3-9 一方通行な思い
「俺の体質について、教えてください」
しばし悩んでから久留島はそう切り出した。顔を上げればクティが久留島を見下ろしている。
先が見えない人間が選択に悩むさまを、酒の肴に楽しむような顔だ。
「ほんっとうに後悔しないのか?」
しまいには顔だけでなく、声に出して不安を煽ってきた。おそらく、監視カメラを眺めるのに飽きて、眼の前の久留島で遊び始めたのだ。
「あんまり繰り返されると不安になるので、勢いで教えてくださいよ!」
「俺相手にその態度、お前大物になるなあ」
クティは愉快そうに喉の奥でクツクツ笑う。言われてから子供の癇癪みたいな態度を取ったと青くなったが、クティは意外なことに気分を害した様子がない。
「お前は神の血を引いた、特別な血筋なんだよ」
「神って、タガン様の?」
たしかに地元にはそんな話が伝わっている。豊穣の神であるタガン様は一人の男と恋をして、多くの子供を授かり、その子どもたちの活躍により村は栄えたのだという。
数年前に村を出て、都会に引っ越してした神主の一家はタガン様の血を色濃く継いでいると聞いた。タガン様の教えを世間に広めるためにと言って村から出ていったが、真相は廃れた村に嫌気が差したのだとみんな知っている。
知っていても止めはしなかった。村に残ったところで、待っているのは緩やかな終わりだと誰もが気づいているからだ。
久留島だって仕事もない田舎で暮らすより、都会に出て安定した職についた方がいいと思ったから公務員を目指した。仕事に慣れたら両親を呼んで、一緒に暮らそうと考えていた。
ふと幼い頃に見たタガン様の姿が浮かぶ。未だ顔ははっきり思い出せないが、寂しそうな顔をしていたことだけは覚えている。
あのときはタガン様が寂しそう理由が分からなかったが、今なら分かる。タガン様は気づいていたのだ。みんなが自分を忘れて、おいていってしまうことに。
「タガン様は、俺達が忘れたから村を離れて俺についてきたんですか?」
「半分正解だな。半分はさっきも言ったとおり、お前と契約してるから。村に残ってても遅かれ早かれ死ぬってわかっていたから、お前と契約したのもあるのかもな。女心なんて俺は分からんから、詳しくは本人に聞け」
本人に聞けと言われても、久留島はタガン様がどこにいるか分からない。風太も双月も気配がすると言うし、近くにいるのだろう。その近くとは一体どこなのか。
悩む久留島を見て、クティは楽しげだ。クティには答えが見えているから、悩む久留島は滑稽に見えるだろう。双月が性格が悪いと言っていた意味がよくわかった。
「そうだなあ、お前とは仲良くしておいた方が得だからヒントをやろう」
「俺と仲良くしたほうが得って……」
「いっただろ。お前は神の血を引いている。お前に認識されるってことは神の末裔に認識されるってことだ。人間換算するとお前一人で人間五十人分くらい」
「五十……!?」
認識によって外レ者は強くなる。イルが久留島の想像によって体を得たカラクリがわかった。
「地道に五十人に顔見せて回るより、お前一人に挨拶したほうが断然早いんだよ」
「……クティさんが、強くて怖いって言わせたのは……」
「お前だって安くてボリュームがある飲食店好きだろ?」
クティはニヤニヤ笑っている。勝手に人を飲食店扱いしないでもらいたいが、外レ者からしたら久留島はリーズナブルなお店らしい。
理解は出来たが納得はいかずに唸る。そんな久留島をクティは、お気に入りの玩具を見るような目で眺めている。
「タガンはずっとお前の近くにいる。お前が気づいてないだけだ」
クティの言葉に久留島は目を瞬かせた。全く身に覚えがないという久留島の反応に、クティは眉を寄せる。
「あんなにアピールしてるのに、気づかれないとは可哀想に」
「アピール!? されてます!?」
全く身に覚えがない。タガン様の名前だって久々に聞いたくらいだ。両親とは連絡を取り合っていたが、タガン様の名前が出ることはなかった。
祖母は熱心な信者だったが、熱心すぎるあまり、実の息子である父にはよく思われていなかったのである。そのため、祖母が亡くなってからは神社に行かなくなった。
「いったろ。お前が忘れようが、なかったことにしようが、こっちには関係ない。契約なんだから」
クティは久留島の顔を正面から見て笑う。先ほどと同じ笑みだが、少しだけ怒りが滲んで見えた。
「お前ら人間はすぐ死ぬし、すぐ忘れる。恩は仇で返す、薄情な奴らだよ。だから俺達は契約するんだ」
クティはそういうと久留島の首を片手で掴む。息が止まるほどじゃない。ただ、首に食い込む指の感触が生々しくて、久留島の体はこわばった。
「お前らがどこに行っても、たとえ死んで生まれ変わろうとも見つけ出す。契約っていうのはそういうものだ。あんまり俺達を舐めんなよ?」
「舐めてないです! 舐めてないです! 恐れ慄いてます!!」
震えながら叫ぶように答えるとクティは満足そうにニッコリ笑った。首から手を離すと乱暴に久留島の背を叩く。
「やっぱいいなーお前。タガンのことはどうにかしてやるから、俺に乗り換えない?」
「俺には不相応です!!」
「残念だなあ」
全く残念に思っていなさそうな顔でクティは笑い、優雅にソファに腰掛けた。ここが廃墟だということを忘れそうになるくつろぎっぷりだ。
久留島は恐怖によって震える心臓を整える。ふぅと息を吐き出したところで、見計らったようにクティが言った。
「状況変わったみたいだけど、行かなくていいのか? 特視職員さん?」
久留島はすっかり存在を忘れていた監視カメラの映像を見る。いくつかの映像の中に震える三人組を映すものがあった。哀れな侵入者の眼の前に立っているのはマーゴだ。
風太のように化物に化けているわけでもなく、イルのように人間ならありえない場所から現れることもない。ただのジャージ姿の青年だというのに、カメラ越しでも震えるような恐怖が伝わってくる。
そんな存在が目の前にいる男たちは、可哀想なくらい震えていた。
「俺はマーゴがレッド判定食らっても、どうでもいいんだよなあ。今だろうが次だろうが、誤差の範囲だし」
レッドという言葉で久留島は思い出す。生きてる人間に危害を加えないからマーゴはグリーン。ならば、生きている人間に危害を加えた場合……。
「そういうことは早く言ってくださいよ!!!」
叫びながら久留島は勢いよくドアから飛び出した。一瞬視界にうつったクティは楽しそうに手を振りながら、笑っていた。
久留島は「もぉー!」と言葉にならない感情を声に出しながら、監視カメラの場所へ全力ダッシュした。
※※※
久留島の足音が遠ざかっていくのを聞きながら、クティはのんびりカメラを眺めていた。
久留島がマーゴを止める未来は見えている。久留島が走らなくても緒方や双月が止めるのだが、面白いから黙っておいた。
反射的に危険な相手に突っ込んでいく無鉄砲さとお人好しさに、クティは喉の奥で笑う。神は綺麗なものが好きだから、こういうところを気に入ったのだろう。
結果は見えているのでクティはのんびりと映像を眺めていた。双月と緒方が向かっている姿も見える。頑張ってんなと他人事のように思って、ふと映像の一つにイルの姿を発見した。
なんとなく違和感を覚える。何かが違うと感じてじっと見つめる。映像だと分岐は見えにくい。知りたい情報が見えないことあるが、今回は運よく見えた。
「ほんと健気だなあ」
苦笑とともに告げられたクティのつぶやきは、誰にも届かず空気に溶けた。




