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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
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4-11 最後の願い

 ふわり、ふわりと雲にくるまっているような感覚の中、タガンは目を閉じていた。体から大事なものがどんどん流れて、溶けて、消えていく。このままでは消えてしまうと分かっているのに、流れ出るものを止めようという気にもならない。小指一本すら動かすのが億劫で、ただ眠くて仕方ない。


 限界なのだとタガンは気づいていた。だましだまし今まで生きてきたけれど、自分を神としていた信仰は残りわずか。

 愛する土地で、愛する子どもがまた一人、輪廻に帰った気配がした。神社に足を運んでくれた、最後の一人。これでもう、自分を神として崇める存在はいなくなる。

 途端に眠気が強くなる。このまま消えてしまうのかとぼんやり考えて、頭に浮かんだのは零寿の姿だ。

 零寿の今後を見られなくなるのは心配だが、零寿にはもう沢山の仲間がいる。双月や風太にイル、クティだって様子を見ると約束してくれた。今回、山に来たことで縁も出来た。だから大丈夫。


 そう思うのに、寂しい気持ちがチクチクと胸を刺激する。

 自分がいなくても生きていけることに安堵を覚えるのに、自分がいなくても生きていける姿に怒鳴り散らしたくなる。私の子なのに、私がここまで可愛がって育てたのに、なんでなんでと泣き叫びたくなる。

 そんな気持ちを胸の奥にしまい込む。これは出てきてはいけない感情なのだと蓋をする。


 信仰が薄れるにつれ、タガンの心は不安定になった。仕方がないと諦める気持ちもあるのに、足りない足りないと体は空腹を訴える。寂しい、悲しい。なんで私を見ないのかという怒り。様々な感情が体の中を回り、突き破って出て行こうとする。それを必死に抑えていたが、力が弱ればおさえるのも難しくなった。

 衝動のままに暴れ回った先に待っているのは破滅だ。堕ち神は遅かれ早かれ始末される。田舎に引きこもっていたタガンでも、神を殺す存在がいることは知っていた。

 死にたくないと思うのに、早く誰かトドメをさしてくれとも思っていた。不安定な状態が長引くにつれ、どんどん心は疲弊した。


 だから零寿と一緒に都会に出て、特視の存在を知った時は安心した。特視に預ければ零寿は護られる。双月の鋭い刃を見た時、彼なら堕ちても迷わず自分を切り捨ててくれると確信をもてた。


 あとは朽ちて死ぬだけだ。そう思う気持ちも本物なのに、死にたくないという気持ちも本物だった。零寿が最後の砦だとタガンは知っていた。血を引いた子どもたちは他にいるけれど、彼らはタガンを信じていない。自分の体質にも気づいていない。外レ者に襲われ不幸な死を遂げることも多かった。

 しまいには、タガンの呪いだという子まで現れた。生まれ故郷を離れた神主の家系は神と土地を捨てたからタガンに呪われたのだと、勝手に怯え始めた。

 その思考が、タガンを堕ち神にするとも知らないで。


 でも、もういいのだと、タガンは深い息を吐き出す。

 もうすぐ自分は消えるのだから、苦しむ必要はない。器からタガンを形作るものが流れでるのは止まらない。死にたくないと叫んでもどうにも出来ない。

 最後の最後まで自分を神にしてくれた愛おしい子。零寿がどうか幸せになるように。そうタガンは最後の願いを思い浮かべて、長く楽しい人生に幕を閉じた。


 ……はずだったのだが。


 急に流れ込んできた力に、タガンは目を見開いた。ぼやけた視界には見慣れない風景がうつる。空っぽだった体に急にモノが入ってきたことで目眩やら、吐き気で視界がぐらぐら揺れ、タガンは額を手で押さえた。

 いつのまにか擬態がとけて、本来の女性の細い手に変わっている。だが巳之口の姿に擬態する余裕もない。ただ額をおさえてぐらつく視界と吐き気に耐える。


「目が覚めた? 体調は、最悪そうだね」


 気絶する直前、聞こえた声がする。返事をするのも億劫で目だけ動かすと、ベッドの脇に青い髪と瞳をした人間が立っていた。

 いや、かろうじて人間の器に収まっているというだけで、ほぼ人ではない。自分よりもよほど高位に位置する存在だ。

 奇跡としかいいようのない頑丈で美しく、純度の高い器にタガンは息をのむ。それからその血に流れた高濃度の呪いに吐き気を覚えた。


「彰、寝起きにお前は刺激が強すぎる。ちょっと離れろ」

「それ絶対いい意味じゃないよね」


 彰と呼ばれた人間は文句を言いながらベッド脇から移動する。声をかけてくれたのが誰だか分からないが、感謝したい。しかしながら感謝を口に出せるだけの気力がなかった。


「気持ち悪いだろうが文句はいうなよ。少しずつ流し込んで慣れるのを待つ時間はなかった」


 入れ替わるようにベッド脇に誰かがたった。気配からして人間ではない。彰ほどではないが自分よりも高位な神だと感じた。気配としては土地神。この山に入った時からずっと感じていた気配に、タガンは慌てて体を起こそうとした。


「まだ馴染んでいない。寝ておけ」


 呆れた声でそういわれ、起こそうとした体は止められた。少し体を動かしただけでも増した目眩に、タガンは大人しく横になったが、視線だけは声の主に向けた。

 金髪の髪に緑の瞳をした美女がタガンを見下ろしている。豊満な胸を押し上げるように腕を組み、自信満々にタガンを見下ろす美女の頭には狐の耳、背には尻尾があった。ゆらゆらと揺れるそれは九本。


「お狐様とお見受けします」

「ああ。私はこの山の神。お狐様だ。お供え物はいなり寿司で良いぞ。高級品で頼む」


 にっこりとお狐様は笑う。笑顔に「高級品以外は認めない」という圧が透けて見え、タガンは引きつりそうになる顔をなんとか誤魔化した。寝起きに高位の神の圧はなかなか堪える。


「お狐~、いなり寿司なら僕もお供えしてるでしょ。後輩にたかるのどうかと思うよ」

「なにを言っている。命を救ってやったのにいなり寿司一つですましてやると言っているんだぞ。私のこの寛大な心が分からないのか」

 視界外から聞こえた彰の茶々入れにお狐様は一層胸を張った。


「その、どういうことなのでしょう。なぜ私は生きているのでしょうか」


 マイペースな会話に流れそうになったが、一番の疑問はそこだ。タガンが助かる見込みはなかった。信仰は薄れ、存在はずいぶん不安定になっていた。そのうえで器が壊れて、大事に溜めてあった己を生かす糧すら流れ出た。信仰する者がいなくなったタガンは消えた糧を補充する術がない。だから、生きているのはおかしいのだ。


「お前はいろいろと運が良かった。クティがそうなるようにお膳立てしたのもあるが、特視に接触し、クティへの縁を繋いだのはおぬしの力。あっぱれだな。私には劣るが、同じ子を持つ山神として誇りに思うぞ」


 お狐様はそういって上機嫌に笑う。タガンは意味が分からず目を瞬かせた。

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