35 呪い
「ここには弱い魔法使いしかいない」
視線が、ゆっくりと声がした方へと向いていく。トラックの方だ。向いていく途中で聞こえたのは、ダン!と飛び上がるような音。
いつの間にか、俺達が乗っていた荷台の上に人影が2人…立っていた。
「マジじゃん!雑魚しかいねぇ…。しくったなぁ…ロゼいると思ったんだけどなぁ…」
「足場に気をつけてね。骨組み以外を踏むと足が抜けるよ」
「あぁもう、わかってるよ!うっさいなぁ!」
二人が軍服を着ているのはうっすらとわかったが、顔はよく見えない。だが、声と体格からして…荒っぽい口調の方が少年で、落ち着いてる方が少女…なのだろう。
「俺は今ショックを受けてるんだからさァ!少しそっとして―――」
「な、なあ!お前ら、その、今、周りを狼の魔獣に囲まれててさ!ちょっと、手を貸してくれないか?こいつを…こいつらを、追っ払うだけでいいんだ!お前ら強そうだからさ、なんとかできるだろ!?な!?」
それを言ったのは、目の前の男性。
…あまりにも、聞き苦しい言葉だった。
「は?お前何言ってんの?」
「だから、助けてくれって…」
「馬鹿じゃねえの?俺達がお前らの味方なわけねぇだろ。服でわかんねぇのか?服で」
「え…」
「俺達はグラトアニアの魔法使いだぞ」
「…!!でも…なんで…!」
「あァ?グラトアニアがデーニアに戦争仕掛けたって知らねぇのか?敵同士なんだよ!!今、俺とお前らは!」
「そうじゃない!!だって、お、おかしいだろ!!」
「あァ?」
「グラトアニアにいる魔法使いの数は少ないはずだ!!だから戦地から遠のいたこんな場所に魔法使いを送り込む余裕なん…て…」
そいつの言葉が詰まった時聞こえたのは、飛行機が飛ぶような音。
それも一つじゃない。
いくつも重なって聞こえた。
「今のは…まさか輸送機か…!?どうして…!!まさか、これも魔法使いを乗せているのか!?」
「…ふ、ははは!よくわかったな!正解!いいリアクションすんじゃん。…もう隠す意味もねぇし教えてやるよ。グラトアニアには今、大量に魔法使いがいるんだよ」
「…!?」
「驚いた?ははは、そりゃそうだよなァ!」
「……意味がわからない…!!お前らは、魔獣の被害がどうしようもなくなったから戦争しているんじゃないのか…!?魔法使いがそんなにいるなら!魔獣なんか一掃できるじゃないか!?」
「……。はぁ~、やっぱり何もわかってねぇんだな」
「わかってない…!?」
「お前らは口を開けば駆除駆除ってうるせぇけどな、魔獣の問題はそう簡単なもんじゃねぇんだよ。俺達はなぁ、もう魔獣と共存するしかねぇんだ」
「ッ…!」
「でも共存だって難しい。今までは魔法使いでなんとかしてたが、そんなのその場しのぎにすぎねぇ。だって、いずれ魔法使いはつくれなくなるんだ。…だから、楽園を創るんだよ」
「ら、楽園…!?」
「…喋りすぎだよ。ほら、もう行こう」
「あぁ、ごめんごめん。じゃあな、楽に死ねるよう祈っとくぜ」
荷台の上に立つ二人が背を向けて歩き出し。
「ま、待て…!!」
「ああ。そうだ」
軍服を着た少女が振り返る。
「もう全員食べちゃっていいよ」
「ギャッ―――」
短い悲鳴が上がった。
深い闇の奥で、少女が声を発したと同時になにかが起きた。
ただ…クチャクチャと何かを食べるような音と、獣のものと思われる唸り声が聞こえていた。
「うわあああああああ!!!!」
それが合図だった。かろうじて保たれていた均衡が崩れ、寸前で耐えていたみんなの心がついに決壊する。
数秒も経たないうちに、研究所で見たパニックよりも、もっと見るに耐えない光景がそこには広がった。
断続的な悲鳴が次々と上がり、誰の物かもわからない欠損した四肢が飛ぶ。
鼻が曲がりそうな程の鉄の匂いがあたりに充満して、足元には黒い水たまりができていた。
手を握るユウも俺に何も言ってこない。言葉を失ってしまったんだと思う。
それほどまでに一方的な虐殺だった。
ただ、俺は…
それを見て
安心していた。
こんなにも、心臓は壊れてしまいそうなほど脈打っているのに…なぜか頭は落ち着いていて、穏やかだった。
もう終わるというのなら、ただ、早くその時が来て欲しいなと、初めて本気で―――
「メイ!!!」
ドン、と体が押される。
地面に背中から倒れこんだ。
痛いなと思いながら顔を上げる。すぐ前で、ユウが倒れていた。
脇腹からは黒い水が溢れている。俺を庇って、傷を負ったのだということはすぐにわかった。…そしてその傷は、明らかに致命傷だった。
何をやっているんだろうなと思った。
わざわざ俺を庇ったって、たった数秒俺の寿命が延びるだけだ。それになんの意味があるんだろうか。
…よくわからない。
すると、足首を誰かに強く握られる。一瞬驚いたが、ちゃんと見てみれば、足首を握っているのはユウだった。
ユウはじっと静かに俺のことを見つめていて、その時、俺とユウの目が合う。
ユウは、口を小さく動かした。
「メイは…生きて……」
やがて
俺の足を握っていた手は、力なく地面に落ちる。
残念だし、悲しかったけど、別にこいつが死ぬのなんて…どうでもよかった。だってすぐ俺もそっちに行く。
…どうでもよかったんだ。
なのになぜか、呼吸が…荒い。
全身が熱い。
なんなんだ…これ。
ただ、悲鳴や肉の裂ける音が聞こえなくなって、さっきの言葉だけが頭に反響する。
*****
メイは…生きて……
*****
転びそうになりながら立ち上がる。
足が、勝手に地面を蹴る。
気づけば俺は、その場から全力で駆けだしていた―――




