4-5 協力者
ほどなくしてたどり着いた黒天学園が建つ山。その麓の黒天学園用の駐車場に緒方は車を止めた。学園内には駐車場がなく、学園に訪問する人間は山を自力で登る必要があるという。おかげで知名度の割には興味本位で学園に訪れる人間が少ないそうだが、訪問しなければいけない人間からは苦情があがっているらしい。
それでも駐車場を上に作る気も、現状よりも道を整備するつもりもないというのだから、理事長の強気な態度がうかがえた。
車から降りた緒方は、麓からでもよく見える巨大な白い壁を見上げて形にならない声をあげた。写真や動画で今までも見たことがあるが、実物を目にするのは初めてだ。
「間近で見ると噂通りの要塞……」
「学校って、あんなおっかなそうな見た目だったか?」
口をポカンとあけて学園を見上げる久留島の隣で、風太が驚きに目を見開いている。イルも好奇心で目を輝かせていた。
「人間の学校って、木造建てで横長の建物じゃねえの?」
「あの辺りにある学校って、そんな感じなんだ」
見たことはないが想像は出来る。人体模型とかトイレの花子さんとか、オーソドックスな七不思議がありそうな古い木造校舎。その中に化け狸が紛れ込んでいても違和感がないから、時折脅かしにいってるのかもしれない。
「学校っていってもいろいろあるんだよ。黒天学園はその中でも飛び抜けて特殊だけどな」
双月はそういいながら久留島たちと同じく学園を見上げる。何度も訪れているだろうから、双月にとっては見慣れた光景のはずだ。それなのに目を細めて学園を見上げる横顔には、複雑な感情が浮かんでいた。
なにかあるのかと問いかけようとしたところで、緒方と双月を呼ぶ声が聞こえた。
「緒方さん、双月さん、お疲れ様です!」
そう二人に声をかけ、近寄ってきたのはジャケットにパンツスタイルの女性だった。男性に見間違えるほどのイケメンだが、身体つきは女性らしい。驚いてじっと見てしまいそうになり、久留島は慌てて目をそらした。
「香月先生。お疲れ様です」
「うわぁ、緒方さんに先生って呼ばれるの、慣れませんね」
近づいてきた女性はそういって苦笑すると、落ち着かない様子で頬をかく。
距離が近づくと久留島と身長がそれほど変わらないことに気づいた。なんだか負けた気持ちになる。爽やかな印象からも同性にモテるタイプ。大学でも目立つタイプのグループに所属している人種だと、さえないグループにいた久留島は勝手に引け目を感じた。
「そちらの方が、新人さんですか?」
「ああ。といっても、すぐ異動になるかもしれないが」
女性の興味が久留島に向いた途端、双月が素っ気ない口調でそういった。久留島のことを思ってくれての発案だと分かっているが、冷たく聞こえて胸が痛む。挨拶も忘れて顔をしかめてしまった久留島を見て、女性は呆れた顔をした。
「事情はよくわかりませんけど、新人さんは異動についてちゃんと納得してるんですか? 先輩風吹かせて勝手に進めてません?」
「事情がよく分からないなら口を挟むな」
「部外者が口出したくなるような状況なのが悪いと思います。双月さんのことだから、考えたうえでの判断でしょうけど。本人が納得してないなら余計なお世話ですよ」
女性の言葉に双月が眉間の皺を深くした。緒方が「さすが香月さん」と賞賛の声をあげている。すぐさま気づいた双月が緒方の脇腹に拳をたたき込んだ。いつもより重い音がして、緒方が脇腹をおさえる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫。加減はよくわかってますから」
慌てる久留島に対して、女性の方は慣れたものだった。呆れてすら見える。
あらためて女性を見ると、場慣れした雰囲気を感じた。どっしりしているというか、トラブルに慣れているというか。何度も修羅場をくぐったような妙な安定感があった。外見は二十代後半といったところ。久留島と十も離れていないだろうに、この落ち着きようはなんだろう。
久留島の視線に気づいた女性は笑顔を浮かべる。清涼剤のようなという表現がしっくりくる、さわやかな笑顔だった。
「私の名前は香月七海。黒天学園中等部担当の体育教師です」
「久留島零寿です。この春、特視に配属になりました」
ぺこりと頭を下げると「頭を下げられるほどの人間じゃないです」と苦笑いと共に告げられた。久留島からすれば黒天学園で教師が出来ているだけで十分目上の人だ。生徒の学力はもちろん、それを導く教職員の品質にも力を入れているという噂を聞いている。生徒よりも審査が厳しいという話まである。
「えっと、車の後ろに隠れている方々は人間じゃないですよね?」
のんびりとした口調で香月に問われ、久留島は驚いた。
振り返れば香月の視線の先には風太とイルがいた。いつのまにか車の後ろに隠れていたようだ。
野生動物のように警戒しきった顔で香月を睨み付けている風太と、風太の後ろでオロオロびくびくしているイルの姿は奇妙としかいえない。だが、見た目だけならただの人間にしか見えないのに、二人が人ではないとなぜすぐに分かったのだろう。
「高校時代にいろいろあって特視の皆さんにはお世話になりました。それがきっかけで外レ者と関わる機会も増えまして。今ではなんとなく分かるんですよね」
「なんとなく……」
「はい。なんとなく」
にこにこと香月は人当たりの良い笑顔を浮かべているが、久留島の頬は引きつった。そんな簡単に見分けなどつくようになるのだろうか。高校時代になにがあったんだと聞きたいが、初対面で気軽に聞ける話ではない気がする。
「香月は勘がいいんだ。時折いるんだよ。特殊体質とか異能ってほどじゃないが、普通の人間よりも勘とか嗅覚とか、運が優れてる奴」
緒方とのじゃれ合いが終わったらしく、双月が不機嫌そうな顔で補足説明してくれる。緒方は相変わらず脇腹をおさえていた。今回はいつもよりも本気度が高かったらしい。自分がされる側じゃなくて良かったと、久留島は心の中で緒方に手を合わせた。
「お前らも怖がらなくていいぞ。香月はお前らみたいなのに理解あるから」
双月がそういうと、顔を見合わせてしばし目で相談していた風太とイルがゆっくり近づいてきた。盾がないのは恐ろしかったのか、イルは双月、風太は久留島の背後にピタリとくっついている。場所が車から人の影に変わっただけだが、香月は苦笑いを浮かべるだけで深くは触れなかった。
「彰くんから話は聞いてます?」
「大まかな話はな。狐の加護がある山でこっくりさんをやるなんて、ガキってのは怖い物知らずだよな」
「こっくりさん!?」
聞いていなかった内容に久留島は思わず声をあげた。聞いてた? という視線を風太、続いてイルに向けたが二人とも首を左右に振っている。緒方は「そういえば伝えてなかった」と呟いていたが、今更遅い。
「久留島さんに説明せずに連れてきたんですか? 心構え大事でしょ」
香月が呆れた顔を緒方と双月に向ける。緒方は「面目ない」と頭をかいたが、双月は片眉を釣り上げるだけで無言だ。これは悪いとはちょっと思っているけど、口に出して謝りたくはない顔だ。
「こっくりさんって、十円玉を使う降霊術ですよね?」
「はい。だいたいは勘違い。成功してもそこら辺の幽霊を呼び寄せてしまうだけで、本物のこっくりさんを呼べることなんてほとんどないんですが……」
久留島の問いに香月はそう答え、黒天学園の白い壁を見つめた。壁と結界によって護られているという学園は一見すると難攻不落に見える。だが、山を護り、結界を張っている存在が何者か思い出した時、久留島は嫌な予感に息をのんだ。
「結界は外部からの侵入者は防いでくれますが、内部で発生したものはどうにも出来ません。そのうえ、うちの山はお狐様の縄張り。当然お狐様を祭っています。そんな場所でこっくりさんなんて行ったら、狐由来のナニカを引き寄せる可能性があります」
山から目を離した香月はそういって肩をすくめて見せた。
「それって不味いんじゃ……」
「不味いから特視の方々をお呼びしたんですよ。生徒がこれ以上危ない遊びをしないようにという対策はこちらでします。ただ、すでに呼んでしまったもの、発生しているかもしれないナニカへの対処は、特視の方々に協力していただきたいんです。すでに理解ある人員で見て回ってるんですけど、知っての通り、うちの学校広いので」
久留島は巨大な建造物を見上げる。麓からでもハッキリ見えるのだ。都市だと言われるような構造から言っても、広いことは間違いない。
「部外者に入られると困るエリアは私たちが見て回るので、特視の方々には商業エリアを中心に見てもらうことになると思います」
商業エリアという聞き慣れない単語に久留島は困惑したが、緒方と双月は「あそこか」という反応だ。早くも置いて行かれている雰囲気に、これから先大丈夫かという不安がわき上がる。そもそもだ。
「お、俺、変なものとか気づける自信ないんですけど……」
そろそろと手をあげると、緒方と双月がそういえばという顔をした。そこら辺は忘れないでほしかった。
「久留島は風太とイルと一緒に回れ。二人なら変なモノに気づけるだろ」
「もちろんだ!」
久留島の背後にいた風太がふんぞり返る。人見知りを発揮して隠れていたとは思えない姿に、香月が微笑ましいものを見る目を向けた。先生という職業だけあって子ども好きなのだろう。
「詳しいエリアわけは中で、と行きたいところなんですけど、あと一人協力者が来てくれることになってるんで、ちょっと待ってください」
「あと一人?」
知らない話に首を傾げると、緒方と双月も聞いていないという反応をしていた。その反応に香月まで「あれ?」という顔をする。
「おかしいですね。クティさんは特視の方々と面識があるって言ってたのに。てっきり話が通ってるものだと思ってたんですが……」
「俺たちと面識がある?」
双月がいぶかしげな顔をする。「聞いてるか」「聞いてない」というやり取りをしている緒方と双月を見ていると、だんだん不安になっていた。なにしろ提案者がクティである。香月も久留島と同じ事を思ったのか、「もしかして騙された?」と険しい顔をし始めた。
その反応から見て、香月はクティと面識があり性格もよく知っているらしい。
「遅れてすみません。クティさんの紹介で来たものです」
困惑の空気を打ち破ったのは、久留島にとって聞きなじみのある声だった。まさかと思いつつも声のする方に顔を向けた久留島は、声の主を視界におさめると同時、顔が勝手に笑みの形をつくってしまうのを自覚した。
「巳之口!」
喜色を浮かべた久留島に向かって、親友、巳之口右京は片手をひらりと振りながら、いつも通りの緩い笑みを浮かべて駆け寄ってきた。




