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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
38/45

4-8 違和感

 緒方と双月と別れた久留島は、七海の案内のもと黒天学園の内部を歩いていた。都市のようになっているとは聞いていたが、敷地内に入った久留島を待ち受けていたのはどうみても市街地。山の上とは思えない光景に、久留島は間抜けに口を開くことしか出来なかった。


 現在久留島がいるエリアは商業エリアと呼ばれ、生徒や教職員が買い物、娯楽を楽しむための場所だと聞いた。建物は白で統一されており、お洒落で綺麗な町並みといった印象だ。通り過ぎる人間は子どもが多く、大人の姿は数えられるほどしか見かけない。


 子どもの国。そう評される理由が分かって、久留島は気分が高揚していた。一生縁がないと思っていた、限られた人間しか入れない場所に自分がいる。そんな状況に浮かれるなという方がムリだった。


「俺、黒天学園に入れるなんて思ってもみなかった!」


 久留島は興奮を伝えるべく、隣に並んだ親友に顔を向けた。巳之口は久留島のはしゃぎようを微笑ましそうに見つめている。同い年とは思えない落ち着きようだが、大学時代から巳之口はこういう奴だ。はしゃぐ同級生を微笑ましそうに見守る姿は年上の大人に見えたが、それでいて浮くことはなかった。人と距離を測るのが上手いのだ。

 そんな巳之口だからあのクティとも親しくなったのだろう。オカルト記者として早くも実績をあげている姿に、久留島は誇らしい気持ちになった。


「風太とイルもそんなに離れてないで、こっち来たら」


 なぜか久留島から一メートルほどの距離をあけ、後ろをついて来ている風太とイルに声をかける。二人は顔を見合わせると、うかがうような視線を巳之口に向けた。二人とも人見知りするタイプだっただろうかと、久留島は首をかしげた。考えてみれば、知らない人間に会うのは初めてだ。外レ者の風太とイルにとって初対面の人間は勝手が違うのかもしれない。


「あんまりはしゃぐな。仕事で来てるんだろ」


 呆れたような巳之口の言葉に久留島は我に返る。ここには観光で訪れているわけではない。慌てて前を歩く香月の様子をうかがった。香月は久留島の視線に気づいたのか振り返り、爽やかに笑う。


「気にしないでください。初めて訪れた人はだいたい、久留島さんみたいな反応をされます」

 苦笑と共に告げられた言葉に裏はなさそうだった。久留島はひとまずほっとする。


「私も彰くんから、入学したら卒業まで外に出なくても生活できる学校を作るって聞いたときは、また頭のおかしいことを言い出したって思いました」

「香月さんと理事長って……」

「高校の同級生です」


 笑いながら告げられたことで、仲がいいのだろうなと思った。久留島でいったら巳之口のような相手なのだろう。


「彰くんに出会わなければ、私は幽霊も妖怪も信じませんでしたし、外レ者の存在なんて知らずに生きて死んだと思います」


 香月はそう言いながら前を向く。それはずいぶん遠くを見ているようで、過去を懐かしんでいるようでもあった。

 香月の言葉に久留島はドキリとした。特視に配属されなければ、久留島も外レ者の存在など一生知らなかったかもしれない。そう考えて、すぐに香月と自分では立場が違うのだと気がついた。久留島は運がよかっただけで、体質を考えれば遅かれ早かれ外レ者と関わることになっただろう。


「そういえば、クティさんからの推薦ってこと以外聞いてないんですけど、巳之口さんは外レ者についてご存じなんですよね?」


 考え事をしていると、香月がにこやかに巳之口に話かけた。その笑みは久留島に向けられたものに比べるとわざとらしく見える。気のせいかと思うほどの些細な変化なのだが、巳之口を警戒しているように感じた。なぜという疑問を検証する間もなく、巳之口が香月の問いに答える。


「えぇ。オカルト雑誌のライターをやってまして。まだ駆け出しの新人なんですが、先輩方から外レ者については聞いています」

「失礼ながら、オカルト雑誌って面白おかしい嘘を書いてるって印象だったので、真実を知っている人がいるとは驚きです」

「世の中には絶対に触れてはいけないものがあります。そういったものを不用意に暴くことも、人目にさらすことも、影響力のある媒体だからこそしてはいけません」


 香月はじっと巳之口の様子を見つめている。一言一句聞き漏らさない、どんなに小さな変化も見逃さない。そういう気迫染みたものを感じて、久留島は背筋を伸ばした。一方、その視線を向けられた巳之口の方はいつものペースを崩さない。

 久留島には分からない、何らかの腹の探り合いが行われていることだけは分かった。


「……悪意は感じないので、とりあえず納得しておきます。いろいろ事情がおありなようで」

 香月はため息交じりにそういうと、巳之口から視線をそらす。巳之口は相変わらず控えめな笑みを浮かべていた。


「佐藤彰という方は素晴らしいご友人をお持ちですね。羨ましいことです」

「彰くんはあー見えて、結構わかりやすいので、友人としてはやりやすいんですよ。隣にいるのに何考えてるのか全く分からない人だったら、私も長く友人やってなかったでしょうね」


 香月はにっこりと、なんだか怖いぐらいの綺麗な笑みを浮かべた。それを迎え撃つ巳之口もまた笑顔。笑顔の応酬だというのに空気がピリついている。二人からそっと距離をとった久留島は、少し離れた場所にいる風太とイルの元へと逃げた。


「ねえ、なんか二人の空気怖くない?」

「今気づいたか、鈍感」


 小声で話かけると、風太に心底残念なものを見るめを向けられた。隣にいるイルの視線も生暖かい。

 しかしながら、久留島には鈍感と言われた意味が分からなかった。

 鈍感、鈍いこと、気が利かないこと。と頭の中にある国語辞典を引いていると、風太にため息をつかれた。


「久留島、おかしいって思わないのか?」

「……おかしい?」


 首を傾げると風太とイルからの呆れの視線が強くなった。そんな反応をされる意味がわからなくて、久留島はただうろたえる。


「クティさんとお前の友達が知り合いって、おかしいとは思わないのか?」

「巳之口はオカルト雑誌のライターだし、取材で知りあったんじゃない?」


 それの何がおかしいのと風太を見つめると、風太は顔をしかめ、イルは額に手をあてて頭を左右にふった。ダメだこりゃと、声に出さずとも態度で告げてくる。それにはのんびりした性格の久留島もムッとした。


「二人とも言いたいことがあるなら、もっと分かりやすくハッキリ教えてくれたらいいのに」

「これはお前が気づかないとムリだ」

「ちゃんと、おかしいよね? って言ってるのに、それを受け入れないのは久留島くんなんだから、僕らがこれ以上言ってもムリでしょ」


 風太は険しい顔で言い切って、イルは肩をすくめてみせた。

 二人のいうおかしいこととは、クティと巳之口が知り合いということだ。なにがおかしいんだろうと久留島は考えてみるが、思考にモヤがかかったみたいで上手く考えられない。なにかが引っかかる気もするのに、違和感の正体を探ろうとするといつのまにか、別にいいやという思考に切り替わる。

 あれ? これ二人がいうようにおかしいのでは? と久留島はここに来てやっと、危機感を覚えた。


 久留島の反応が変わったことに気づいたらしく、イルと風太は久留島に近づいてくる。チラリと二人が確認したのは、未だに腹の探り合いをしているらしい香月と巳之口だった。


「久留島くん、クティさんは得がなければ行動しない人だってのは分かったよね」

 イルの問いに久留島は頷いた。半日ほどの交流だったが、クティの厄介な性格は身にしみた。


「あのクティさんが、オカルト記者なんて得にならなそうな人と親しくすると思う?」

「認識を広めるために利用しようとしてるんじゃ」

「それをするなら、とっくの昔にやってると思うよ。やってないなら旨みがないと判断してるってこと。やってるなら、入社したばかりの新人じゃなくて決定権がある上の人間狙うでしょ」


 イルが言うことに納得してしまった。たしかにクティが狙うなら下っ端ではなく権力者だろう。クティの外見は二十代だが、生きている年数は四桁に及ぶと双月から聞いた。そんな昔から生きているのだ。やる気があるなら雑誌社を手中に納めていてもおかしくない。

 じゃあ、なぜ今なのか。それを考えたらまた頭にモヤがかかった。


「そもそもさあ、アイツなんでここにいんだよ。仕事中だろ」

「仕事で来てるんだろ。巳之口はライターなんだから」

「あの人、久留島くんと同期なんでしょ? 久留島くんは資料整理しかさせてもらってないのに、あの人は一人で地方に取材来てるのもおかしくない? 雑誌社がクティさんのこと認識してるなら、新人一人でクティさんとこには行かせないでしょ。機嫌損ねたら、どんな酷い目にあうか分かったもんじゃないんだから」


 風太とイルに畳みかけられて、違和感が大きくなっていく。

 巳之口だから上手くやっている。自分と違って一人でも問題ないと任せてもらえている。そう久留島は思っていたが、よくよく考えればおかしい。いくら仕事が出来て信頼できたとしても、イルがいう通り入社して一ヶ月もたたない新人を一人で行動させるはずがない。

 居酒屋で飲んだ日、巳之口は土地勘があった。久留島が来る前に見て回ったと言っていたが、それにしたって知りすぎていた。


 一つ気づいたら、気になることが増えていく。頭にかかっていたモヤが急に消え、視界がひらける。

 

「み、巳之口って……」


 声が震える。気づきたくなかったと心が叫ぶ。けれど、気づいてしまった事実を見ないことにするのも恐ろしく、久留島は震える声でその名を口にした。


 少し離れた場所にいた巳之口が、こちらを振り返る。その動作がスローモーションのようにやけにゆっくりしている。少しでも長く、気づいてしまった真実から目をそらそうとするように。

 振り返らないで欲しいと切に願った。今目を合わせたらどういう反応をしてしまうのか、久留島自身分からない。

 混乱もあれば恐怖もある。それをそのまま表情に浮かべてしまったらまずい気がした。拒絶したら最後、巳之口が消えてしまう。そんな予感が久留島をさらに怯えさせた。

 それでも時間は止まらない。

 巳之口が振り返り、その瞳を大きく見開いた。


「零寿! 危ない!!」


 そう叫んだ巳之口の顔と声が、一瞬女性に見えた。神社で会った初恋の女性。それに気をとられ、久留島は自分に覆い被さるように広がる影に気づくのが遅れた。

 振り返った久留島が見えたのは大きな口。並ぶ牙はやけに白く、ぬめるよだれと赤い舌が見える。久留島の体など簡単に飲み込めそうな大きさに、思考が完全に止まった。

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