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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
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4-10 対価

 包帯が巻かれベッドに横になる巳之口の横顔を、久留島は沈痛な面持ちで見つめていた。

 巳之口の顔色は悪い。あの後すぐに傷が手当てされ、理事長の自宅に運ばれた。理事長の自宅は黒天学園の中にあり、お狐様の祠の真ん前に建っていた。黒天学園の中で一番土地神の加護を得られる場所ということ、林の中にあるために人目を避けられる。部屋が余っているという点からの判断だった。


 目を閉じた巳之口は死んでいるみたいに生気を感じられなかった。布団から出ている手に触れてみて、温かいことに安堵し、それからずっと握りしめている。早く元気になってくれと願っているが、目覚める気配は全くない。


 血を流しすぎたと聞いた。

 巳之口の能力は人に擬態するというもので、それ故に他の外レ者よりも人に近いのだろうと緒方は推測していた。人に近いから、人と同じように血を流すし、血が流れたら死んでしまう。人の血液と体の役割は違うだろうが、体にとどめておかなければいけないものが体外に流出したという点は同じ。

 問題は人ではないから、輸血という方法がとれないことだ。巳之口の体からなくなっているのは、血の形をとっているだけで血ではない。外レ者と適合する血などなく、出来ることは自然回復を待つのみだ。


「巳之口……ごめん」


 ぎゅっと手を握りしめる。温かいけれど反応がない。ピクリとも動かない瞼に不安がつのる。このまま一生起きなかったどうしよう。そんなことばかり考えてしまう。


 コンコンというノックの音が響いた。すぐさまドアが開き、現れたのは青い顔の美少女。もとい黒天学園の理事長、佐藤彰である。

 スーツから私服に着替えた佐藤は、体型がわかりにくい大きめのサマーニットに着替えている。色味も明るいベージュで、スーツを脱ぐとますます女性に見えるが、男であることは本人からも周りからも説明された。

 見た目で騙されるなの最たる例だと言っていたのは双月だった。


「久留島くん疲れたでしょ。お茶でも飲んで休憩しよう」


 佐藤はそういってにっこり笑う。家に来てからというもの、ずっと巳之口の隣についている久留島を気遣っているのだと伝わってきた。それでも久留島は巳之口の隣から離れる気になれない。


「申し訳ないんですけど、いまそういう気分じゃなくて……。忙しいでしょうし、俺のことは気にせずお仕事に戻ってください」

「今にも死にそうな顔してる人放って仕事できるほど、人間性捨ててないから」


 佐藤は呆れた顔でそういうと部屋の中に入ってきて、ベッドの脇に腰掛けた。

 この部屋は日頃、客間として使われているようで家具は最低限のものしかない。部屋の中に備え付けられていた椅子は久留島が使っているので、佐藤はベッドに腰掛けるしかなかったのだ。

 久留島は慌てて立ち上がろうとしたが、佐藤がそれを手で制した。そうしながら佐藤はじっと眠る巳之口を見つめている。


「他の人たちから君と巳之口くんの関係は聞いたんだけどさ、君は彼に対して怒りはないの? ずっと騙されていたわけでしょ」


 巳之口を見つめていた佐藤は久留島と目を合わせる。青い瞳は全てを見透かすようで久留島は緊張を覚えた。

 真剣に答えなければいけない気がして、内心を探る。今日一日いろいろあって、頭が混乱して、冷静になれていない自覚はあった。改めて聞かれると自分の心を支配しているのは、怒りよりも驚きだった。


「怒りはないです。それよりもただ、ビックリしたっていうか……」

「怖いとかも思わないの? 人間の友達だと思っていたら、人じゃなかったわけでしょ?」

「特視に所属する前だったら怖がったかもしれません。祖母の影響で神様はなんとなく信じてましたけど、幽霊も妖怪も見たことないから全く信じてませんでした」

「それはまた、偏った考えだね」


 久留島の返答に佐藤は苦笑した。当時は気にしていなかったが、改めて考えると神は信じているが幽霊や妖怪は信じないとはおかしな話だ。


「正確にいうと神様は信じたかったんです。祖母は地元の神様を本当に好きだったので。祖母が好きなものだからいるって信じたかったんです。それに小さい頃、俺はタガン様に会ったことがあります。タガン様だって認識したのは最近ですけど、人間じゃないってどこかで分かっていたのかもしれません」


 幼い頃、一度だけ見た姿が美しかったことだけは思い出せる。顔も声もうまく思い出せないのに、美しかったということだけは覚えているのだ。大人になるにつれ神は実在せず、祖母の信仰がはたから見れば異常であったと気づいてしまった。それでも幼い頃に抱いた感情が消えたわけじゃない。


「特視に所属して、神や妖怪っていわれるものは曖昧なものだと知りました。強い存在にも会いましたけど、きっと巳之口はそうじゃない」


 眠る巳之口は体はあるのに、中身が薄いような気がする。このまま放っておいたら消えてしまいそうで不安なのに、久留島に出来る事といったら側にいることだけ。自分のふがいなさに久留島は唇を噛みしめる。


「なるほど。君は彼が好きなんだね」

「はい。大学で最初に出来た友人なんです」


 久留島の笑顔を見て佐藤は微笑ましそうに目を細めた。幼い子供を見守る母親みたいな返答に、久留島は少し気恥ずかしくなる。

 同時に、佐藤が神に近い存在だというのがよく分かった。


「緒方さんと双月さんから君の体質については聞いたよ。これから先も君は食べられそうになったり、利用されそうになったりすると思う。双月さんは君が平和に生きられるようにって考えてるみたいだけど、僕の経験から言えばムリ」


 佐藤はそういうと肩をすくめてみせた。


「君もある程度知ってるだろうけど、僕も呪われた血筋だ。外レ者からすれば血のつながりって重要なんだ。彼らが持たないものだから、持っている人間が羨ましくて、人間よりもよほど重視するし、敏感だ。だから血筋が特殊な人間っていうのは狙われるんだよ」


 佐藤はそういうと久留島の手をとった。その体に流れる血を確かめるように、脈に手を当てる。久留島は金縛りにあったみたいに動けず、佐藤にされるがままだった。


「隠れたって、目を背けたって、体に流れる血は変えられない。僕の家系は呪われているけれど、君だって呪われているようなものだ。人ではないものに狙われ続ける呪い。君は死ぬまでその血に振り回されるし、友人や恋人、近しい人を作ろうとすれば君の体質が周りの人を不幸にするかもしれない」


 青い瞳がじっと久留島を見つめる。初めて見た時は、どこまでも見通すような透き通った青だと思っていた。今は暗くて底がしれず、なにがいるかも分からない深海を見ているような気持ちになる。得たいのしれないものから逃げ出したいと思うのに体が動かない。生物としての本能が格の違いに屈服している。


「だけど、呪いも使い方によっては便利だったりするんだよね」


 佐藤がそういって久留島の手を離すと、空気が一変した。重苦しい圧が消え失せて、いつのまにか大きな音を立てていた心臓が落ち着きを取り戻す。思わず心臓をおさえて息を整えていると、佐藤はいたずらっ子のように笑った。


「君の血は多くの外レ者を引き寄せる。だからこそ、強力な味方も出来る。今回根回ししてたクティとか良い例。普段はこんな協力的じゃないんだよ。僕が何度、協力しろって脅したことか」


 頬に手をあて佐藤は、ほんと困った奴みたいな空気を出した。しかし、ハッキリ「脅した」と言っている。見た目の愛らしさと中身の物騒さのギャップに久留島の顔は引きつった。佐藤の名前が出た時のクティの反応を思い出し納得する。会いたがらないはずである。


「君の血はね、外レ者に対して交渉材料になる。みんな君の血が欲しいし、君に認識されたい。だから奪おうとするモノと同じくらい、君を護ろうとするモノだっている」

「……それは俺の血が目当てで?」


 風太、イル、双月と身近な外レ者の顔が浮かび、久留島は少し寂しくなった。巳之口だって久留島の血が目当てなのだと言われたら悲しい。

 落ち込む久留島を見て、佐藤はおかしそうに笑う。


「そりゃあ、最初は血が目当てだったんじゃない。だって君、便利だもの。そのうえ無防備。名前を呼んでっていわれたら、なんの疑いもなく呼んじゃうでしょ」


 クスクス笑いながら告げられた言葉は身に覚えしかない。イルが成った経緯を思い出した久留島は身を縮こまらせた。


「だけど、本当に血が目当てだったら、ずっと一緒にいないでしょ。クティなんて、今回指示出すだけで顔すら出してないじゃない。アイツは君が危険になることを知ったうえで、何の忠告もしなかったし助けにも来なかったんだよ。なんとかなるのも見えてたんだろうけど、薄情でしょう?」


 肩をすくめる佐藤に久留島は眉間に皺を寄せながら頷いた。巳之口がボロボロになる未来も見えていて、ここに来るように言ったのだとしたら文句を言いたい。クティのことは恐ろしいと思っているが、親友が死にそうになったのだから話は別だ。今度あったら絶対文句いってやると久留島は意気込んだ。


「つまり、クティみたいな付き合い方だってみんな出来るんだよ。危険な目にあってるのをわざとらしく助けて、恩を抱かせることも出来る。だけど、君の周りに居る子達はそれをしていない。風太くんにイルくん。そこで寝ている彼だって、ずっと君の隣にいたんでしょう」


 久留島は目を見開いて、それから眠る巳之口を凝視した。

 初めて会ったのは入学初日。上京したてで友達もいなくて、大学の賑やかな空気に怖じ気付いていた。この先大丈夫かと不安になったとき、声をかけてくれたのが巳之口だ。

 それからはずっと助けられた。レポートが間に合わなさそうな時も、風邪を引いた時も、バイトで失敗して落ち込んだ時も。単位を落としそうだと泣きついて、教授に交渉してこともあったし、就職の時は誰よりも親身に話を聞いてくれた。


「僕は利害だけでずっと一緒にいるのはムリかな。だってしんどいもん。好きじゃなきゃムリ。君の周りにいる子達だってそうだと思うよ。最初は血だったかもしれないけど、その後もずっと一緒にいたのは君が君だから。みんな放っておけないって思ったんだよ。君って危なっかしい感じがするし」


 佐藤は楽しそうに笑う。久留島はなんだか泣きそうになって、唇を噛みしめた。初対面の人間の前で泣いてしまうのは格好悪いし、今はそれどころじゃない。


「俺が、巳之口にしてあげられることってあるんでしょうか……」

 泣くまいと頑張っても声は震えていた。泣きそうなのがバレバレだったが、佐藤は笑わなかった。むしろ待ってましたとばかりに満面の笑みをうかべる。


「君にしか出来ないことがあるよ」

 その言葉を聞いた久留島は、巳之口の手をぎゅっと握りしめた。

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