終わらない世紀末 - 第七章:赤い旗と凍てつく大地
ケンタの住む街にも、今年もまた、ストライキの季節がやってきた。秋の冷たい風が吹く中、国鉄の職員たちが「スト権奪還」と書かれたハチマキを締め、駅前でシュプレヒコールを上げている。どうして国鉄はいつもこうして騒ぐのだろうか。電車が止まると、大人たちは決まって困った顔で文句を言う。「またか」「いい加減にしてくれ」と。
ケンタの通学路の途中には、少し古びた不思議なビルが建っている。その一階には、いつもスピーカーを積んだ赤い車が停まっていて、拡声器から何かを訴える声が聞こえてくる。そして、ビルの前では、赤い旗を持った人たちが、時折、熱心に何かを話し合っている。
電車がストップした日の朝、ケンタはバスに乗って学校へ向かった。バスの中で、会社員の父親らしき男性たちが、不満げに話している。「共産主義や社会主義になったら、きっと恐ろしいことになるぞ」「強制労働だ」「シベリア送りだ」と。彼らの顔は険しく、遠い異国の地の、凍てつくような寒さを想像しているようだった。
ケンタもまた、「シベリア送り」という言葉に、漠然とした恐怖を覚えた。彼が夢想する世紀末にも、なぜか寒い冬のイメージがつきまとっていた。荒廃した大地、吹き荒れる雪、そして、人々が重い労働に耐え忍んでいる光景。それは、彼が望むような、自由で希望に満ちた世界の終焉とは、どこか違う気がした。
学校に着くと、吉田先生は珍しく上機嫌だった。いつもの仏頂面はどこへやら、ニヤニヤしながら職員室に入っていく。「見たか! これが労働者の力だ! 資本主義の豚どもに、我々労働者が一泡吹かせてやったのだ!」と、興奮気味に周りの先生に話しているのが聞こえた。
ケンタは、吉田先生の言葉に、首を傾げた。「労働者」とは、電車を止めて、人を困らせる迷惑な人たちのことなのだろうか。吉田先生は、いつも社会の不正と戦っていると言っていたけれど、ストライキで困っている大人たちも、また別の不正と戦っているのかもしれない。
(僕が夢見る世紀末は、こんな風に、誰かが誰かを困らせるような終わり方じゃないはずだ…)
赤い旗、凍てつく大地、強制労働、そして、どこか楽しそうな吉田先生。ケンタの頭の中で、様々なイメージが混ざり合い、彼の「世紀末」の夢は、ますます複雑で、掴みどころのないものになっていった。