29 伽藍洞
「…あぁ~。そういえば魔法なんてあったな。なるほどね」
「急に落ち着くじゃん」
「いや、まあ…うん」
「…話を戻すけど、えっと…どうする?忘れたい?その嫌な記憶」
「…遠慮しとく。気持ちは嬉しいんだけど、なんかそんなことしたら…もう自分が自分じゃなくなっちゃいそうで、怖いや」
「わかった」
ユウは、俺のすぐ隣に座る。肩と肩が触れあって、微かに感じる体温が心地よかった。
でもユウは眠そうだ。瞼も閉じかけているし、船をこぐように首が揺れている。
眠いなら寝袋で寝ればいいのに。俺のことなんか無視して。
そうは思ったものの口に出すことは無かった。俺のことを気遣ってくれてるのがわかっていたから。
「てか、ユウって記憶を消す魔法が使えるんだね」
何も話さないのも居心地が悪くて、適当に話題を出す。
「…うん、そうだよ。消すだけじゃないけど…」
「消す以外にもできるの?」
「記憶を忘れなくさせたりも…できるよ」
「へぇ~、なんか便利そうだね」
記憶の固定と消去…そんな魔法か。
「…うん、それ偉い人にも言われた気がする。でも、僕はもっと強い魔法が使いたかったなぁ…炎の魔法とか、水の魔法とか…」
「あぁ~…でも、そのうち覚えれるんじゃないの?そういう魔法」
「…無理だよ。知らないの?魔法は一人につき一種類しか使えないんだよ?だから、僕はそういう魔法は使えないの」
「え、そうなんだ」
初耳だ。
「まぁ、ユウの魔法も色々使い道あると思うよ?その魔法にしかできないことはいっぱいあると思うし」
「…そうかなぁ」
「そうだよ」
「…ふ~ん」
褒めたつもりなのにあまりユウは喜んでいない。意外と自分の魔法にコンプレックスでもあるのだろうか。
魔法を使えるってだけですごいと思うんだけどな。俺なんて使えないんだし。
…あ、いいこと思いついた。
「…なんか気になるからさ、試しに俺にその魔法使ってみてよ」
「えぇ?さっきはだめって言ってたのに、消しちゃっていいの?」
「あ、ごめん、あの、記憶を忘れなくさせる方ね?そっちの魔法を使って欲しい」
「そ、そっち?…なんで?」
「忘れなくなるってどんな感じかなって」
「えぇ~……バレたら怒られるよ?」
「そんな簡単にバレないよ」
「…本当に?僕、怒られても知らないからね?」
「平気平気」
「…しょうがないなぁ」
よし。
これで魔法を使ってもらって、それでちゃんと褒めたら…ユウも少しは喜んでくれるかな。
「あ、今思ったけど、忘れなくなる記憶って俺がちゃんと選んだ方がいい…よね?」
「…メイの中にある記憶から選んだものを”忘れなく”させることもできるけど、それはメイの気分も悪くなるだろうし、パッとしないからやらない」
「え、ん?じゃあ、何するの?」
そういう使い道以外にあるか?その魔法。
「メイは円周率ってどこまで言える?」
「?…3,141592…までかな」
「よかった、全然覚えてないね。なら、今からメイには円周率を100桁覚えてもらおうかな」
「ど、どゆこと?」
「やってみればわかるよ」
すると、ユウが俺の額に掌を当てる。
「じゃあ今から僕が円周率を言うから、黙って聞いてて。あと気持ち悪くなったら言って」
「あ、はい」
「いくよ、3.141592653589793238‐――
ユウがまるで念仏でも唱えるように数字を並べていく。それをボケーっと聞いていると、突然頭に違和感を覚えた。
脳がグニャグニャするような、形容しがたい違和感。
視界もおかしい。壁が歪んで見えたりとかそういう異常はないのだが、なんだか目に入る景色に現実感がない。確実にここは現実なのに。
…例えるなら…そう、まるで夢を見ているみたいな―――
―――おーい、メイ~?大丈夫~?」
「…あ、ごめん。ボーッとしてた」
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「あ~…別になんともないかな」
「…よかった。ならほら!円周率言ってみてよ。百桁までなら完璧に言えるはずだよ」
「あぁ、うん。え~っと、3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679、であってる?」
「うんうん、合ってるよ」
おぉ~
…ってえぇぇぇぇえ!!!?
「覚えてるんだけど!?3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749445923078164062862089986280348253421170679、は!?覚えてる!完璧に覚えてる!?」
す、すごい…!!!すごいぞこれ!!
「ちょ、ちょっとメイ、声が大きいよ…」
「だって…!こんな…!すごいじゃんこれ…!」
「…そうかなあ?…でも、もっとすごいこともできるよ」
「…!?も、もっとすごいこと…!?」
「円周率の30桁目の数字は?」
「……9」
「78桁目は?」
「8…」
「25桁目」
「3…!」
「91桁目」
「3…!?」
い、言える…!?何桁目か言われた瞬間に、ノータイムで言えてしまう!?
「すげぇえ…!!!こ、これが魔法…!!!」
「リアクションがすごいなぁ」
「お前が冷めすぎなんだよ…!こんなにすごい魔法ないよ…!!」
まったく、なんでこいつはこんなにも自信がないんだ!十分やばいことしてるでしょこれ。しかも脳に作用してる訳だし、それも結構すごいんじゃないのか?
…にしても驚いた。記憶を固定させる魔法は…使い方次第で、瞬間的に何かを記憶させる魔法としても使えるのか。
確かに、記憶ってのは何も過去のものだけじゃないもんな。たった今、受けとった情報だって記憶になる。それも瞬時に固定できるわけだ…。
はぁ~、おもしろい。
「すごいね~魔法って」
「…そうかもね」
「そうそう、ユウも自信持ちなよ」
「うん。でも、少しは自信ついたよ」
「おぉ、気づいた?自分のすごさに」
「いや…ただ、僕の魔法でメイが嬉しそうにしてるのは、僕も嬉しいなって」
「…あぁ~、そっか」
それはなんか…う~ん、意図してないというか…。
まいっか、自信がついたなら。




