と契約してるの忘れてるって不義理にもほどがあるなと思って」

「契約してたのか!?」


 久留島の発言に双月が驚愕の声をあげた。そういえば双月と緒方に伝えていなかったと久留島は思い出す。反応から見て伝えておいた方がよかったみたいだが、後の祭りである。久留島は後で怒られるかもと若干怯えながら、恐る恐る次の言葉を口にした。


「だから、必死に思い出したんですけど、俺……ナンパしてました」

「……は?」


 双月からの視線が冷たい。なにいってんだお前と視線で伝えてくる。緒方は眉間に皺を寄せているし、いつのまにか後ろに立っている風太、イル、お狐様の視線も冷たい。佐藤だけがきょとんとした顔で「ナンパ?」と呟いている。


「言い訳させてください。タガン様と会う前日、母と恋愛もののドラマ見てたんです。そこに映った結婚式を見て、子どもだった俺は結婚式ってなに? って聞いたんです。そしたら母が、好きな人とずっと一緒にいることよって……」

「……まさかお前、それ初対面の神に?」


 鋭い双月の指摘に久留島は目をそらした。当時は神というよりも綺麗なお姉さんだと思っていたのだが、神だろうが人間だろうが初対面の人間に結婚申し込んだ事実は変わりない。

 しばし沈黙がその場を支配した。久留島は居心地の悪さから視線を彷徨わせ、ふと隣にいた巳之口を見る。巳之口は顔を手で覆っており表情が見えなかったが、その耳が赤く染まっていた。


「えぇ!? 赤くなるほど俺の行動恥ずかしかった!?」


 久留島の叫びに佐藤が吹き出した。見れば肩を震わせて笑っている。佐藤の隣にいる緒方は生ぬるい目を久留島に向けていて、双月は額に青筋を浮かべていた。


「相思相愛ならそう言え!!」

「なんの話!?」

「心配して損したっつうの!!」


 双月はそう叫ぶと久留島に背を向け、床を踏み抜きそうなほどにドスドスという足音を立てて歩いていってしまう。緒方が慌ててその背を負い、彰も笑いながらついていく。

 久留島は理解が出来ずに目を丸くした。彰には何があったのか教えてもらえていないが、もう聞ける空気でもない。


「ねえ、巳之口。双月さん、なんで怒ったんだと思う?」

「……」

「なんで無言で顔をそらすの!?」


 俺なにかしたの!? と叫ぶ久留島の横を呆れた顔をしたイル、風太が通り過ぎる。最後にお狐様が巳之口に向かってにっこり笑う。その笑みがあまりにも意味深で久留島の頭の中にはてなマークが乱舞した。


「初対面の神に恐れ多くも結婚してくださいっていうのは、やっぱり不味いのか……。いやでも、子どもがてらに運命の出会いだと思ったんだよ」


 久留島はその場に座りこみ、頭を抱える。改めて考えると子どもとはいえヤバいし、それをすっかり忘れていたのもヤバい。クティが薄情男と言ったも納得だ。


「謝りにいった方がいいかな。子どもとはいえ、いきなり結婚申し込んですいませんって」

「……久留島は、タガン様に結婚申し込んだこと後悔してるの?」

「してないけど」


 巳之口の問いに反射で答える。思わず顔をあげた久留島の視界に、ポカンとした巳之口の顔がうつる。巳之口がこんな顔するの珍しいなと思いながら、久留島は自分の思いを口にした。


「俺みたいな庶民が神様に求愛なんて恐れ多いとは思うし、振り向いてもらえないと思うけど、タガン様のことは本当に好きだよ。一目惚れ」

「……すっかり忘れてたのに」

「いや、それは小さかったし、一度しか会ってないし……あんまり綺麗だったから夢なのかと思ってて……」


 あれから神社に何度いってもタガン様には会えず、そうこうしているうちに同い年くらいの友達が出来て、その子と遊ぶうちに忘れてしまったのだ。


「思えば、巳之口もちょっとタガン様に似てるんだよな。顔とかじゃなくて雰囲気が」

「えっ」

「思い返してみたら、俺、タガン様に似てる人とばっかり仲良くなっている気がする。ヤバくないかこれ。本人にバレたら引かれて嫌われるんじゃ……」


 タガン様を忘れる切っ掛けになった同い年の子もタガン様に似ていた。大人になったらタガン様みたいな美人になるだろうなという雰囲気だった。いつのまにか疎遠になったのだが、疎遠になった理由はハッキリ思い出せない。その点も踏まえて、自分は薄情なのではないかと久留島は顔を青くした。

 もともと相手は神。人間の久留島なんて眼中にないだろうに、似たような相手ばかり好んで付き合っていたなんて知られた日には引かれる予感しかしない。


「タガン様、俺のこと気にしてくれてるみたいだけど、親が子どもを心配するみたいな奴だろうし……。初恋自覚した途端に失恋が確定した」


 がっくりと肩を落とす。昨日もいろいろあったが、今日も感情がジェットコースターなみに忙しい。巳之口が無事だったことが唯一の救いである。


「そもそも神と人間なんて身分不相応だよな」

「そんなことはないよ」


 思ったよりも肯定的な答えに久留島は驚いて、巳之口の顔を見た。巳之口は真剣な顔で久留島を見つめてから、なぜかハッとした様子で顔をそらす。


「えっと、双月さんに聞いたんだけど、タガン様って神様は人と子どもを得た経験があるんでしょ? なら、人間も恋愛対象内だよ」

「そうかな!」

「そうだよ!」


 巳之口から得た強い肯定の言葉に久留島は喜んだ。巳之口がそういうのであれば、上手くいきそうが気がしてくる。


「良かった、巳之口が死ななくて」


 気づけば言葉がこぼれ落ちていた。巳之口はまたもやきょとんとした顔をする。珍しい表情をいくつも見られて、久留島は嬉しくなった。


「巳之口がどういうつもりで俺と一緒にいたのか分からないけど。俺は巳之口のこと一番の親友だと思ってるから」


 立ち上がった久留島は巳之口の手を取った。ぎゅっと握りしめた手は昨日ベッドで握ったものより温かい。ちゃんと生きてると実感して、久留島はますます嬉しくなった。


「……いいの? 久留島を利用して食べる気だったのかもしれないよ?」

「食べられるのは嫌だけど……」

 久留島はそこで言葉を句切るとにっこり笑った。


「巳之口の糧になるなら悪くないかなって思うんだよね」


 といっても、まだまだやりたいことは沢山あるので、どうしてもというときの最終手段にしてほしい。軽い気持ちで食べるのはやめて欲しいな。なんて久留島が思っていると、巳之口がうめき声を上げ、久留島の肩に額を押しつけた。


「……お前それ、俺以外の外レ者に絶対いうなよ」

「いや、巳之口以外に言わないっていうか、巳之口以外に食べられてもいいやとは思わない」

「俺にももう言うなよ!!」

「なんで!?」


 チラリと見えた巳之口の耳が赤い。なぜと久留島は首を傾げた。外レ者と人の感覚は違うというから、外レ者にとっては恥ずかしい発言だったのかもしれない。しかしながら久留島には全く検討がつかなかったので、まあいいかと流すことにした。


 消えかけた存在がちゃんと目の前にいる。生きている。それがなにより嬉しかったから、細かいことなんてどうでも良かったのだ。





「ファイル4 山の神」 終

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