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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
39/45

4-9 規格外

「バカ!! 逃げろ!!」


 怒鳴り声と共になにかが久留島の腰にぶつかってくる。その勢いのまま突き飛ばされた久留島は、転がるようにその場から離れた。受け身もとれずに倒れたために体が痛い。それよりも、近くから響いたガチンという音が気になった。

 久留島は音のした方へ顔を向ける。久留島が先ほどまで立っていた場所に、巨大な口があった。ちょうど久留島の上半身をかみ切れる高さだ。それに気づいた瞬間、久留島は悲鳴をあげた。


「なにあれぇ!?」

「うるせぇ! 騒ぐな!!」


 久留島は叫びながら近くにいた風太に抱きついた。子ども体温に安心する。風太に突き飛ばされなければ死んでいたと気づいた今では、風太が神様のように光り輝いて見える。

 だが風太はそれどころじゃなかったようで、抱きつく久留島に怒鳴りつけ、鬱陶しいとばかりに身をよじった。


「もー離れろよ!! 死にたいのか!? 今すぐ逃げねえと食われるんだぞ!!」

「腰、抜けた……」

「つっかえねぇ!!」


 心の底からの叫びは傷つくが、風太の余裕がないのも分かる。突然現れ、久留島を噛み殺そうとした存在は目の前にいる。

 実態がある生き物というよりは、なにかの集合体のように不安定に揺れていた。体全体を黒いモヤで包まれているようで、黒い煙のようなものが周辺を漂っている。四足歩行の動物。耳やしっぽの形からして、狐のようだ。

 そこまで観察したところで、久留島は嫌な予感に顔を引きつらせた。


「こ、香月さん!? もしかして、これがこっくりさんの影響で生まれたナニか!?」

 少し離れた場所にたっていた香月に叫ぶ。どこかに連絡していたらしい香月は、久留島の言葉にすぐさま叫び返す。


「間違いなく! 彰くんに連絡したので、すぐ来ると思います! この辺りを封鎖して、関係者以外入れなくしました!」

「迅速!!」

 なんでこういう事態になれてんのと久留島は心の中で突っ込んだ。


「ただ、子どもの避難を誘導するから、僕が行くまで頑張って耐えてねとのことです」

「た、耐えろって……」


 久留島は恐る恐るナニかの方を見た。その瞬間、目があったと感じた。ゾワリと悪寒が走る。目の前のナニかは確実に、久留島を餌だと認識している。逃げなきゃと思う前に、ナニかは大きく口を開け、久留島に向かって飛びかかってきた。離れた距離が一瞬で近づく。風太が逃げようと身をよじるが、久留島は恐怖で動けない。

 ナニかは大きく口を開く。白い牙と赤い口内が目の前に迫る。風太と香月の声が聞こえるが上手く聞き取れない。

 ああ、食われる。そう思った瞬間、目の前に派手な柄シャツが飛び込んできた。


 ガチッと嫌な音がして、血しぶきが上がる。真っ赤な赤がやけに鮮明に見えた。大きな牙が巳之口の細い腕に突き刺さっている。かろうじて腕はかみ切られていないが、腕から血が流れ、ぽたりと地面に落ちた。


「巳之口!?」

「零寿、逃げろ!!」


 顔だけ振り返った巳之口が険しい顔で叫んだ。いつだって巳之口は緩く微笑んでいたから、必死の形相など初めて見た。


「ち、血が……」

「いいから、コイツの狙いはお前だ。さっさと逃げろ。風太! 早く!!」

「わかった!!」


 巳之口の叫びに応じて風太が懐から葉っぱを取り出した。すぐさま風太の体は成人した男性のものへと変わる。前に資料室で見た青年の姿になった風太は、久留島をひょいっと持ち上げて走り出した。


「風太まて! 巳之口が!!」

「アイツはお前より頑丈だから問題ない!」


 風太は久留島に怒鳴り返しながら、離れた場所にいる香月の元へと走る。どこかに電話をかけていた香月は風太に気づくと、手でついてこいと合図した。そのまま走り出す香月に風太もついて行く。


「まてって、巳之口が危ない! 助けないと!!」

「俺たちがいってどうするんだよ! 冷静になれ!!」

「そうですよ! 久留島さん、あの狐もどき殴って吹っ飛ばすとか出来ないでしょ!!」

「そうだけど!!」


 風太に抱えられたまま身をよじり、久留島は背後を振り返った。巳之口はナニかの体を押さえ付けている。その間も腕に牙が突き刺さったままで、ナニかは牙を抜こうと身をよじり、咆哮をあげた。そのたびに巳之口の顔は苦痛でゆがみ、腕から流れる血の量が増えていく。


「このままじゃ巳之口が!」

「久留島さんのために身を挺してるんだから、貴方が近づいたら意味ないんだって!」


 暴れて降りようとする久留島に香月はそういうと、久留島の正面に回り込んで頬をパンと叩いた。痛みで我に返った久留島は香月の真剣な顔を見つめる。


「外レ者は自分の価値を高める餌を優先的に狙う。生まれたてのアイツはすごくお腹がすいている。自分を安定させてくれる栄養価の高いモノを食べたがる」

「それが、俺ですか?」

「あなたはアイツらからみて、極上の餌なんですよ」


 クティに言われた五十人分という言葉がのしかかってくる。生まれたてで弱く、空腹のアイツにとって、久留島は危険を冒したって食べたいものなのだ。


「双月さんと早く連絡とって。彰くんと会ってすぐに私たちを追ったらしいから、商業エリアにはいるはず」


 香月に言われ、久留島は震える手でスーツの内ポケットからスマホを取りだした。双月のスマホに電話をかけるが、電源が入っていないか電波の届かない場所にいるというアナウンスが流れる。


「電波が届かない場所って……」

「アイツの影響か」

 香月はそういうと舌打ちし、ジタバタと暴れるナニかを睨み付けた。


「もしかして、俺たち誘い込まれたのか!?」

「その可能性はある。こんな真っ昼間から襲ってくるなんてと思ったけど、不自然なくらいに人気がないし」


 香月にいわれて周囲を見渡した。気づけば自分たち以外誰もいない。学園に入った当初は居たるところに子どもの姿があった。それが今は全く見当たらない。生徒がいなくとも周囲に並んだ店には従業員がいるはずなのに、出てくる様子がない。久留島があれだけ声を張り上げたのだ。誰か一人くらい、様子を見に出てきたって不思議じゃないのに。


「思ったより育つのが早い。狐の縄張りっていうのが悪い方向に作用したみたい」

「つまり、俺たちはアイツの縄張りに引っ張りこまれたってことか!?」

 風太が驚愕の声を上げる。香月は数秒考えてから頭を左右に振った。


「ここはお狐様の縄張りだから、異界を作ったのならお狐様には分かります。お狐様が来ないってことは、獲物以外の人を避けた程度です」


 その獲物が自分であると理解した久留島から血の気が失せた。巳之口たちはただの巻き込まれだ。


「とにかく距離をとりましょう。久留島さんが食べられたら被害が増えます。そのうち彰くんも双月さんたちも来るはずなので、それまで耐えれば大丈夫です」

「それじゃ、巳之口は!!」


 暴れるナニかを抑えつけ続ける巳之口の足元には、血溜まりが出来ている。巳之口は人間じゃない。久留島はそれに気づいてしまったが、人間じゃないからって万能なわけではない。人より丈夫で、人よりも長く生きているだけだ。能力を使わないことから考えても、巳之口の力は双月のように戦闘向きではない。


「風太! 離せ! 助けに行かないと!!」

「お前が行ったって何も出来ねぇって! アイツがボロボロになってるのはお前を護るためだろ!」


 風太の力が強くなる。逃げ出そうとする久留島を抑えつけ、さっさとこの場を離れようと体の向きを変える。やめてくれと久留島が叫ぶ前に、何かが硬いものに叩きつけられるような音が響いた。


 一瞬時間が止まる。走り出そうとしていた風太も動きを止める。音のした方向にはだらりと手足を投げ出した巳之口の姿があった。白い壁には赤い線ができ、巳之口の頭の位置まで続いている。

 それが巳之口の頭から流れた血で、ふっとばされて壁に叩きつけられたのだと理解したとき、久留島はあらん限りに叫んだ。


「巳之口!!」


 声に反応してナニかがこちらを向く。久留島を視界にとらえたナニかが笑ったように見えた。邪魔者がいなくなったことへの嘲笑か、獲物が眼の前にいることへの歓声か。ナニかは咆哮する。ビリビリと空気を震わす声は恐怖を覚えるには十分なのに、久留島は巳之口から目が離せかった。


 死んでしまう。消えてしまう。

 出会ってからの記憶が走馬灯のように流れる。思い返してみれば不自然なことが多かった。

 それでも友達なのだ。


 助けたい。けれど力がない。特別な血筋といっても久留島にできることなど何もない。きっと今までも、巳之口が影で助けてくれてのだ。それに全く気づいていなかったのだから、風太とイルが言うとおり、自分はどうしようもない鈍感だ。そう久留島は自覚した。

 そんな愚かな自分にできることなど一つしかない。だから久留島は大きく息を吸い込んだ。


「双月さん!!」

 助けてくれという気持ちを込めて名前を呼ぶ。双月の糧は自分の名前だから、きっと届く。だからすべての気持ちを名前に込めた。


 ナニかが久留島に狙いを定めて走り出す。風太と香月が慌てて距離をとろうとするが、それよりもナニかの移動速度が早い。

 巨大な口がまたしても眼の前に迫る。だがもう、久留島は怖くなかった。


 あと少し、鋭い牙が久留島に届く直前、ナニかの体が不自然につぶれる。上から重たいもので押しつぶされたように、四肢を投げ出したナニかから黒いモヤが吹き出す。それは血しぶきのように見えた。


「俺の後輩に手出してんじゃねえぞ」


 地面に突っ伏したナニかの上から、耳馴染んだ声が聞こえる。着ていたパーカーを脱ぎ捨て、両腕をむき出しにした双月が怒りをあらわにナニかを踏みつけていた。


「双月さん!!」

「来るのが遅くなって悪かったな」


 バツの悪そうな顔に久留島は心底安堵した。これで勝てると久留島は思ったが、ナニかの方は危機を感じたのだろう。唸り声を上げて身を捩る。暴れ始めたナニかから双月は危なげなく飛び降り、久留島たちの前に着地した。双月はナニかから久留島たちを護るように刃を構える。

 双月が刃を突き刺した場所からは煙が吹き出し続けていた。ナニかは歯をむき出しにして唸るものの、さきほどのように飛びかかっては来ない。双月が自分より強いとわかっているのだ。


「間に合った!?」


 死の危険が遠ざかったことに一息ついていると、慌てた声が聞こえた。ナニかの後方、建物の隙間からイルが顔を出している。すぐにその後ろから緒方も現れた。


「イルが呼んできてくれたの!?」


 状況を理解した久留島は大声を出す。いつの間にか消えていたことに今気づいた。イルの能力は影の間を移動することだ。昼間は夜に比べると行動範囲が狭まるが、久留島が走って探すよりは格段に早く緒方たちを見つけられる。とっさの判断で緒方たちを探しに行ってくれたのだ。

 久留島の視線を受けたイルは、全員が無事であることに気づくとほっとした顔をした。


「イルにはなにかお礼しないとな」


 双月はそういいながらナニかから目を離さない。口角はあがり、目はギラギラと輝いている。刃を震えるのが嬉しくて仕方ないという好戦的な表情に、ナニかはひるんだ。

 それでも久留島を物欲しそうに見つめていたが、突然背を向けた。


 逃げ出したナニかに久留島は安堵した。双月相手では分が悪いと分かったのだろう。とりあえず命の危機は去ったと脱力したところで、久留島は気づく。ナニかが向かった方向には巳之口がいる。嫌な予感に久留島は暴れ、風太の拘束から逃げ出した。


「巳之口!」


 久留島は叫んだが、巳之口は壁に寄りかかったままだ。遠目にもその顔が血で濡れていることがわかる。そんな巳之口のもとへ、ナニかはまっすぐに走る。

 外レ者は食べることで強くなる。だからナニかは久留島を狙った。手っ取り早く強くなろうとした。それが失敗し傷までおったとなれば、狙いを変えても不思議じゃない。

 簡単に食べられる、弱った獲物へ。


「逃げろ!!」


 叫びながら走り出す。双月がナニかの狙いに気づいて横を駆け抜けていった。それでもナニかの方が早い。狐をもした体は久留島を丸呑みできるほどに巨大なのだ。たった一歩が決定的な差になる。


 近づく捕食者を巳之口はぼんやり見つめている。血が流れすぎて、状況が良く飲み込めないのかもしれない。離れているのに、巳之口の顔がよく見えるような気がした。

 巳之口が久留島の方へと顔を動かした。それだけの動作でも辛そうなのに、久留島を視界に収めると安心したように笑う。

 良かった。生きてる。そんな気持ちが伝わってきて、久留島は必死に足を動かした。動かしたのに、距離は全然縮まらない。双月も間に合わない。イルが移動できそうな影もない。


 巨大な影が巳之口に覆いかぶさった。

 久留島は必死に手を伸ばすが、どう足掻いたって間に合わない。


 そう思った瞬間、ナニか轟音を響かせて地面に叩きつけられた。久留島の元まで伝わる振動に唖然と動きを止める。ナニかの首根っこを掴んでいるのは小柄な人物。遠目に見ても可愛いと分かる、整った容姿をした少女だった。しかし来ている服はなぜか男性用のスーツ。

 いつの間に、どこから現れたのかも分からない。青い髪をした少女は叩きつけたナニかを軽々と持ち上げる。巳之口の唖然とした顔が見えた。自分も同じ顔をしているのがわかった。


「まったくもー、人の家に勝手に入って、なに暴れてくれてんの。躾のなってない畜生だね」


 少女は思ったよりも低い声でそういうと、ナニか再び地面に叩きつける。赤ん坊がお気に入りのおもちゃを振り回す。そんな気軽で悪意のない動作だった。

 だがそれが与える衝撃は地面を震わす。ナニかは悲鳴をあげることすら叶わず、ぐったりと地面に横たわった。体からは黒いモヤが吹き出し、やがて消えていく。ナニカの体がボロボロと崩れ、消失していく姿を久留島は声を発せず見送った。


 外レ者は子孫を残せるような、生物ではない。輪廻転生の輪からも外れ、生まれ変わることは出来ない。だから死んだら、塵も残さずに消えるのだと緒方に聞いた。

 眼の前で生まれたばかりの存在が死んでいく。それは安堵や物悲しさを感じるか光景のはずなのに、久留島の中にあるのは混乱だけだった。


「えっ……どういうこと?」

「いや、ごめんね。うちの規格外が」


 気づけば隣に香月が立っていた。振り返れば風太はさきほどと変わらない場所で固まっている。緒方は苦笑い。イルは青い顔で震え、前にいる双月は両手を腰に当てて深い溜息をついていた。

 そんな三者三様の反応を受けた謎の少女は、唖然としたままの巳之口に近づきしゃがみ込むと、にっこり笑った。


「手当しようか」


 頭に疑問符を浮かべたまま久留島はその光景を見守ることしか出来ず、おそらく同じような状況の巳之口もただ頷いたのが見えた。

 

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