4-4 選ぶ道
「なんでお二人は、そんな怖い人に気に入られてるんですか?」
「俺に関しては正直よく分からん。なにかがリンさんの琴線に触れたらしいが……」
緒方はそう言いながら眉を寄せた。緒方の人柄は短い付き合いでも良いと断言できるが、良い人だからという理由で外レ者が気に入るとは思えない。価値観が根本的に違うのだ。
クティは久留島と仲良くしておくと得だからという理由で絡んできたし、リンも似たような理由なのかもしれない。しかし、そう判断するには情報が足りない。会わないことにはリンの人物像は曖昧だ。だからといって、そんな怖い人に気軽に会いに行きたくはない。今回会わなくてすむのであれば、風太とイルと祝杯をあげたいくらいだ。
「双月は双子の上だからだな」
「双子の上……?」
聞き慣れない単語に久留島は首を傾げた。久留島と一緒に震えていた風太が、今日一番の驚愕の表情を浮かべて双月を見る。双月は風太から向けられる視線を、何も感じないかのように受け流していたが、表情が少しこわばっていた。
「あの野郎は悪趣味だからな」
双月はしばしの間を開けてからそう吐き捨てた。
「双月、すまん」
「いや、いい。資料読めば分かることだ」
気まずそうな緒方に双月は息を吐き出しながらそう答えた。それは呆れというより、高ぶった感情を落ち着かせようとしているように見えた。
「俺の血筋は呪われてるって言っただろ。その呪いっていうのが、双子の上がだんだん化物になる呪い。分かりやすく言えば、長く生きると勝手に外レるってことだ」
双月はそういうと口角を上げて笑う。今はパーカーで覆われた二の腕を撫でる仕草を見て、双月の腕から生える鋭い刃を思い出した。
「うちの家系に生まれた双子の上は、だんだん変化する体に耐えきれずに、二十歳前後で自殺する奴が多かった。俺は双子の上なのに生き残った。アイツからすれば珍しい例なんだよ。だから噛みついても子犬がじゃれてる程度で許してもらえるんだ」
双月はそういいながら己の腕を握りしめた。折ってしまうのではないかと不安になるほど、双月は強く自分の腕を握りしめた。そんな双月に久留島は慰めの声をかけることが出来ない。そんなこと今の双月は望んでいないと、分かってしまったからだ。
「双月さんは、遅かれ早かれ外レていたってことですか?」
「……それは分からない。うちの家系は呪いを解こうといろいろやったからな。呪いは時代の流れと努力で薄れていた。人の道理を外れなければ外レかけで止まり、かろうじて人間として生きられたかもしれない。今更考えても仕方ないことだけどな」
双月はそこまでいって振り返る。朝食と同じく鋭い視線に、久留島は自然と背筋を伸ばした。
「詳しい事情を説明すると長くなるから割愛するが、リンのクソ野郎は佐藤彰を溺愛している。佐藤彰はかろうじて人間の枠に引っかかってるようなギリギリの状態だ。いつ外レるか分からない」
「……外レたら、どうなるんですか?」
ゴクリと唾を飲み込んだ。双月はすこし考えてから、軽い口調で答えた。
「神になるんじゃないか」
「は?」
「器も土台も信仰もそろってるからな。子ども好きの時たま荒れ狂う神になるだろうな」
双月はそういうと緒方に視線を向けた。どう思うと視線だけで問いかけた双月に、緒方は「そうだろうな」と答えた。
「神って、人間がなれるんですか?」
「現人神って知らないか? 人でありながら神であるという存在。佐藤彰は現状でもそれに近い。久留島だって黒天学園と聞いたら、手の届かないようなすごい場所だって認識あるだろ」
久留島は素直に頷いた。黒天学園と言えば入れたらいいなという憧れの存在であり、不可能だと諦めてしまう高みの存在でもある。
「佐藤彰には生まれつき外レる素質がある。アイツも双子の上だしな」
さらっと告げられた事実に久留島は目を見開いたが、双月は気にせず話を続けた。今の話には関係ないのだろうが、説明の節々に入る情報が気になりすぎる。
「器は出来上がっている。黒天学園という信仰が集まる場所もある。そこを創り上げ、管理し、世に優秀な子どもたちを輩出し続けているという実績もある。あそこの生徒は佐藤彰を慕っている奴が多い」
双月はバックミラー越しに久留島と目を合わせた。
「信仰が出来上がっていると思わないか?」
その問いかけに久留島は答えられず、代わりに唾を飲み込んだ。
人間が人ではない何かになる。そういう事があるのだと、特視に来て理解した。だが、外レるのと神になるのはまた違う気がする。特視の認識で言えば、神もまた外レ者に含まれるのだが、怪異、妖怪、化物といったものとは一線を引くのも事実だ。
「お前も他人事ではないんだからな」
思ってもいなかった言葉に久留島は、気づかぬうちに下がっていた顔を上げた。目があった双月は、やはり自覚がなかったかと呆れた顔をして眉を寄せている。
「いっただろ。お前は素質がある。執着と切っ掛けがそろえば外レる。俺のように鬼になることもあれば、佐藤彰のように神になることもある。雄介と同じ人のまま死ぬことだってできる」
双月と緒方が、久留島と佐藤彰を会わせようとした理由がやっと分かった。新人紹介という形を取っているだけで、本当のところは、久留島にありえる未来の形を見せたかったのだ。
「どうしようもないこともある。生きるか死ぬかの選択を迫られたとき、選ぶ余裕も猶予もないときもある。それでも、心構えがあるかどうかは大きく違う」
双月はじっと久留島の顔を見た。
「流されるな。自分で選べ。お前は選ぶことができる」
息が詰まる。久留島はカラカラになった喉から、なんとか声を絞り出した。
「双月さんは、選べなかったんですか?」
思ったよりも泣きそうな声が出た。バックミラーに映った緒方が険しい顔をしている。イルが息を呑む音が聞こえた。
双月は驚いたように目を見開いた。そんなこと聞かれるとは、思っていなかった顔だ。しばしの沈黙のあと、双月は目を伏せながら答えた。
「……あの状況は、自分で選んだというよりも、選ぶように誘導された気がするな。悪魔のクソ野郎に」
双月は舌打ちする。過去に何があったのか久留島は知らない。気にならないと言えば嘘になるが、今聞くべきことはそれではない。だから久留島は黙って双月の言葉を待った。
「だが、選択する余裕があったとしても、同じことをした気がする。俺は恨んでいた。腹が立っていた。俺の大事な弟の存在をなかったことにしたくせに、平然と生きてる奴らに。だから俺は鬼になった」
一度見せて貰った角を思い出す。人間にはあり得ない角は禍々しかった。それでいて美しくも見えた。きっとあの角は双月の心が形になったものなのだ。
「佐藤彰は頭おかしいくらいの博愛主義者だ。だからアイツは神の器になり得た。俺は、恨んで憎んで殺した。だから俺は鬼になった。切っ掛けはどうあれ、俺が自分でそうすると決めたんだ。人の道理を外れた行為だと自覚はあるが、アイツらを斬り殺したことは後悔していない」
双月はキッパリと言い切って久留島を見つめた。
「お前がどうなるかは俺には分からない。クティの奴は見えてたかもしれないが、クティによると未来の分岐は日々変化している。今のお前が絶対に外レないと決意し、そういう行動をとれば未来は変わる。だからお前の未来は全て、お前の気持ち次第だ」
そこまで言って双月は言葉を止め、息を吸い込んだ。それから勢いよく久留島を指さす。
「何を選んでもお前の自由だけどな! 後悔してクティの野郎にやり直させてくれって泣きつくのは絶対にやめろよ! 大喜びでお前のこと囲い込むに決まってるからな!!」
車内に響き渡る大声は、風圧のように久留島に襲いかかった。あまりの勢いに呆然としたが、遅れて意味を理解して冷や汗を流す。隣のイルと風太も想像したのか青い顔をしていた。
「クティさんの世話になるパターンが一番怖いよな……」
緒方が苦い顔をしている。双月は座席に座り直すと、不機嫌そうな顔で腕を組んで黙り込んだ。言いたいことは全部言ったという態度に緒方は苦笑し、置いてけぼりになった久留島は双月の後ろ姿を見つめる。
きっと久留島がどんな選択をしても、双月と緒方は助けてくれるのだろう。久留島が外レてしまっても、「だから気をつけろって言っただろ」と怒る双月と、「まあまあ」ととりなす緒方の姿が、あまりにも簡単に想像できる。
久留島が特視から異動になってもきっと変わらない。泣きついたら仕方ないなという顔で話を聞いてくれるに違いない。一ヶ月にも満たない短い時間でも、目の前にいる先輩達の優しさは十分理解出来た。
だから本当に、自分の心次第なのだと久留島は膝の上にのせた手を握りしめる。
考える機会をくれた。そのチャンスを逃してはいけないと久留島は黒天学園につくまでずっと考えていた。




