引きこもり王子の婚約者
楽しんで頂けたら幸いです(^-^)
「なぜこの俺がお前のような"貧乏くさい"女を娶らねばならんのだ」
彫刻のように美しい容姿の王太子から吐かれるその毒に、一体何人の常人が犠牲となったのでしょう。
「国王陛下から殿下の"子守り"を頼まれましたので」
「それでこんな貧相な娘をよこすとは、ついにボケ始めたかあのジジイ」
「よくまぁそのお立場で陛下をこけにできますわね」
「小言を言うのが奴の生き甲斐なんだ。ともかく、俺は絶対婚約なんぞしない」
「私もできるならそうしたかったですわ。"引きこもり王子"の妻になど絶対」
「その減らす口にはマカロンでも叩き込んでおけばいいか?」
「まぁ大好物ですのよマカロンは」
「あんな不味いものを好物だと喜べる低レベルな知能と味覚が羨ましいね」
「まぁ、殿下はずっと引きこもってらっしゃるから味覚が幼児でストップしてるんですのね」
「さっさとその口閉じて下がれ」
さて、皆さま初めましてごきげんよう。
何故一国の引きこもり王子と没落貧乏伯爵令嬢の私がこんな会話をしているのか、説明しなくてはなりませんね。
私の名前はカトリーヌ=フィッセー。
子だくさん・貧乏・没落の三拍子で有名なフィッセー伯爵家の次女に当たります。
ことの始まりは、一ヶ月前。
伯爵家に来た、国王陛下からの面談要請でした。
「よく来てくれた、フィッセー伯爵、カトリーヌ嬢」
王宮で初めてお会いした陛下はとても疲労困憊のご様子で。
「この国の太陽たる国王陛下におかれましては…」
「あぁいい。そういう堅苦しいのいいから」
「…へっ?」
突然の呼び出しに心臓バクバクいってた身としては陛下の様子に唖然としまして。
「突然呼び出して申し訳ない。実は愚息のとこについてなんだか…カトリーヌ嬢に力を貸して頂きたいのだ」
「カトリーヌにですか…?」
「ああ」
「…確かに、フィッセー伯爵家は王家に忠誠を誓っておりますが、没落貧乏伯爵家と呼ばれて久しい我らに出来ることなどあるのでしょうか」
「無論。カトリーヌ嬢にしか出来ぬと思っている。愚息の噂は聞いているかな?」
「王太子殿下はとても聡明な方だと聞いております」
そう、この国の王太子は幼い頃から頭脳明晰で、在籍する王立学園でも常に首席を取っているお方なのです。しかも殿下は魔術も武術も達人に引けを取らない腕前だとか。
いわゆる"天才"なのです。
「そうだな…もう一つの方の噂は?」
「…」
いや、流石にそんな度胸は…と親子で顔見合わせましたが。
「構わん、遠慮なく言ってくれ」
「いやいやそんな…」
「頼む!王家の未来がかかっているのだ!」
そ、そんなに…!?
「で、では陛下。あくまで聞いた噂ですが…」
「うむ」
「殿下は、社交がその…苦手でいらっしゃると…」
「苦手どころじゃないな。奴は社交を私や部下に任せっきりだ」
「あまり王城から出て来られないと…」
「城どころか自室から出て来ない」
「腹心の部下は少数精鋭だと…」
「人間不信で性格捻じ曲がってるせいで、腹心を務められる人間がほぼいない」
「あまりにも神々しい存在なので王立学園でも殿下の姿を見たものはいないと…」
「いちゃもんつけて登校してないだけだな」
「極度のインドアであると…」
「有名な"引きこもり王子"だ」
すると、陛下の横に控えていたおじちゃん執事さんがこそっと耳打ちしました。
「…陛下、ただの愚痴になっております。伯爵とカトリーヌ様が困惑していらっしゃいます」
「おっ、そうだな。本題に入ろう」
親子で意図せず喉が同時に鳴りました。
「息子の…リファエル=アレクサンドの婚約者となってほしい」
「…という経緯でして」
「理論がなってないぞ」
「とにかく国王陛下の命なのです」
「まず何故没落貧乏貴族の娘が俺の婚約者に抜擢されるのかが説明できてない」
「そこには同感です。陛下に理由をお尋ねしましたが、よく分からなくて」
「よーし今すぐ帰れ!」
「そんなにすぐ怒らないでください。カルシウム足りてないのですか?」
「今俺が欲しいのは目の前の女を追い出すための権力だな!」
はぁーあ。これじゃ埒あかないですねぇ。
小さくため息をついた私を見て、王子は
ぴくりと体を強張らせ俯いてしまいました。
「どうせアンタも俺の地位と権力が欲しいだけだろ。俺ことは邪魔だとしか思ってない…」
へ?
何言ってんのこの人。
なんかホントにイライラしてきました。
「えぇそうです権力目当てですがなにか?」
「…は?」
「まあ権力というよりお金という方が正しい
ですけどね!なんせウチ弟妹が8人もいますからね!!婚約すれば王家から支援金貰えると言われましたからね!引きこもり王子の妻だろうが魔王の犬だろうが家族のためならどんとこいなんですよ!!」
「オイ待て俺と魔王を同列にするな」
「とにかく殿下からOK貰えればなんでも良いんですよ私は!!!」
さあ文句はあるかとばかりに王子を睨みつけると、さっきの消沈ぶりは何処へやら、わなわなと震えて怒号を響き渡らせました。
「分かったよさっさと頷いてやるから即刻立ち去れ!今すぐ!!
お前なんぞとは二度と顔をあわせん!!」
「えぇ喜んで!!」
その翌日、王家から『あの王子がOKするなんてマジびっくり⭐︎とりま今後は婚約者としてよろしくねー♡』的な内容の文と多額の支援金が届き、我が家は騒然となりました。
「カッ、カトリーヌ!貴女大丈夫なの!?」
「アンローゼお姉さま、落ち着いて」
「何かの間違いだよ。あの王子殿下が姉上如きに婚約するはずがない…は、ははは」
「ちょっとクロード。衝撃的過ぎたからってそれはさすがに失礼じゃない!?」
「でも本当に信じられないよ。どんな手を使ったんだい?」
「お父さままで…私はただ殿下に誠心誠意お願いしただけです」
「「「……」」」
「ちょ、なんでそこで押し黙るのですか。私、本当にお願いしただけですよ?その『脅したのか』みたいな疑惑の目やめて下さいよ」
あの捻くれ王子相手に脅しが効くわけないのに。何故か全く信じてくれなさそうなんですが。
そこにお母さまが手を叩いて場をまとめます。
「とりあえず、そんな名誉ある立場になったのだから殿下に誠心誠意お仕えしなさい」
「わかりました、お母さま」
そんなこんなで引きこもり王子の婚約になった私ですが、せっかくだし、と思いとある作戦を決行することにしました。
「二度と顔を見せるな、と言ったはずだが?」
「前フリかと思いましたので来てしまいましたわ。さぁ、殿下。今日は天気が良いですよ。外に行きましょうかー!」
「ふざけるな。誰が出てやるか」
「殿下、殿下。庭園に綺麗なお花がありましたよ。見に行きませんか?」
「城内の植物は把握してる。わざわざ見に行く必要がないだろ」
「それが友人に聞きましたら途中変質する珍しい花らしくてですね」
「フン。その花のことも知ってる」
「まあ、そうなのですか?」
「仕方ないな。教えてやっても良い」
「アンタどうやって母上を壊落したんだ」
「ただお茶をご一緒しただけですよ?」
「ありえない…」
「じゃあ殿下もお茶飲みますー?お友達から美味しい茶葉を分けて貰いまして」
「能天気過ぎる!」
「殿下は馬に乗られますか?」
「俺に出来ないことはない」
「じゃあピクニック行きましょう!人が少ない穴場を教えてもらったんです」
「本当に人が居ないんだろうな!?」
「仮面舞踏会だと?絶対行かねぇ」
「舞踏会では身分について触れないのがマナーなので殿下もきっと楽しめますよ」
「行かん」
「一緒に来てくださったらこのディオレ教授秘蔵の『コロンプス航海日記』を貸してあげます」
「何でお前教授と知り合いなんだ!?」
「孤児院なんか行くんじゃなかった」
「そう言うわりには貰ったおもちゃ、受け取ってるじゃないですか」
「は、発想が魔道具の開発に使えそうだなと思っただけだっ」
「ふーん」
「そのニヤニヤ顔やめろ」
「楽しかったですねー!友好国の王太子夫妻とのお茶会!」
「お前が二人と打ち解け過ぎなんだよ」
「あら、楽しくなかったですか?」
「まあ…エレフィス王太子殿の話はなかなか興味深かった」
「お忍びの交流会だったので人目もありませんでしたしね。ロゼッタ様も素敵な方でした!」
「平民のフリをして城下町に出るなんて、やっぱりお前馬鹿だな」
「町の暮らしや町人の方々の姿を見るのは楽しいですよ。ほらリファエル様、おまけしてもらったこれも美味しいです」
「毒味もしてないのに食えるか」
「私食べましたよ?」
「演劇、久しぶりです!」
「カトリーヌはこういうのが好きなのか」
「ラブロマンスは誰しも一度は憧れません?」
「そうか?ていうか男の方、頭悪くないか?」
「分かってませんねぇ。愛ですよ愛」
王城の大バルコニー前の扉で二人揃って控えていたときのことでした。
一年も無理矢理外に引っ張り回せば、さすがに殿下の“引きこもり”も諦めの範疇に及ぶもので。
「結局大丈夫になりましたねー」
「別に俺は“出ない”だけで、“出られなかった”訳じゃない」
「なんですかその子供みたいな屁理屈」
そう。すっかり殿下の引きこもりは直ったのです。この今日という日に、私とお揃いの純白の礼装に身を包んで主役を務められるくらいには。
「幼いころはそれほどでもなかったが、俺や両親の前では友好的な人間が影で反逆や暗殺を企てていたことが度々あってな」
「なまじ頭が良いので察しちゃったんですね」
「それから“他人と関わる”という行為がこの世で一番面倒な所業に思えた」
「で、引きこもったと。安直…」
「うるさい。不敬罪でその口塞ぐぞ」
「ぴぇっ…!?」
今にも降ってきそうな殿下の唇を慌てて手で塞ぎます。
「ちょ、そんなにグイグイ来る人でしたっけ?なんかキャラ変わってません!?」
「俺を変えたのは君だからな。仕方ない」
「ええぇっ」
扉の横に控えていた従僕(ちなみに私の庭球友達です)が申し訳なさそうにしながら、私たちの出番を促しました。
「ほっ、ほら行きますよ。リファエル殿下!」
「あぁ。そうだな、行くか」
重い扉が開いていくと、その先に見えたのは何百何万もの数の民衆でした。その歓声や表情は祝福に満ちたもので、安堵と幸福感がぐわっと押し寄せてきます。
「悪くない眺めだ」
「この国の民を…皆さんを守れるように頑張っていきましょうね」
「言われなくてもな」
隣の殿下と目が合えば、そこにあったのは初めて会った時よりも優しく微笑んでこちらを見る瞳。
「これからも頼むよ。カトリーヌ」
「はい喜んで…ってちょっ!?」
それはまるで見せつけるように。
後に賢王と讃えられるリファエル殿下は、私の腰を抱き寄せ、優しい口づけを最愛の妻へと捧げたのでした。
挙式後の後夜祭パーティーでのこと。
「陛下、一つ伺ってもよろしいですか?」
「ん?なんだねフィッセー伯爵」
「今更ではありますが、なぜ殿下の婚約者にカトリーヌが選ばれたのでしょうか??」
「話は至極単純さ。手っ取り早くフィッセー伯爵家を支援したかったからだよ」
「え?我が家にそれほどの価値が?」
「勿論。フィッセー伯爵夫人は我が妻の親友だということもあるが、長女のアンローゼ嬢はリファエルに負けず劣らずの才媛だというじゃないか。長男のクロード君は素晴らしい剣技の腕を持つと聞く。加えて、次男も薬学に精通していて三女も化石研究をしているだとか。しかも三男と四女の二人は魔術の才を見せ始めているらしいな。これほどの人材の宝庫を見捨てるなんてことができるはずがないだろう?
しかもなんと言っても一番の理由はカトリーヌ嬢の父親譲りのあのコミュニケーション能力を買ったからさ」
とんだ化け物を生み出してくれたものよ、と半端呆れて陛下が笑った。
「陛下は少々、買い被りすぎでは?」
「何を言う。カトリーヌ嬢のすぐさま初対面の相手の心を掌握する能力、そして一度でも言葉を交わせば名前から最近スベッたギャグまで、それら全てを絶対に忘れない記憶力、多国語を操る語学力。どれもそう簡単に身につくものではない。リファエルの伴侶にこれほど相応しい者はいないだろうな」
「? それらの能力は貴族として当然では?」
「…ふむ。ここにもおったか、化け物が」
陛下は半端呆れて笑った。