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終わらない世紀末 - 第弐章:混沌の教室

ケンタが通う小学校の6年3組は、ある意味で既に「ミニ世紀末」の様相を呈していた。担任は、新任の斎藤先生。まだ20代半ばの彼は、理想に燃える真面目な青年だったが、その真面目さ故に、どこか子供たちとの距離感が掴めない。特に男子生徒からは完全にナメられ、クラスは日常的に騒然としていた。授業中も私語が飛び交い、机を叩く音、奇声、そしてケンタの隣の席からは消しゴムのカスで作られた巨大な塊が転がってくる。斎藤先生の声は、その喧騒の中に埋もれ、彼の顔からは日に日に生気が失われていった。


そんな斎藤先生の隣の教室、6年4組の担任が、吉田先生だった。くたびれた作業着のような服装に、いつも仏頂面。だが、その瞳の奥には、燃え盛る炎のような確固たる思想が宿っていることを、ケンタは薄々感じ取っていた。吉田先生は、何かにつけて世の中の不条理を説いた。


ある日の総合学習の時間。斎藤先生のクラスが、かろうじて保たれていた平穏を打ち破った後、吉田先生がふらりと顔を出した。斎藤先生が、力のこもらない声で「…皆さん、地球の環境問題について、もう少し真剣に考えてほしい…」と訴えている最中だった。


「斎藤先生、そんな生ぬるいことでは、この子たちには何も響かんぞ」


吉田先生は、斎藤先生を横目に、教卓の前に仁王立ちした。その声は、騒がしかった教室にピタリと静寂をもたらした。子供たちは、吉田先生のただならぬ雰囲気に気圧され、固唾を飲んだ。


「お前たちは、この世の中がどこに向かっているか、真剣に考えたことがあるか? テレビや新聞は、きらびやかな夢ばかり見せるが、その裏で何が起きているか、誰がその歪みを背負わされているか、知らんのか?」


吉田先生の目は、ケンタを含む生徒一人ひとりを射抜くように見つめた。


「確かに、原爆は恐ろしい。人類の叡智が作り出した、究極の破壊兵器だ。だがな、**『きれいな原爆』**というものがあるとするならば、それは、世界の支配者たちが築き上げた、腐りきったシステムを打ち壊すための『清算の炎』なのだ」


教室がざわめいた。ケンタの心臓が、ドクンと大きく鳴った。「きれいな原爆」という言葉は、彼の想像力を強く刺激した。


「アメリカが核実験をすれば、我々はこぞって批判する。だが、ソビエトや中国が核を持てば、それは『抑止力』であり、『労働者階級を守る盾』と見なす者もいた。なぜだ? 片や悪で、片や正義か? 違う! どこかの誰かが、我々の目を欺き、都合の良いように真実を捻じ曲げているのだ!」


吉田先生の声は熱を帯び、教室に響き渡った。


「地球が危ない? 環境が破壊される? ふざけるな! 本当に世界を破壊しているのは、金と権力に囚われた愚かな大人たちだ! だからこそ、一度すべてをリセットする必要があるのだ。腐りきった土壌を、一度焼き尽くし、新しい芽が出るための土地に変えなければならんのだ!」


斎藤先生は、青ざめた顔で立ち尽くしていた。子供たちの前で、こんな過激な思想をぶちまける吉田先生に、何も言えなかった。しかし、ケンタの目には、吉田先生の言葉はまるで福音のように響いた。


「そうだ! まさにその通りだ!」


ケンタは心の中で叫んだ。吉田先生の語る「きれいな原爆」は、彼が夢見る世紀末のイメージに、鮮やかな色彩を加えた。それは、単なる滅びではなく、新しい始まりのための浄化の炎だったのだ。学級崩壊の兆候を見せる教室、無力な斎藤先生、そしてどこか歪んだ社会の現実。これらの混沌とした日常が、ケンタの世紀末への憧れをますます募らせた。


「僕は、この世界が燃え尽きる瞬間を、そしてその灰の中から生まれる新しい世界を、この目で見るのだ。そして、それが叶わないなら、僕自身がその『きれいな原爆』になるのだ…!」


ケンタは、吉田先生の背中を見つめながら、心の中で固く誓った。彼の「世紀末」への夢は、一層具体的なものとなり、その混沌とした教室の中で、ますます深く根を張っていくのだった。


挿絵(By みてみん)


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