4-1 監視対象
「この後でかけるから、スーツに着替えろ」
廃墟から戻って数日後、緒方の作った朝食を食べていた久留島は双月の言葉に目を丸くした。
当然のごとくいる風太は、頬にご飯をつめこんでモグモグと口を動かしている。物が口に入っている間喋らないのは、双月に散々注意されたからだ。
イルは固形物を食べられるほど人間の体に慣れていないらしく、雰囲気だけ味わうと席についていた。さすがに何も食べないのは気になるからと、緒方に用意してもらったオレンジジュースをちびちび飲んでいる。
「い、いきなり!?」
「昨日の夜、決まった」
双月はそういいながら優雅に朝食をとり続ける。詳しい説明をする気がないと察した久留島は、緒方に視線を向けた。緒方は双月になんとも言えない顔を向けていたが、久留島の視線に気づくと苦笑を浮かべる。
「双月の言う通り、昨日の夜に連絡が来てな。急ぎの案件だから、今日出向くことになったんだ」
「俺がついて行ってもいい案件なんですか?」
「むしろお前の紹介も兼ねているから、来てもらわないと困る」
緒方はそういってから、風太を見る。風太は口を動かしながら、首を傾げた。
「風太も一緒に来ないか?」
「行く!!」
迷わず即答した風太は、慌てて口を手で押さえた。風太がチラリと双月を見ると、双月もまた険しい顔で風太を睨んでいた。「モノが口に入った状態でしゃべるな」と威圧感で伝えただけで、口には出さない。
双月がそれ以上怒らないと悟ると、風太は目をキラキラさせて緒方を見つめた。緒方は微笑ましそうに風太を眺めている。
「僕もついていっていい?」
「どっちでもいい」
「冷たい!」
イルがおずおずと質問するが、双月の返答はそっけなかった。ブツブツ不満を口にしているイルを尻目に、久留島は緒方に問いかけた。
「風太を誘う理由があるんですか?」
「行く先の主が子ども好きでな。風太くらいの年頃の子がいると機嫌が良くなる」
「誰が子どもだ!!」
緒方の発言に風太は目を吊り上げるが、その姿はどう見ても子どもだ。生きた年数は緒方と変わらないと言われても、言動も子どもだし、子ども扱いするなという方が難しい。
それでも緒方は風太の気持ちを尊重して謝った。器が大きい。
「俺の紹介を兼ねるってことは、特視と関わりが深い場所なんですか?」
「定期的に見回りする場所の一つだ。神として祀られた妖狐が、縄張りにしている山なんだけどな」
双月が口にした、妖狐という言葉に風太とイルが反応する。まさかという表情を見るに、二人とも覚えがあるらしい。
「今は黒天学園が建ってることで有名だ」
「こ、黒天学園!?」
思わず叫ぶ久留島に視線が集まった。イルと風太は何だそれという反応で、緒方と双月はそっちの方が馴染みあるかと納得した様子だ。
「なんだ? 黒天学園って?」
「就活生の天敵だよ」
久留島は就活期間のことを思い出してワナワナと震えた。
人間の事情に疎いらしいイルと風太は「就活生って?」「さあ?」と首を傾げている。緒方と双月は知っているらしく生暖かい目を久留島に向けた。
黒天学園とは国内一と言われる超難関校である。全国各地から将来有望な子供たちを集め、最新鋭の設備と優秀な教職員による自由度の高い教育を売りにしている。
子どものために作られた都市とも呼ばれ、初等部から大学部までの一貫制。教職員、生徒のための寮完備。日常に必要なものから、娯楽品まで幅広くそろう商業施設に娯楽施設まで内蔵する。一度入学したら、卒業まで一歩も敷地から出ずに生活できるという、学校の常識を覆した場所なのだ。
「あそこの学生、入学できただけでも頭がいいの確定なのに、学校が就活全面サポートするんですよ。勝てるか!!」
頭を抱えてそう叫んだ久留島を、イルと風太が残念なものを見る目で見つめている。いくらでも見るがいいと久留島は開き直った。人間じゃない二人には、就活の大変さなんてわからないのだ。
「あそこの理事長、頭おかしいからな」
荒ぶる久留島に同情するように、双月がそう呟いた。
「えっ、理事長知ってるんですか?」
「そりゃ、監視対象だし」
さらりと告げられた衝撃の事実に久留島は固まった。
監視対象とは名前の通り、様々な理由により特視による定期的な調査が入る。クティのように特視が認知しているレッド以上かつ、居場所が特定できるものは軒並みリスト入りしているらしい。
クティと持ちつ持たれつの関係を築いているのも、そういった理由だと聞いた。目の届かない場所で好き勝手されるよりは、多少の無理難題をふっかけられても目の届く範囲にいてくれた方がいい。
それがわかっているから、クティもあのような態度なのである。
久留島も職員でありながら、監視対象に入っていると先日聞いた。特殊な血筋だと聞いた後だったので納得した。
配属日、頑張りによっては普通の部署に移動できると双月は言っていたが、無理だろうなと薄々感じている。思ったよりも特視の居心地が良かったので、このままここで働き続けるのも悪くないかなという気持ちになっていることもある。配属日にくらべれば、焦りの感情はだいぶ薄れていた。
なにより自分がしたという契約。その内容を知るには特視にいるのが一番だ。
「黒天学園の理事長って、もしかして人間じゃないとか?」
「かろうじて人間だな」
久留島の冗談交じりの質問に返ってきたのは、なんとも言えない返事だった。かろうじてってなんだと双月を凝視すると、緒方が説明してくれた。
「あそこの理事長は、久留島と同じく特殊な家系の生まれでな。その血筋は生まれつき、外レ者に近いんだ」
「魔女に呪われた血筋だからな」
緒方の説明にさらりと付け足した双月に、黙って話を聞いていたイルと風太がぎょっとした。緒方も驚いた顔で双月を見つめているが、双月は不機嫌そうに片眉を釣り上げ、腕を組む。
「隠してもいずれ分かるだろ。資料整理してれば、いつか俺の出生にもたどり着く」
「だが、いいのか?」
「変に隠した方が面倒だろ。勘がいいやつなら、見ただけで分かるしな」
双月はそう言いながら久留島を見た。双月は久留島を勘のいい奴だと考えているようだ。久留島には全く自覚がないため首を傾げる。
「俺と理事長、佐藤彰は親戚にあたる。向こうはたぶん察してるが、お互い知らないフリをしている状況だな」
彰という名はつい先日聞いた。クティとイルはその名を聞いて、あからさまに関わりたくないという反応をしていた。
ビビりなイルはともかく、クティまでとなると話が変わる。
「人間は素質、執着、切っ掛けが揃わないと外れない」
双月はそう言って指を三本立てた。
「この素質というのが一番重要なんだ。いくら執着と切っ掛けがあっても、素質がなければ外レることはない」
双月はそういうも立てた三本のうち、一本の指を握る。
「逆に言えば、素質があれば簡単に外レる。マーゴが空腹から幽霊を食べて外レたように、俺が……」
双月はそこで言葉を区切る。次に何を言おうとしたのか緒方は察したようで、止めるように双月の名を呼んだ。それでも双月は鋭い目で久留島を見つめる。その瞳には確かな決意があった。
「俺が、人を何十人も殺して外レたように」
「えっ……」
乾いた声が漏れる。イルは知っていたらしく目を伏せ、風太は知らなかったようで久留島と同じく目を見開いていた。
「言ってなかったが、俺の危険度はレッドだ」
双月は硬い表情と声でいい切った。




