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久留島零寿の怪異事件ファイル  作者: 黒月水羽
ファイル4 山の神
33/45

4-3 ホワイト

 スーツに着替えて緒方の車に乗り込んだものの、空気は重かった。風太は不貞腐れているし、双月は無表情で空気が冷たい。緒方は苦笑、イルはおろおろしていた。

 久留島も人のことは言えず、考えがまとまらずにぼんやりしている。


 緒方の運転で車はスムーズに出発する。書類整理が主な久留島が、仕事で遠出することは少ない。その息抜きとして緒方が買い出しに連れ出してくれることは多く、緒方の運転する車に乗ることもすっかり慣れていた。


 その慣れた外出も、今日が最後になるかもしれない。そう思ったら感情がグルグル回る。最初は不満も不安も抱いていたが、最近は前向きになれてきていたのだ。緒方と双月のサポートが出来るようになれればと、目標も出来はじめていたのに。それも叶わぬまま異動になる。


 双月が折れるとは久留島には思えなかった。双月が言っていることはもっともで、久留島のことを案じた提案なのだから。

 もう少しここに居たいと思ってしまっているのは、久留島の我が儘だ。護ってもらっている現状では、とても口に出せる望みではなかった。


「空気が重い!! なにか楽しい話を!!」

「無茶振りだな」


 悶々と久留島が考えていると、空気に耐えかねたイルが叫んだ。車を運転しながら緒方が苦笑いを浮かべて答える。

 風太は居心地悪そうに身動ぎしたが、双月は凍りついたみたい外を見つめて動かない。これ以上なにも言うことはないという態度に、久留島の心臓が縮こまった。


「今後のことは置いといて、黒天学園の中に入れる貴重な機会なんだから、楽しむといい」


 空気を変えるように緒方はそういった。風太とイルは貴重な機会といわれてもよく分からなかったようで、どういうことだと首をかしげていた。一方久留島は驚きの声をあげた。

 

「中に入れるんですか!?」


 黒天学園は関係者以外立入禁止で有名だ。在校生の家族ですら簡単に入ることはできない。関係者は異様に口が堅く、内情がほとんど分からないことでも有名だった。


「学校って勉強しなきゃいけないとこだろ。そんなところに入って、人間は嬉しいのか?」

 風太は理解できないという顔をした。化け狸の学校はないらしい。


「外レ者の視点で見ても珍しい場所なんだぞ」

 そんな風太の興味を引くように、緒方は笑いながら声をかけた。風太は疑わしげに緒方を見る。


「黒天学園が建っているのは、神として祭られた妖狐が縄張りにしている山だ。お狐様と呼ばれる彼女は大の子供好きで、子供を自分の縄張りに集めることを条件に、山とその土地に暮らすものの加護を約束している」

「黒天学園が街みたいになったのって……」

「山に長くいればいるほど、お狐様の加護が得られるのも理由の一つと聞いた。理事長の佐藤彰さんはお狐様と並ぶくらいの子供好きだから、学力や生きていくための術を学ばせると同時に、神の加護も子ども達に与えているというわけだ。といっても、お狐様にも好みもあるし、体質もあるから全員が恩恵を得られるわけでもないんだが」


 緒方はそういって話を締めくくったがすごい話である。学力だけでもチートなのに、神の加護までもらっている幸福チートでもあったらしい。そりゃ勝てないわけだと、企業説明会や面接で黒天学園の生徒と当たった同期たちの姿を思い出した。

 久留島は運良く黒天学園の生徒と競い合うことがなかった。それだけでも幸運な奴めと、冗談交じりの本気半分で罵られたものだ。


「黒天学園は情報漏洩を避けるためと、外部からの侵入者を防ぐために学園を高い壁で囲っているが、お狐様による結界も張られている」

「物理とオカルト、二重で護られているってことですか?」

「そういうことだな」


 緒方はなんでもないことのように頷いたが、またしてもすごい話である。

 こういうのオカルト界ではよくあるのだろうかと風太とイルを見れば、目を見開いて固まっていた。こちら側でもそうないことらしい。


「土地神の管轄下だから空気は常に正常だし、子どもに害意がある奴は入れない結界が張られているから、悪い者や、悪意のある人間も入れない。そのうえあそこは、お狐様含めた複数の外レ者、外レかけが人間に混じって生活している」


 最新技術をこれでもかと投入して建てられたと聞いていたが、まさかオカルトまで考慮されているとは思わなかった。


「彰さんは血筋のこともあり生い立ちも独特で、霊感もある。子ども達を狙う存在は生きている人間だけではないと知っているんだよ」

「知っていたとしても、俺には到底マネ出来ないです」


 久留島の反応に緒方は「一般人には無理だな」と同意した。特視のベテランから見ても珍しい例のようだ。


「そういった特殊な土地というのもあるんだが、お狐様以外の外レ者も癖が強い上に、危険度が高い奴らが多くてな。大鷲さんという職員が常駐して監視しているんだが、時折俺たちも様子を見に行っているんだ」


 大鷲という名前は聞いたことがある。センジュカという職員と共に久留島の故郷を調査してくれた、特視の中では古株の外レ者らしい。会ったことはないが面倒見のよい気さくな先輩だと聞いているので、今回会えるかもしれないというのは楽しみだ。

 そう思ったところで、もうすぐ先輩後輩という立場でもなくなるのかと気付き、久留島の心は空気が抜けるようにしぼんでしまった。


「お狐様以外にはどんな外レ者が居るんだ?」


 風太が興味津々といった様子で身を乗り出した。隣のイルは何か言いたげに風太を見たが、結局何も言わずに緒方を見つめている。その反応が気になりはしたが、久留島も質問の答えが気になったので緒方を見る。


「お狐様の娘であり、山の下の商店街を縄張りにしている子狐様。あとはリンって名乗ってる悪魔がいる。危険度はホワイト」


 今まで陽気に話していた緒方だったが、悪魔という名が出た途端、表情も声も険しくなった。無邪気に質問していた風太の体が跳ね、恐ろしいなにかを警戒するように大人しく座席に座り直す。イルは「やっぱり……」と青い顔をしていた。


「ホワイトって……」

「ものすごく危険だ。お前ら三人とも、リンの野郎にあったら即逃げろよ。真っ黒いし、気配が独特だから一目で分かるはずだ」

 今まで無言だった双月が口を開いた。やっと話してくれたという喜びよりも、ひりついた声音に不安が上回る。


「新人連れて行くとは伝えている。会わないように調整するって彰さんは言ってくれたが、リンさん気まぐれだからな」

「興味本位でちょっかいかけてくる可能性は十分ある。あの人はクティよりも話通じないから。会話しないで即にげろよ」


 双月はわざわざ振り返り、久留島たちと順番に目を合わせた。これは本気で真剣な奴だと察した久留島たちは、双月に感じていた気まずさも忘れて素直に頭を上下に振った。


「好き嫌いがものすごく激しい人だから、嫌われると大変なことになる」

「何年か前の新人が取り入ろうとして失敗した。俺たちが気づかないくらい少しずつ、感情食われて、最終的に生きる屍になった。今も入院中だ」

「リンという方が食べるものって……」

「察しの通り、感情だ」


 久留島は隣のイルを見た。久留島の視線に気づいたイルは真顔で深く頷いている。


「気に入られても面倒だから、絶対目をつけられるなよ」

「気に入られた奴もリンさんにとって都合がよい記憶抜かれて、業務に支障をきたしたことがあったらしい」

「好かれても嫌われてもダメって、酷くないですか!?」


 思わず久留島は叫んだ。バックミラーに映った緒方と双月の顔は真顔。イルは乾いた笑みを浮かべていたし、風太は渋い顔をしていた。


「それが危険度ホワイト。外レ者のヒエラルキー、上位に位置する奴らだ。クティは好条件を提示すれば話聞いてくれるだけマシだからな」

「リンさんはどれだけ好条件提示しても、気分がのらないと話すら聞いてくれないからな」


 緒方がため息交じりに呟いた。


「そ、そんな奴がいるところにいって大丈夫なのか?」

 風太が震える声で聞いた。恐怖を必死に押し隠しているようだが、顔が青い。イルも不安を全面に押し出した顔で緒方と双月の返事を待っている。


「リンさんは彰さんに特別甘いからな。彰さんの客人という立場で訪問している今回は、彰さんか、リンさんを激怒させなければ問題ない」

「あと、雄介はあの野郎に気に入られてるから、雄介の後輩ですって言っとけば、ある程度は見逃してくれる」

「双月も、あの野郎呼びしても笑って流してもらえるくらいには気に入られているから、双月に可愛がられてますって言っとけばまあまあ許してくれる」


 ある程度とか、まあまあとか、不安になる要素はあるものの、失礼な態度をとらなければ問題ないらしい。

 同時に、そんな恐ろしい存在に気に入られている先輩方って何者と、目の前の二人の底知れなさを知った。

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