5 実感
おそらく、ここは刑務所だ。
あんなに沢山廊下にあった扉も、それら一つ一つがこんな部屋になっているんだろう。俺の知る刑務所らしくない部屋をしてはいるが。
なんでこんな…なにが起こってるんだよ。
不安が心に充満していく中、やることもないので閉じ込めれた部屋の中で鉄格子のついた窓の外の景色を眺める。緑の生い茂る地面に、ぽつりぽつりと木々が生えている。その葉の緑を見つめる。
俺はこれからどうなるんだろうか。鍵のついた部屋に閉じ込められる、なんてまるで俺は犯罪者扱いだ。いや、そうでもないか。言語も通じないのに勝手にうろちょろされたら面倒だから逆の立場になれば俺も俺に同じようなことをするだろう。でももう少し警備員のやつらは優しさがあったっていいんじゃないだろうか。
…
…
…
…俺はどうなるのかな。
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腹減ったなあ。
ベッドに寝転がりながらそんなことを考えた。空腹には慣れているものの、気疲れもあって無性に何か食べたい気分だ。壁にある時計を見れば時刻は1時20分程をさしている。この部屋に来て2時間ほどが経過した。
…不思議なことにここの時計は12の数字が円形に並び長針と短針のある、完全に俺の知っている時計と同じものなので時刻を正確に知ることができる。他のいろいろな装置についてもそうだ。数字以外の文字を読み取れないこと以外は完全に俺の知っているものと同じ。不思議な感覚だ。
するとガチャリという音の後、ドアが開く音が聞こえた。そうでなければ悲しいが、おそらく食事を届けに来たのだろう。ベッドの上に上半身を立たせてワンルームの短い廊下の方を見つめるていると、予想通り食事の乗ったトレーを持って女の人がやってきた。
綺麗な女性だ。白衣を羽織って首には不思議なチョーカーを着けている、灰色の瞳に長い金色の髪の女性だった。
白衣の女性がトレーを机の上に置く。これは俺に食べろということでいいんだよなと、恐る恐るベッドから立ち上がって俺は机の前の椅子へと歩いた。椅子に座る。女性は何も言ってこない。
トレーには皿に乗ったパンと野菜と肉、そして包装された小さなチーズが乗せられていた。箸ではなくナイフとフォークが両サイドに置かれている。生唾を飲み込んでから、フォークで差して持ち上げた肉にかじりついた。
麻薬に匹敵するほどおいしかった。舌が心地よく痺れて、脳がじんわりと気持ちいい。自然と涙ぐむ。この肉がそれほど美味しい、という訳ではなく、ろくに食べ物を接種していなかったせいだろう。誰に急かされるでもなく、目の前に置かれた飯を次から次へと口の中へと運ぶ。そして野菜以外を平らげた時ポン、と肩を手で優しく叩かれた。少しドキッとした。
振り返ると、白衣の女性がこちらを見ながら何か四つおりになった紙を持った手をこちらに差し出している。少し嫌な予感がしたが構わずその紙を受け取り、開く。
「らか齊な来は」
その紙にはこんな文字が書かれていた。俺の知っている文字の、知らない羅列。
突き落とされるような感覚に襲われた。いや、そうじゃない。今まで深く考えようとしていなかったのが、現実に引き戻されただけだ。異世界のようなものだと思ってはいたが、あまりにも突然の出来事だから現実感が無くて、もしかしたら何かここは天国とか夢とかそういうものかもしれないとか、実は日本語が通じる人がいるかもしれないとか、楽観的なことを考えていた。
この世界は俺にとって都合のいい場所なんかではなくて、ここはどうしようもない程、異世界という現実なんだということをその時理解させられた。