求める正義
閑静な住宅街の一角、一際大きな邸宅の二階。カーテンの閉めきった薄暗い空間。
ジリジリとアラーム音が響き渡る。
毛布の下から腕を出し、目覚まし時計のボタンを押した。
眠たい眼を右手で擦り、上半身を起こす。
脇腹には大きな傷痕。無謀だったあの頃の、ほろ苦い思い出の痕だ。
その右手方向、机の上には黒の特攻服が、無造作に脱ぎ捨てられている。
眠りについたのは三時間ほど前。
たった三時間しか寝れてないが、たった三時間で世界が変わった。
時代を感じるほど生きてはいないが、つくづくそう思った。
簡単に身支度を整え、制服を着込んで、リビングに続く階段を降りる。
いつもなら淹れたてのコーヒーの匂いが鼻腔をくすぐるが、今日は味噌汁の匂い。俺の為の朝食じゃない。
「お早う」
俺の姿に気付き、お袋がキッチンから顔を覗かせた。
「お早う。……親父、帰ってきてたのか」
俺はリビングをチラ見する。
ソファーに座り込むのは親父だ。背中を向けて、新聞紙に視線をくれている。
「今回取りかかってた"帳場"が、ようやく閉じたんだって」
「そうか」
「そういう訳で、今日はゴハンね」
俺は朝飯はパン派だが、親父はゴハン派。たまにはそれもいい。
歯を磨き、髪型を整えると、テーブルにつく。
既に親父は対面で味噌汁をすすっている。
「昨夜は遅かったのか?」
視線は、小さく折り込んだ新聞紙に向けられている。
「ああ。おかげさまで無事すんだ」
短い会話だが、そこには多くの思いが乗せられている。
俺の親父は、神奈川県警の本部長をしてる。悪を断絶し、正義を貫く法の番兵。そのトップだ。
それでも正義一辺倒の馬鹿じゃない。
何故なら俺が暴走族であることを、黙認してるから。
……正義なんて、とある一方から見ただけの、歪んだ感情に過ぎない、時々親父はそんなことを言う。
長い人生、若気の至りも仕方ない、酔った勢いで呟くこともざらだ。
その殆どは、誇張拡大の戯れ言だろう。
末端の兵隊ならいざ知らず、県警トップの発言とは思えない。
だけど今回の件では、流石の俺も舌を巻いた。まさか暴走族同士の喧嘩で、警視庁をも巻き込む、密約を交わすなんて。
俺達の覚悟を、親父は本気で通してくれたんだ。
それなら警視庁とも利害が一致する。幸い警視総監は昔馴染みでな、なんてあっさりと。
こうなると俺達も本気で向き合うしかなくなる。
所属チームを辞めて、敷かれたレールの上を行かざる得ない……
「あの小僧はどうなった?」
不意に親父が訊いてきた。
「どうなったって?」
「これからのことだよ。県警に来る気はあるのか?」
面白い問いだ。それは俺自身興味がある。
「さぁね。それより例の件、どうなったのさ?」
「話はつけてある」
親父は言って、リビングの端を指差す。
「そろそろ寝るよ」
その台詞はお袋に向けられている。
折り畳んだ新聞紙を、テーブルに置いて立ち上がる。
「親父、ありがとう」
俺はその背中に投げ掛けた。
確信した、俺の求める正義は、その向こうにあるんだと……