4-6 置き去りの心
久留島たちと別れた緒方は、理事長室に向かって歩いていた。緒方はスーツで、隣を歩く双月はパーカーにジーンズ姿。二人とも首から来訪者と書かれた通行証をかけている。
部外者である証を見て、すれ違う生徒たちは興味深げに緒方と双月の顔を見た。「転校生かな?」というささやき声がかすかに聞こえ、自分たちは親子に見えているのだろうなと緒方は心の中で苦笑した。
すれ違う人間のほとんどが学生服に身を包んだこの場所では、緒方は浮いている。少子化が叫ばれる時代だが、学園内を歩いているとそんな事実ないような気がしてくる。
外部に情報が漏れない仕組みや、学園内を囲う壁に結界。外部を遮断したような空間はまさしく子どもの国である。そんな場所を作ってしまったが故に、元々外レかけていた彰は神側に属性を大きく傾けた。
だが、それで良かったと緒方は思っている。
「彰さんの執着が、良い方向に向いてくれて本当に良かった」
「なんだ急に」
理事長室へ向かう道を歩きながら、緒方は心の底からそう思った。
「彰さんの境遇を考えるに、恨んでも仕方ないだろう」
恨み辛みで人から外レた双月、センジュカの姿を思い浮かべる。彰もああなる可能性は大いにあったと思う。彰の生まれた家は呪いの影響で、双子の上を迫害する風習が強く残っている。双子の上である彰は幼い頃は閉じ込められ、家から逃れた後も身を隠して育った。その状況が改善したのが高校生の時で、それからは吹っ切れたらしく自由奔放に過ごしている。
「香月さんのおかげだな。心を預けられる友人は良いものだ」
香月七海は彰の高校時代の同級生で、彰が抱えていたゴタゴタを片付けるのに協力した友人だ。生まれのことなど気にせず受け入れ、支え合える存在。そういう人間と出会えたから、彰は安定したのだろうと緒方は推測していた。
「それでいうと久留島はどうなるんだろうな。アイツが認識している友人、知り合い、ほとんどタガンだろ」
顔をしかめる双月に緒方も同じような反応を返してしまった。
タガンが現れて、久留島は子どものようにはしゃいでいた。この場にタガンが現れる不自然さ、クティと知り合いになっているという謎に対して深く考える様子はなかった。そういう風に仕組まれているということを久留島以外は察しており、香月は分かりやすく引いていた。
「大人しくついていった風太とイルの様子から見て、上下関係できあがってるよな」
双月がため息まじりに言ったことに、緒方も同意する。いつの間にという気持ちもあるが、タガンの用意周到さを知っていながら対策しなかったこちらに落ち度がある。双月と緒方に自分の能力が効かないと悟れば、自分が優位をとれる弱い存在から籠絡するのは当然だ。
幸い、酷い目にはあってなさそうだ。二人とも気まずそうな顔はしていたものの、極度に覚えたり萎縮したりはしていなかった。その様子から暴力で抑えつけるタイプではないと判断したので、別行動も許したのだ。
タガンの提案により、久留島たちは見回りをはじめている。タガンいわく、その方が効率的とのことだったが、本音は自分の正体をばらす存在に会いたくなかったのだろう。
緒方たちが向かっているのは理事長室だ。事前に訪問時間は伝えているし、挨拶したいとも伝えているので、彰は理事長室で待っているだろう。
彰は一発でタガンが人間ではないと気づく。気づいても見なかったことにしてくれる香月とは違って、核心をつくに違いない。
「香月が様子見してたってことは、悪いものではないんだろうけどな」
香月はクティからお墨付きがもらえるほどに勘がいい。そんな香月が様子見して良いと考えたということは、害を与えるタイプじゃないという直感が働いたということだ。
子どもに害意があるものは入れない、お狐の結界を通り抜けられたことを考えても、タガンに久留島を害するつもりはないのだろう。
「可愛い我が子を護るためについて歩いてるって判断していいのか?」
「うーん、それもあるんだろうが……」
緒方と双月は立ち止まると顔を見合わせた。双月がいった理由が含まれるのは間違いない。だが、それだけではない気がする。そのハッキリしない部分が重要で、見落としてはいけない気がするのだが、未だに答えが見えてこない。
「クティが根回ししたってことは、クティにとって得ってことだよな」
「クティはタガンが成長することを望んでいたようだ。ということは、ここに来ることでタガンが成長できる……のか?」
「今回のこっくりさん事件、タガンには関係あるようには思えないんだけどな」
相当運が悪くなければ、ちょっと周囲の空気が悪くなる程度で終わるのがこっくりさんだ。それが大事になったのは、ここが狐を祭る山という場所的な問題である。
結界は外からの侵入者をはじくもので、内側から迎え入れたら案外もろい。結界に護られている中の人間がこっくりさんを行うと、外にいたモノはあっさり中に入ることができる。中にいる人間がどうぞお入りくださいとドアを開けているのだから、結界の意味はない。
招き入れられた存在が狐にまつわるナニカだった場合、狐を信仰する黒天学園の場はナニカを強化してしまう。人海戦術で早急に対処することになったのはそういう理由だ。
といっても、これは狐にまつわる要素がある外レ者が対象のため、タガンには旨みがない。
「思考が読めない奴と愉快犯が組むとか最悪だろ」
双月の舌打ちに緒方は乾いた笑いをもらした。
「クティとはこの間の廃墟で接触したって考えた方がいいよな。イルか、風太のどっちかに化けてたか?」
「可能性としてはイルの方が高いな。考えてみれば事件終わった後のイル、妙に大人しかったし」
顔を見合わせて緒方と双月は同時にため息をついた。自分たちも上手いこと使われたらしい。
「にしても、豪胆だな。クティに絶対に気に入られるって保証はないのに会いにいくなんて。アイツの性悪は外レ者界隈の方が有名だろ」
「それだけ切羽詰まってたとも考えられるぞ」
双月は顔をしかめた。手負いの獣、消えかけの神ほど厄介なものはない。
「今回も生き残るために必要ってことか」
警戒されていると分かっていて、わざわざ緒方と双月の前に姿を見せたのだ。クティに根回しをしてもらってまで。タガンにとってここに来ることは重要な意味があるのだろう。
「こっくりさん事件は関係ないよな」
「現状、タガンに関する情報に狐が関わるものはなかった」
といっても、調べがついていないだけで自分たちが知らない成り立ち、能力を隠し持っている可能性は十分にある。だが、知らないものを念頭においてもどうにもならないので、分かっている情報から推測するしかない。
「タガンが興味持つといったらお狐か?」
「同じ山神。子ども好き。人間と子どもを得ているという点では共通項が多いな」
「……先輩に助言でももらいにきたのか?」
「もしそうなら、お狐様の性格をクティがわざと教えなかったことになるな」
お狐様は今でこそ土地神をしているが、もともとは大暴れした妖狐だ。一度は暴れ過ぎて人間に討伐されそうになり、命からがらたどり着いたのが今縄張りにしている山である。
簡単にいうなら気性が荒い。気に入ったものは溺愛するが、気に入らない相手は噛み殺すと公言しているお方である。
「クティがわざと教えなかったのはありえるけど、ってことはタガンがここに来るだけで良いってことだろ? クティの目的はタガンの安定化のはずだ。ここに来てタガンにどんな変化がある?」
「それが分かったら苦労はしない」
緒方の答えに双月は不満げに顔をしかめたが、すぐに「そりゃそうだな」とため息交じりに答えた。
相手は未来が見えるクティだ。現状ですら全て把握できていない我々が考えたところで、思惑を全て把握するのは不可能だ。思考は止めないが、なるようになると開きなおりも必要である。
「彰さんとリンさんを激怒させるようなことはしないだろうから、その点は安心だけどな」
リンの弟子といわれるだけあって、クティはリンの性格をよく理解している。リンが激怒するようなことは絶対にしない。そのリンが溺愛している彰の機嫌を損ねることだってしない。愛する生徒が危険にさらされることを彰は何よりも嫌っている。
となれば、今回の事件は簡単に解決できる類いのものだ。
「とりあえず、彰さんに挨拶したらとっ捕まえて吐かせるか」
「……友好的な解決をと言いたいところだが、ここまできたらちょっと脅すのもありかもな」
緒方の発言に双月が意外そうな顔をした。口では吐かせるなんて言ったものの、緒方が止めると思っていたらしい。
「最初ならともかく、今ならタガンも会話の席についてくれるだろ。側で久留島の様子をずっと見ていただろうし」
タガンは特視を品定めしていたのだろう。直接姿を見せずに回りくどい形で存在を主張したのだって、特視がどういう組織なのか実態がつかめていなかったからだ。
久留島に対して緒方も双月も友好的に接した。特に双月はなんだかんだいいながら積極的に世話をしていたように思う。その様子を近くで見ていたのならば、双月が久留島、その根本に関わるタガンを悪いようにはしないと分かったはずだ。
いや、分かったからこそ今回目の前に姿を現したのだ。現れたら即斬りかかられることはないと、タガンから最低限の信頼を得た結果だろう。
「さっさと今回の件終わらせて、タガンと話合うか。久留島の異動の話もあるし」
話しながら歩いているうちに理事長室がある場所、管理塔と呼ばれる塔の前についていた。相変わらず高いなと一瞬目を奪われた緒方は、横から聞こえた双月の発言に顔をしかめる。
「本気で異動させる気か?」
「その方が久留島のためだろ」
迷わず言い切る双月に緒方は眉を寄せる。久留島の体質から考えて、外レ者との接点はなるべく少ない方がいいという考えは分かる。久留島の体質を分かりにくくするお守りや札なども作れなくはない。だが、本当にそれでいいのかと問いたかった。久しぶりに出来た後輩を双月は可愛がっていたはずだ。
「ほら雄介、さっさと行くぞ」
真意を探るように双月を見つめていた緒方に、双月は普段通りの態度を見せる。久留島の話題を振っても動揺しないということは、双月は異動が本気で久留島のためになると考えている。双月に懐きつつある久留島が寂しがるとか、かわいがっていた後輩がいなくなって自分が寂しくなるとか、そういう感情面は置き去りだ。
「他人優先なのは血筋なのか……」
思わずもれた呟きに双月は首を傾げた。なにかいったかという視線に「なんでもない」と返して、緒方は双月の隣にならんで管理塔に足を踏み入れた。




