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泣き虫アリと小さなコオロギ

作者: 歩芽川ゆい

11/15 全面的に書き直しました。

 あるところに働きアリのトリステという女の子がいました。とても泣き虫な彼女は、おなかが空いたといっては泣き、お友達と喧嘩をしてしまったといっては泣き、彼女は巣の中の学校の授業が難しいといっては泣き。

 毎日泣いては友達に慰められ、春に生まれた彼女は初夏になんとか学校を卒業して、お外は怖いとまたまた泣きながらも一生懸命に働いていました。


 そんな彼女が、一人で巣からちょっと離れたところに一人は寂しいよぅと泣きながら偵察に行った時、小さなコオロギに出合いました。

 コオロギはアリたちのご飯だと学校で教えてもらいました。自分と同じくらいの大きさの子コオロギなら、泣き虫なトリステひとりでも捕まえられそうです。でもひとりで狩りをするのは初めてで、ちょっと怖くてどうしようと思いながらコオロギを見ると、そのコオロギは震えながら涙目でトリステを見ていました。


 それにトリステはちょっと安心しました。これなら私でも勝てるかもしれない。でも狩を挑む前に、トリステはコオロギに話しかけました。


「あなた、コオロギよね。お名前は?」

「シャンテ、だよ。僕を食べるの?」

「あなた、まだ子供でしょう?」


 学校では「大人のコオロギをみんなで力を合わせて捕まえましょう」と習いましたが、子供のコオロギについては何も教えてもらっていません。


「今はご飯もいっぱいあるらしいから、小さいコオロギはいらないと思う」

「そうなの? よかった」


 ほっと胸をなでおろし、にっこりと笑うコオロギに、トリステもにっこりと笑いました。


「もしよかったら、少しお話をしない? 私、他の虫のお友達っていないの」

「僕を食べないでくれるなら、いいよ」


 そうしてふたりはコケの絨毯の上に座ってお話をしました。

 働き方とエサの狩り方、子供のお世話を巣の学校で習ってきたトリステと、コオロギ学校で歌の歌い方を習っているシャンテは、お互いの話が面白くて、夕方まで話し込んでしまいました。


「あ、もう帰らなきゃ! 家族に怒られちゃう」

「僕もご飯の時間を忘れてたよ」

「今日は楽しかったわ。もしまた会えたら、お話しましょうね」

「僕も楽しかったよ。うん、楽しみにしているね」


 そうして手を振りあって別れたトリステは、巣に帰ってから遅くなったことを心配していた家族に怒られ、何も狩れなかったことにため息をつかれて、涙がにじんでしまいましたが、家族にトリステが無事で良かったわ、と肩を叩いてもらって、ようやく笑顔になったのでした。


 それからしばらくの間、トリステがシャンテと出会った場所に行くと、だいたいシャンテもいて、ふたりはいつもコケの絨毯の上に座ってお話をしました。


 しかし、シャンテがだんだん大きくなって、大人に近づいてくると、シャンテは出会いの場に来なくなってしまい、会えなくなってしまいました。

 仕方がありません。トリステはアリで、シャンテはコオロギ。生活する場所が違うのですから。

 それでも初めてのお友達と会えなくなって、そのたびにトリステは泣きました。家族は心配しましたが、友達のシャンテがご飯になってしまったらちょっと嫌なので、適当な言い訳をしてごまかしていました。



 相変わらず泣き虫なトリステでしたが、夏の終わりに近づいてきたある日、ひとりでエサを探して、いつもより遠出をしたときに、他の巣のアリ同士のけんかに巻き込まれてしまいました。

 相手が自分と同じ大きさでまだ良かったですが、敵対するアリと間違えられて後ろ足を強く引っ張られてしまいました。悲鳴を上げて泣いたら、相手がびっくりしてアリ違いに気が付いて放してくれましたが、その時には足を怪我していまい、足が動きづらくなってしまいました。


 相手から何度も謝られ、トリステは痛くて怖くて泣きながらも、大丈夫ですといって足を引きずりながら巣に帰ろうと動き出しました。


 でも思ったより足のダメージは大きかったのです。後ろ足の一本だけだと思ったのですが、他の足も怪我をしたようです。そのせいで全然進みません。


 泣きながら一生懸命歩きましたが、そのうちに日が暮れてしまいました。アリは目ではなくにおいに頼って動くから夜でも動けるのですが、夜に活動する昆虫に狩られる危険があります。

 仕方がない、帰るのは諦めてどこかで夜を過ごそう。トリステは周りを見回して、敵が来なさそうな、それでいて他の虫もいなさそうな木の根元が近くにあるのを見つけて、歩き始めました。


 込み入った木の根元は、大きな虫が入りづらく、クモなどが来てもアリが逃げられそうな、枝に囲まれたいい感じの空間でした。足を引きずりながらそこに入り込み、枝に体を寄りかからせて一息つきました。


 一生懸命歩いたから疲れちゃった。ちょっと遠出して大きな獲物を持って帰りたかったのに、こんなことになるなんて。私って、ぜんぜんダメね……。

 そう思ってトリステは泣きました。巣の学校の同級生はもうどんどんとひとりで大きな獲物も捕まえてきているのに、トリステは弱った小さいエモノを捕まえるのがやっとです。みんなはそれでもいいよと言ってくれますが、少しでも役に立ちたくて頑張って遠くまで来てみたのに。

 狩をするどころか、自分が狩られるところだったなんて言ったら、みんなに怒られちゃう。


 トリステは止まらない涙をぬぐいました。とりあえず早く寝て、回復しなくちゃ、と目を閉じかけた時、すぐ横でキチキチキチと大きな音がしてトリステは飛び上がった。


「なに!? イタタタタ!」


 勢いで飛び上がったせいでの足の痛みに悲鳴を上げる。すると音が止んだ。


「おっと? 誰かいたのかい?」

 

 大き目の声に二度びっくりする。


「だ、だれ?」

「ボクはクルマバッタさ。君は、アリかな?」

「え、ええ……」


 トリステは慎重にバッタを見ました。バッタの中には昆虫を食べる者もいます。外に出たら気を付けるように、と巣の中の学校で教わりました。ですが、彼は違うようです。


「見たことのないアリだね。うちに帰らないのかい?」

「ちょっと怪我をして、帰るのが面倒だからここで休もうかなって」

「そうなんだ。ふふ、ちょうどよさそうなところを見つけたね。ボクには小さすぎて入れないし、きっと他の虫も入れないだろうね」

「そう思うわ」


 アリにとってバッタは獲物の一つです。でも自分よりはるかに大きなバッタは、一匹での狩りは相手が弱っていない限り、非常に難しいものです。だからいつもなら大勢でとびかかるのですが、それでも苦労するのです。

 しかも倒してもこれだけ大きなエモノは、一人では運べません。それにトリステは怪我をしているのですから、倒すのも持ち帰るのも、無理です。


 トリステがそう考えている間、バッタも同じことを考えていましたた。このアリ相手なら、万一とびかかってきたとしても飛んで逃げてしまえばいい、と。


「ここはボクがいつも歌っているところなんだ。歌っていいかな」

「良いですよ。さっきはいきなりだったからびっくりしただけだから」

「そう? じゃあ失礼して」


 木に反射して気持ちよく歌えるんだ、とバッタはアリにウインクして、その足で羽のバイオリンを弾きながら歌い始めた。


 アリは夜は巣の中で過ごしています。外でバッタやカエルが歌っているのは学校でも教わったし、音も聞こえるから知っているけれど、こんな大きな声だとは思いませんでした。

 でも嫌な音や声ではありませんでした。このバッタは、すごく演奏も歌も上手いのです。


 トリステはうっとりと聴き入りました。怪我をした足はジンジン痛いけれど、その痛みも忘れられる位の素晴らしい演奏でした。

 少し離れたところでも他のバッタたちが歌っています。それでも彼は一番上手でした。


 うっとりと聞いていると、突然、ドスン! という音と同時に枝が揺れました。半分寝ていたトリステが飛び起きると、枝で囲まれた空間のすぐ上に、バッタがいるのが見えました。


「やあ、お嬢さん、良い夜だね」


 歌っていたバッタが上を見上げて、びっくりするような甘い声を出しました。


「ええ本当に。あなたの歌も、素敵だわ」

「気に入ってくれたなら、光栄だよ」

「ええ、とても気に入ったわ。もっと聞かせてくれる?」

「もちろんだとも」


 そういうとバッタは、後から来たお嬢さんバッタに手を差し伸べ、それにお嬢さんバッタが手を乗せると、恭しくその手にキスをし、二人だけになれるところに行こう、と二人でその場を飛び去りました。

 その瞬間、トリステにも軽く手を振り、ウインクしてみせるという器用な事をしながら。


 バッタが去ると途端に静寂が訪れました。周りでもバッタたちの歌が響いていますが、ついさっきまですぐ隣で歌っていたのです。それに比べたら、遠くの歌は静かなものでした。


 ヘンなバッタだったなあ。ああいうのを、キザ、というのかしら。トリステはふふ、と笑うと、そのまま眠りに落ちました。


 夜明け間近の時間帯に、雨が降りました。多少の雨なら巣に戻ろうと思ったのですが、ザバザバ降ってきてしまいました。トリステは少し高い場所の木の根元にいるおかげで雨もよけられていますが、低い所にはすぐに大きな水たまりが出来るくらいに大雨になってしまいました。

 足の痛みはだいぶ引いていますが、無理に歩いて水たまりに落ちたら大変です。


 トリステは雨が止むまでその場で待つことにしました。


 日が高くなる時間になってから、ようやく雨がやみました。すぐに強い日差しで、一面、水たまりになっていた地面がみるみる乾いていきます。

 

 朝よりも足の痛みも引いた。また雨も降ってくるかもしれないから、今のうちに帰ろう。トリステは歩き始めました。


**


 巣の近くまで来た時です。何か様子がおかしいのです。近くの他の巣のアリたちが『大変だ』『気の毒に』と言いながら巣とトリステを見て、去っていきます。


 トリステはどうしたんだろうと不安になって、涙目になりながら、足を引きずりながら急ぎました。そしてもう少しで巣、というところで、立ちすくみました


 巣の周りに家族がたくさん出て来ていて、しかも倒れているではありませんか。


 何かに襲撃されたのでしょうか? しかし倒れている家族に怪我があるようには見えません。


 茫然としていると、一番近くで倒れていた同胞の手が動きました。それに気が付いてトリステは駆け寄りました。


「だ、大丈夫!? 何があったの!?」

「ああ……ダメだ、近づいちゃいけない。オレにも触るな……」


 普段、巣の中にいて外に出てくることなどない、オスのアリでした。手を握ろうと伸ばしたトリステの手を彼は避けました。


「触るなって……。いったい、何があったの?」


 聞きながら、トリステは怖くて怖くて震えながら涙を流しました。どうしたらいいのかもわかりません。

 そんなトリステを倒れていた男子が見上げて、泣くなよ、と言いました。


「ニンゲンだよ……。奴らが昨日の夕方、巣の周りに粉を巻いたんだ……」

「あの大きな奴らが?」

「そう。巣の周りとそれに巣の中にも粉を入れやがった……。だからみんなで粉を外に出そうとしたんだよ。でもすぐに体が動かなくなって、みんな倒れていったんだ」

「なんで……」

「それはわからない。でも危険だと判断した家族が、子供たちを外に出そうと叫びながら、粉まみれのまま子育て室に来て、そして……」


 その粉に触れた全員が間もなく倒れてしまったそうです。それで巣の中で無事だった全員は、子供たちもつれてさらに巣の奥に逃げ込みました。上では粉を浴びてしまった家族がどんどんと倒れていきます。でも助ける手段はありませんでした。

 家族全員で女王を中心にして固まって、女王と子供たちが粉を浴びないように守るしかありませんでした。


「粉を巻かれた出入口は使えないから、穴を掘って違う出口を作ろうとしたんだ。だけど、作業をしていたら雨が降ってきて」


 雨水と一緒に、粉が出入り口から巣の中に流れ込んできました。慌てて部屋の入口を土でふさぎます。ジワジワと水がしみ込んではきましたが、それで食い止められた、と誰もが安心していました。


「雨が止んで気温が上がって、水が蒸発したんだ。同時に家族がバタバタと倒れていったよ」


 ニンゲンが穴の中に入れたと思っていた粉は、入口近くの部屋にしか入っていませんでしたが、雨によってそれがしみ込んできたらしいのです。


「俺は新しい出口用の穴を掘っていて、すぐに外に出られたんだ。でも外に出たら、もう動けなかった」

「で、でも、お外に出たのだから、きっとすぐに動けるように……」

「無理だよ……もうこの片手しか動かないんだ」


 声も出すのもつらいといいます。ですが、一人でも家族を生かすため、彼は頑張っていたのです。


「もう、巣はダメだ。女王も倒れただろう」

「そ、そんな!!」

「巣にも俺たちにも近づいちゃいけない。お前は生きるんだ」

「嫌! 一人でなんて、無理!!」

「頼むよ。もしかすると、女王が生んでくれたタマゴと、サナギが生き延びているかもしれない。すぐには巣には入れないけれど、何度か雨が降ればきっと、この粉はどこかに行く。そうしたら、生き延びた彼らを救ってほしい」

「……うん、うん」

「でもすぐには近づくな。お前が死んだら意味がないんだから。いいな、俺たちの分も、生きてくれ」

「……うん」


 それだけ言うと、彼は安心したようにすこしだけ微笑み、力尽きてしまいました。


 トリステはその場で泣き崩れました。男子のアリとはほとんどあった事はなかったけれど、それでも家族だったのです。

 そして巣の中には友人もいたはずです。彼女たちも死んでしまったのでしょうか。


 トリステは悲しくて悲しくて、泣いて泣いて動けませんでした。

 家族が死ぬのを、前にも見たことがあります。それは狩りでけがをしたり、寿命で亡くなった家族です。

 その時も悲しくて寂しくて泣きました。

 

 しばらくわんわん泣いて、泣き疲れた時にトリステは気が付きました。


 昨日外出していたのはトリステひとりだけではありません。ベテランのお姉さま方はびっくりするほど遠くまで狩に出るのです。お姉さまたちを探せばいいんじゃないかしら。


 そう思って周りを見回すと、少し離れたところでちょうど帰ってきたひとりのお姉さまが、同じように倒れている家族の忠告も聞かずに巣に向かっていって、巣に入る前に倒れました。


 それがあっちでもこっちでも。ドンドンと帰宅したお姉さま方が倒れていきます。


 トリステは泣きながら叫びました。巣に近づいてはダメなの、お願い、近づかないでと。


 でもお姉さま方はみんなを助けなきゃ、とトリステの言葉を聞かずに巣に近づいて、どんどんと倒れていきました。

 


 それを見て、本当に、この巣はもうダメなのだと、近づくことすら出来ない、悪夢のような場所になってしまったとトリステは思いました。


 もう私も生きていけない。家族も友達もいないのだもの。一人でなんて、生きていけない。


 トリステは泣きました。涙が出てこなくなるまで泣きました。泣き崩れるトリステの脇をお姉さまたちが通り過ぎ、倒れていきました。


 私もいっそ、巣に近づいてみんなと一緒に倒れようかしら。トリステは涙でかすんだ目で巣を見つめました。


 でもトリステは彼と約束したのです。生き延びると。生き延びて、生まれてくれた子供たちの世話をするのだと。


 トリステはふらふらと立ち上がり、巣には近づかないように移動し、巣が見える小高い草むらの中に腰を下ろした。


*****


 アリは基本的に一人では生きていけません。女王が子供を産み、女王を中心として家族が働くのです。

 家族全員で子育てや狩り、見張りなどを分担し、家族で生きるのが、アリという種族です。

 

 ですが、今や彼女は一人で生き延びなければなりません。


 学校で教わった知識を総動員して、トリステは先ずは巣を作る事にしました。トリステひとりなら巣はいりませんが、今後、子供たちの存在が確認出来たら、彼らを連れて来て育てなければいけません。そのためにも巣は必要です。とはいえ一人ですから、大きな巣は作れません。

 

 トリステはまずは自分が寝起きする部屋を作る事にしました。穴を掘って土を外に出す。みんなでやった時の、大変だけど楽しかった記憶がよみがえり、トリステはまた泣きました。

 でも泣きながらもひたすら繰り返しているうちに何とか空間が出来ました。

 

 次に食料を狩りに行くことにしました。一人だから小さなエモノでも良いのです。昨日から何も食べずに、ひたすら泣いて穴を掘っていたのです。おなかがペコペコでした。


 ちょうど近くに芋虫がいたので、格闘の末、無事に捕まえて巣に運び込みました。


 そうだ、貯蔵室も作らなければ。雨の日には外に出られない。そのためにも少しは食料をためておかないと。


 トリステは必死に働いきました。合間合間に元の巣を何度も確認もしました。だが、動くものは確認できませんでした。

 

 自分の巣が何とか出来上がった頃には、もう何度もなんども、夜と朝を繰り返した後でした。


 巣には相変わらず近寄れませんでした。白い粉がまだ残っているし、通りすがりの小さなアリたちが知らずにそこを歩いて、動けなくなっているのを確認していたのです。


 もちろん、トリステは毎回、そこは通らない方がいいですよ、と声はかけたのだが、彼らは気にせずに歩いてしまったのです。


 入れない巣を見ながら、トリステは思いました。

 こんなに長い事、だれも子供たちの世話をしなかったら、もし生きていたとしても、もう卵も蛹もダメかもしれない。

 それでも実際に確認するまでは、トリステは生き延びなければなりません。


 トリステは涙をぬぐって、それからはひたすらエサを集め、巣を大きくし続けました。



***


 すっかり秋になりました。朝晩の気温が低くなり、動ける時間帯が少なくなってきました。

 

 トリステは大きくなった巣の中に、たくさんの草と、草の種と、たくさん落ちていた犬の毛を運び込んでいました。

 犬の毛は思い付きだったけれど、運び込んだら部屋の中が温かくなった気がします。草はほとんど枯れているけれど、その水分と保温で、巣の中でキノコを繁殖することに成功していました。


 これは巣の学校で教えてもらった事です。小さなキノコを育てることで、外でエサが取れなくても少しの間は食料に困らないからと。ただ増えすぎると茸の巣になってしまうので気を付けるようにとも言われましたが。

 

 エモノもたっぷりと部屋に詰め込みました。寒さで動きが鈍くなっているエモノなら、トリステひとりでも仕留められるのです。小さなバッタや芋虫が中心ですが、十分な量が集まっていました。

 これからさらに気温が低くなれば、息絶えた大物のトンボやチョウも運べるでしょう。

 

 トリステは冬を越すことだけを考えていました。きっと春には、巣から兄弟たちが出て来てくれる。それまで頑張るんだ。学校で教わった事を一生懸命思い出しながら、せっせと寒さ対策もし続けました。


 その頃、周りではバッタたちが自由を謳歌していました。毎晩歌い、演奏し、踊っているのを、トリステは時折少しだけ見てから寝ていました。

 夜になって近くでバッタの歌を聴くと、あの夜の事を思い出しました。あのバッタたちは無事に子供たちを残せたのでしょうか。




***


 すっかり冷え込みが厳しくなり、夜の外も静かになってきた頃のことです。

 トリステは先日、ようやく巣の中を見てきました。通りすがりのダニたちが、巣の中に元気に出入りしているのを確認したのです。

 急いでダニたちを追い出して、巣の中を確認しましたが、誰もいませんでした。


 卵もサナギも、そのままの姿で干からびて小さくなっていました。



 卵の側には、女王の遺体がありました。ほかの家族よりも彼女は大きいので、姿が残っていたようです。


 普通ならダニやキノコが体するのに。姿が残っているのはおかしい事です。

 きっとまだ粉の作用が残っているのでしょう。



 トリステは長い事、祈りを捧げ、泣きながら巣を後にしました。


***


 もう生きていても仕方がない。子供たちも家族も誰もいないのだから。約束は果たせなかったけれど、もう頑張っても仕方がない。


 フラフラと歩いていた彼女は、気が付けば自分の巣に戻っていました。


 ひとりで作り上げた巣の大部屋。いつか遠出していた家族が戻ってきたら一緒に暮らせるようにと大きくした部屋ですが、隅に一人用のベッドがあるだけです。

 そのベッドに座って部屋を見回しました。


 もう生きていても仕方がない。でも、貯蔵庫にある食料をこのままダメにしたら、エモノに申し訳がありません。

 全部、食べ終えよう。それまで、もう少し生きていよう。


 トリステはそう考えて、ベッドに横になりました。


*** 



 外がひときわ寒くなり、もう外での狩りもできなくなりました。トリステは食欲もなかったので、本当に少しずつ貯蔵食料を食べながら、ほとんど部屋に引きこもって過ごしていたある日、ドスンと扉付近から音がしました。

 そして、コロコロコロ、という音。


 こんな時期に珍しい。バッタなんてもうぜんぜん見なくなったのに。

 トリステは好奇心に駆られてそっと扉を開けた。


 ひんやりとした夜の空気の中、やせ細ったバッタがそこにいた。


「アレ? こんなところにアリがいるの?」

「それはこちらのセリフよ。こんな寒くなったのにバッタがいるの?」

「ついさっきまでニンゲンの家の中にいたんだけど、追い出されちゃったのさ」

「ニンゲンの家の中?」

「あそこは凄いよ。温かいなんてもんじゃない。でも追い出されちゃったけどね」


 ガクガクと震える彼を見て、放っておけないとトリステは思いました。なので、巣の中に招き入れることにしたのです。


「わあ、広いし暖かいね!」


 扉はバッタには小さかったので、少しガリガリと削って広くしました。彼も手伝ってくれたので、すぐに広くなり、部屋にバッタを入れたあとに扉をふさぎました。


 部屋はバッタが3匹入れるくらいには広さがありました。そして犬の毛を敷き詰めているので温かいのです。


「ここは凄いね! ニンゲンの家くらいに温かいよ!」

「それは良かったわ。一応ご飯もあるけど、食べる?」

「ああ……せっかくだけど、ボクは草しか食べられないから」

「草、あるわよ」

「え、本当に!?」

「しなびているけれどね。草の種もあるわよ」

「十分だよ! 外に出たら寒すぎて、おなかも空いて困っていたんだ!」


 目を輝かせるバッタを連れて、アリは貯蔵庫に向かいました。巣の中は基本的に通路も大きくつくってあります。大きなエモノを運ぶときに便利なようにとそうしたのですが、おかげでバッタも何とか動けるようです。

 そして草用の貯蔵庫に入ると、バッタは感激して叫びました。


「こんなに草があるなんて! なんて君は凄いんだ!」

「保温とキノコ栽培用なんだけど、たくさんあるから食べて良いわよ」

「ありがたい! ではさっそく!」


 手近の草の葉をつかんで、彼はむしゃむしゃと食べ始めた。


 2~3本食べたところで彼は食事を終えた。


「それで足りるの?」

「大丈夫だよ。それにいっぱいたべたらキノコが育たなくなるだろう?」

「それは別の部屋で育てているから、ここのは予備みたいなものよ。気にしないで」

「そうなのかい? でももう大丈夫、しっかり頂いたよ」


 おなかをさするバッタを連れてもう一度部屋に戻った。


「あなたが自由に動ける部屋はここしかないから、ここを使ってちょうだい。でもここは温かいから、私も使うからね」

「もちろんだよ。部屋の隅を貸してもらえれば十分さ!」


 バッタは嬉しそうに笑う。


 そうしてトリステの顔を覗き込みました。


「な、なに?」

「もしかして、君、僕が小さい頃に友達になったアリじゃない?」

「え?」

「僕だよ。シャンテ。覚えていない?」


 名前を聞いて、トリステは思い出しました。小さなコオロギのお友達のことを。


「あの、小さかったコオロギのシャンテ君?」

「そうだよ! ああ、やっぱり君だったんだ。トリステちゃん、だよね」

「そうよ!」


 ふたりはがっしりと抱き合いました。あんなに小さかったシャンテは今はトリステよりも大きくて、トリステがしがみつくような形でしたけれど。


「姿を見なくなったから心配していたのよ!」

「ゴメンね。あの後ニンゲンにつかまって、ずっと家の中にいたんだよ」

「そうだったの!? 怖い事、されなかった?」

「それがね、狭い部屋に閉じ込められてはいたんだけれど、ご飯はあるし、暑すぎないし寒すぎないし、結構快適だったんだよ」

「だけど、追い出されちゃったの?」

「うん。もうお外へおかえりとか言って」

「こんなに寒いのに!?」

「そう。ひどいよね! それはそうと、トリステちゃんはどうしてここにひとりで暮らしているの? アリはひとりでは暮らさないよね?」


 トリステは状況を説明しました。聞いている途中でシャンテはなんども酷いと怒ってくれ、頑張ったんだねと褒めてくれました。

 

「でも君がひとりでいてくれて、僕は助かったよ。君の家族がいたら、僕は今頃君たちのご飯になっていたからね」

「それは……そうかもしれないわね」


 トリステは苦笑しました。もう昆虫のいない季節なのです。貴重な食料になっていた事でしょう。


 でもここにはトリステしかいません。食料も十分すぎるほどに溜めてあります。シャンテを食べる必要などないのです。


「それにしても、僕もただで泊めてもらう訳にもいかないね」

「良いわよ。ここには私ひとりしかいないのだし。そうね、話し相手になってくれたら、それでいいわ」

「そんなのはお安い御用だよ。あ、僕の歌、聞く? 結構うまいんだよ」

「そうね、話し相手と、歌を聞かせてもらう。それでいいわ」

「分かったよ。あと力仕事があったら任せて。君よりは力があるからさ」

「ええ、お願いするわね」

「それならさっそく」


 シャンテはそういうと、音を小さくしながらも足で羽のバイオリンを弾きながら、歌を歌ってくれました。


 夏のあの日に出合ったバッタとは違う、やさしいコロコロリーという低く弱い声。それでも巣の中に響いて大きな音になりましたが、それはとてもとても上手で、シャンテははうっとりと聴き入りました。


 そして二人は仲良く日々を過ごしていきました。


*************


 秋はまだ長いはずなのに、本格的に寒くなって、シャンテは外に出られなくなりました。トリステは毎日温かい時間だけですが外に出て、一生懸命にまだ青い草や犬の毛を巣に運んでいました。


 シャンテの体はかさつき、羽のバイオリンは切れかけているのでもう弾けませんし、歌いすぎて喉も枯れてしまいました。それでも生きていて、トリステとお話してくれればいいから、とトリステは一生懸命に草を運び入れました。


 ある日、トリステが巣に戻ってくると。


「見て! トリステ。ジャーン!」


 とシャンテが得意げに見せてくれたのは、犬の毛で編んだセーターでした。


「え? ナニコレ凄い!」

「ふっふっふ。われらバッタの趣味の一つさ。……と言っても、女の子たちの趣味なんだけど、ニンゲンの家にいた時、女の子と狭い部屋に入れられていてさ。彼女たちが教えてくれたんだ」

「そうなの?」

「さあトリステ、着ておくれよ」

「え? 私のなの?」


 トリステはびっくりしながら、笑顔のシャンテに手伝ってもらってセーターを着ました。

 犬の毛だけあって柔らかくて暖かいです。


「温かいわ、シャンテ!」

「君が寒い中毎日出かけてくれるから、お礼にと思って」

「ああ、お礼なんていらないのに! でもこれは本当に暖かくてうれしいわ! ありがとう!」


 それからトリステは外に行くときにはそのセーターで出かけました。当然周りのアリからそれはどうしたの? と聞かれて、友人に作ってもらったの、と誇らしげに答えていました。


 そしてトリステがさらにたくさん運び込んだ犬の毛で、シャンテは自分の分のセーターも作りました。おかげで温かくて、シャンテは少し元気が出たようです。

 嬉しくてさらに草を集めるトリステに、他のアリから、自分たちにもセーターを作ってもらえないか、と声がかかりました。


「シャンテ、どうしようかしら」

「良いよ、作るよ。僕はこれを着てても寒くて外に行けないから、時間が余っているんだ。ただ、無料では作らないよ」

「え?」

「材料の犬の毛は、欲しいアリが必要なだけ集めてくること。そして出来上がったら、食料と引き換えに渡すよ。それが嫌なら僕は作らない」

「それが条件なのね」

「うん」


 ほしいと言ってきたアリに伝えると、それならいらない、というアリとそれでも欲しいというアリに別れました。そして欲しいアリが犬の毛を集めてくると、トリステは誰が持ってきたものか名札を付けて、持ってきた順番にシャンテに渡しました。


 犬の毛を毛糸にするところから始めると、一着作るのに長い時間がかかります。トリステは最初こそシャンテと共に毛糸を作りましたが、ある程度毛糸が溜まったら、シャンテには編む作業に入ってもらって、その横でひたすら毛糸を紡いでいきました。

 出来上がったセーターをご飯と引き換えに渡してく、それを繰り返していたら、トリステが外に行かなくても食料が溜まっていきました。


「トリステ、もう外に行かなくても食料はたっぷりあるよ?」

「そうね。でも私は働きアリ。じっとしているよりも少しでも外に出たいの」


 トリステは作業の合間に外に出ては自分でも食料を持って帰ってきました。おかげで巣の中は食べきれないほどの食糧でいっぱいです。


 二人は秋の終わりをそんな風に楽しく過ごしました。



*****



 冬がやってきました。外の虫たちはもう、だれもいません。セーターを欲しがるアリも巣に引きこもってしまいました。

 

 そしていくら土の中で犬の毛が敷いてあっても、霜柱が立つほどに土が冷たくなれば、巣の中も冷えてきます。


 本来ならとうに死んでいるコオロギのシャンテは、トリステの巣の中でまだ生きていました。それでももう、寒すぎてほとんど動けません。トリステがため込んでいてくれたおかげで、食料はまだあるけれど、食べる元気もありませんでした。


 カサカサに乾いた皮膚をこすりながら、カラカラの声でシャンテはトリステに言いました。


「トリステ、今日までありがとう」

「なに? 急に」


 シャンテは微笑みました。


「ここに住まわせてもらったおかげで、今日まで生きてこれたけれど、僕、もう限界みたいだ」

「……そんな事、言わないで。もう少ししたらきっとまた温かくなるから」

「そうだね、きっと、そうだね。でも僕はそこまで持たないよ」

「……あなたがいなくなったら、私は一人になっちゃうのよ」

「うん、そうさせたくなくて今日まで頑張ったけど、もう体が動かないんだ。歩いたら足が取れると思うくらいに、もう限界なんだよ」

「嫌よ、いや。一人にしないで……!」


 トリステはその目から大粒の涙を流しました。

 ひとりで巣を作り始めた時から、涙は流さなくなっていました。泣いている暇なんてなかったのです。

 巣を確認しに行った時だけは泣きましたが、あの泣き虫だったトリステが、ほとんど泣かずに巣を作り上げたのです。そしてシャンテが来てくれてからは、毎日が楽しくてすっかり涙など忘れていました。


 アリという種族は、家族の中なら、冬は全員で冬眠して越します。初夏生まれの彼女なら、次の初夏までは寿命があるはずでした。


 ですが、アリは一人になると生きていけないのです。それがトリステがここまで生き延びてこられたのは、巣を見張るという約束があったから。そしてシャンテが来てくれたからなのです。


 涙を流す彼女を見上げて、シャンテは言いました。


「大丈夫だよ。春になれば、トリステにも友達もいっぱいできるから」

「それまで待てないわ! 食料だって春まで持つかどうか……」

「それも大丈夫だよ。僕が死んだら、僕を食べればいい」

「そんなの、いや!!」

「ただ朽ちていくだけよりも、君に食べてもらった方が嬉しいよ。そして生き延びて、僕の代わりに、春を見てほしい」

「あなたの、代わりに?」

「うん。僕は春という季節を知らない。僕が生まれたのは夏だからね。冬も知らなかったけれど、君のおかげでこうして体験できた」

「私も初めての冬だし、初めての春を迎えるわ! ねえ、シャンテも、春を一緒に体験しましょうよ!」


 シャンテは緩く首を振りました。


「冬だけで十分だよ。だから、僕を食べて、僕の代わりに春を見て」

「シャンテ……」

「毎日楽しかった。歌もたくさん歌えて、セーターも作って。僕は幸せだった」


 寒くなった頃から羽のバイオリンは弾けなくなりました。弾くたびにボロボロと羽が崩れてきたのです。

それでも彼は歌い続けてくれたのです。


「私も、あなたの歌のおかげで毎日が幸せだったわ。こんなに歌が上手いコオロギといられて、私が幸せよ」

「食糧代に、足りたかな?」

「十分すぎるぐらいよ」

「それならよかった」


 そういうとコオロギは目を閉じて、長く息を吐き出ししました。


「もう泣かないで。僕はコオロギの誰よりも、君のおかげで長生きしたんだ。それに毎日楽しい時間を過ごせた。感謝しているよ」

「目を開けて。もっと歌を聞かせて」

「そうしたいけれど、もう、体が動かないよ」


 トリステはシャンテのてを握り、泣きました。


「トリステ、きっと春になったら、君の家族も増えているよ、だから、泣かないで」



 それはあり得ないことだと、トリステが一番わかっています。だから、泣きながらトリステは言いました。


「嫌よ。私にはもう、あなたしかいないの。春になったって家族は起きないわ。だから、死なないで」

「ゴメンね、トリステ……」


 そういうと、シャンテは目を閉じてしまいました。それからどんなにトリステが呼んでも目を開けてくれません。でもまだ生きていることはわかりました。


「いや! 死なせない! 私があなたを、死なせない!」


 トリステは泣きながら、ぐったりとしたシャンテの体に、シャンテが作った犬の毛の布団を巻き付けて、背負いました。


 小さいとはいえ自分よりも大きなコオロギのシャンテですが、今はびっくりするほど軽くなっていました。


 その体を担いで、トリステはいつもは隙間風も入らないように閉め切っている扉を大きく壊して、肌が痛いほどに冷えた外に出ます。


「頑張って、シャンテ。私があなたを死なせないから!」


 返事のないシャンテを背負って、トリステは歩き始めました。


***


「シャンテ、起きて。シャンテってば!」

「う、うーん」


 シャンテの耳にトリステの声が響き、体を揺さぶられる刺激でシャンテは目を覚ましました。

 そしてびっくりしました。


「ここは、どこ?」


 トリステが満面の笑みで答えます。


「人間の家のなかよ」



***



 トリステは、シャンテがセーターを作ってくれた時から考えていたのです。

 シャンテが言った「暑すぎないし寒すぎない」という言葉を。

 それが本当なら、人間の家の中に入れれば、冬を過ごせるのではないかと。


 毎日食料を探しに出たついでに、家の周りに住むアリたちに色々と教えてもらっていました。トリステたちは家から離れた場所に住んでいましたが、中には家の中に住むアリもいるのです。


「人間に近づきすぎると殺されちゃうよ」

「見つからないようにしないといけないよ」


 そうして家に入る隙間も教えてもらい、毎日恐る恐る調べて回りました。中にいるアリたちの縄張りに入らないように、シャンテとふたりで入れる隙間がないか。


 アリの巣は基本的に大家族で食料庫などもたくさんありますが、トリステはシャンテとふたりきりなので、広い空間はいりません。あとはクモさんやダニさんがいないところを探して、ちょうどいい隙間を見つけました。

 そして毎日エサと犬の毛を運び込み、二人が暮らせる巣を作り上げていました。


 庭の巣で冬を越せるのなら、それが一番安全です。でもシャンテに寒すぎたら。その為の巣でした。


「ここなら温かいわ」

「確かに……。ここは、部屋の中? 危険じゃないかい?」

「部屋の中ではなくて、部屋の壁の中、よ。何度も確かめたけれど、その部屋にも人間が殆どこないの。でも温かいのよ」


 そこは使われていない部屋でしたが、隣の部屋には人がいるのです。そして寒いので暖房を使っていました。その熱が、壁伝いに漏れて、壁の中が温かくなっているのです。

 

「食糧も、犬の毛も運んであるわ。ここなら寝ながら冬を越せるわ」

「そんな事、できるかな」

「できるわよ。あなたの作ってくれたこのセーターと、その布団があるのだから。だから、ここで二人で春までねていましょう」

「春かあ。それは楽しみだね」

「ええ。だから、いっしょに寝て、いっしょに春を迎えましょう」


 トリステが温かくなったとはいえ、まだ動きにくいシャンテの手をつかんで言いました。

 外よりは温かいですが、活動できるほどではありません。でも凍えるほど寒くもありません。


「そうだね。それじゃあ、春まで寝ようか」

「ええ、そうしましょう」

「ふふ。あたたかいね。……じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、よい夢を」


 シャンテはふ、と笑顔を浮かべ、それきり動かなくなりました。

 トリステは部屋中の犬の毛を布団でグルグルにまいたシャンテの周りに集めると、シャンテと布団の間に潜り込みました。



 本当はトリステも。もう疲れ果てていました。軽くなったとはいえ、大きくて重いシャンテを、寒い外を歩いて一人でここまで運び込んだのです。体力を使い果たしてしまいました。

 これで寒かったら力尽きてしまうところですが、ほんのりとですが温かく、そしてシャンテとの約束も貰いました。


 心も体も温かくなって、トリステは体を丸めて、シャンテに寄り添って目を瞑りました。


 ********



 春。


 トリステの方が先に目を覚ましました。

 隣で寝ているシャンテは、動かないけれど生きているのはわかります。

 そっと布団から抜け出し、トリステは外に出ました。


 外はまだ肌寒いですが、確かに暖かくて、緑のじゅうたんが出来ています。

 早速、シャンテのために草を少しずつ壁の中に運び込みました。


 毎日どんどんと温かくなり、うすピンクの花が咲くころ、シャンテも目を覚ましました。


「おはよう、シャンテ。春が来たよ!」

「おはようトリステ。……本当に?」

「ええ! 外は一面の緑とお花よ!」


 シャンテはトリステの集めてくれた新鮮な葉っぱを食べて体力を取り戻しました。

 そうしてトリステの手を借りて、外に出ました。


「これが、春なんだね……!」

「ええ……」


 そこには一面の緑のじゅうたんと、いろいろな木の花が咲き誇っていました。


 夏も鮮やかですが、春の薄くて柔らかくて美しい色合いに、ふたりは見惚れました。



 そうして人間の家を出た二人は、秋の間過ごした巣に戻りました。


 周りには小さくて柔らかくて、美味しそうな草が生え、巣の中にはたっぷりと食料が残っていました。


 ふたりはそこで、毎日楽しく暮らすのでした。


面白かったらイイネをぴぽちっとな。

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