13 質疑応答②
「魔法は…魔法は俺も、使えるの!?」
聞きたいことなんてこれに尽きる。俺だってなんかすごいことしたい!!
「…落ち込まないでほしいんだけど、あなたはこの世界の人たちと違って体の構造的に魔法が使えない」
あぁ。そんな。
軽い絶望だった。きっと表情によく出ていたんだろう。俺の顔を見てジャベリーが口を押さえてゲラゲラ笑っていた。死ねばいいと思った。
「本当に、落ち込まなくていいよ。魔法を使える人間はこの世界の人口の約0.00007%しかいない。だから、魔法を使えないのは普通のことなんだよ」
普通か。ならよかった~、じゃなくて魔法が使いたいんだよ俺は!!慰めてんだろうけどフォローのようでフォローになってないよそれぇ!!!!
「…体の構造的に、魔法が使えないって何…?ちゃんと教えてほしい…。」
説明があっさり過ぎるよ…。
「少し長い話になるよ。大丈夫?」
「…うん。」
「わかった。まず基礎的な話をするんだけど、この世界には“マナ”っていう特殊な物質…目に見えない粒のようなものが空気中にたくさんあるの」
「マナ……?」
「うん。このマナは空気中にだけじゃなくてあらゆるものの中に溶け込んでいる。例えばこの部屋の壁にも、床にも、私たちの体にも」
「へぇ……」
そんなものが常に満ちているだなんて信じがたいが、ロゼが言うのなら本当なんだろうな。
「マナはどんな物質にも染み込むんだ。でも特に人間の体にだけは異常なほど浸透する」
「それ、って……なんか、危ない…よね?」
「危ないよ。実際、過剰にマナを取り込みすぎると神経や脳にダメージが出て、最悪の場合は死に至る」
へぇ〜。難儀なもんだ。
「だからこの世界の人間は、その過剰なマナを外に出すために"魔力管"と“魔力孔”というマナを代謝するための器官を持つようになった」
「魔力管と、魔力孔……?」
「”魔力管”は、体の中に張り巡らされた目に見えない細い管のこと。外から入ってきたマナを集める役割をしている」
「管……。血管、みたいな……もの?」
概ねそんな感じ、とロゼが頷く。
「そして、集められたマナは今度は“魔力孔”から外に流れ出す。これも目に見えない小さな穴で、だいたいは掌につながってる」
「手の、ひら……。」
思わず自分の掌を見下ろす。
…別に何も感じないな。
「この世界の人間はみんなこの体の仕組みを使ってマナを体内と体外で循環させているんだ」
「そう…なんだ…。」
「でも……」
と、不穏な言葉とともにロゼが続ける。
「あなたの体には魔力管も魔力孔も存在しない。加えて、理由は不明だけどマナも一切浸透しない」
「…え、なんで…、わかるの?」
「あなたが病室で目覚める前に色々検査したからね」
え…なにそれ、こわ。
「少し話が逸れたけど、あなたが魔法が使えない理由はそこにある」
「……うん。」
「魔法は“魔力孔から排出されるマナを減らして、体内へ余分に吸収されたマナを利用することで発生させる超常的な現象”のことなの」
…なるほどな。
「だから、そもそものマナを弾いてしまうあなたでは魔法が使えないし、もし仮にマナを扱えるようになったとしても、この世界の人間と身体構造の違うあなたが魔法を使える可能性は低い」
そうか、確かにそれなら俺に魔法は無理だな。諦めがついた。
…正直なところ、薄々勘づいてはいたのだ。俺は魔法というものが存在しない世界から来たんだから、魔法が使えないのが当たり前だ。
でも、はあ~。魔法使いたかったなあ。
「メイ、魔法を使えない、ということはあまり悪いことでもないよ。そもそも魔法を使えるような人は魔力孔や魔力管を持っているこの世界の人の中でもほんの一握りだから」
俺の気分の落ち込みを悟ったのか、ロゼが慰めのような言葉をかけてくる
「…でも、僕の…場合は、一握りに…入る、可能性すら、ない…。」
「希少性なら、メイの方があるよ。魔力管も魔力孔も無しでこの世界で生きている人間は今のところあなただけしかいない」
「…え、あ、…そうなの?」
それはなんか、結構嬉しいな…!
下降していたテンションが急激に上昇する。唯一とか例外とかそういう言葉にすぐ気分がよくなっちゃうんだよ俺は!
「その、……俺の体って、この世界…の、人から……したら、やっぱり……異常?」
「それが“超”異常なんだよな!メイく~ん!!」
ロゼに話しかけていたところ、突然ジャベリーがテンションMAXで割って入ってくる。なぜか片方の耳の上に鉛筆を乗せていた。恐らく暇を持て余していたのだろうなと思った。
「 普通の人間って、マナを吸収しすぎても死ぬけど、逆に全く吸収できないとそれはそれで死ぬんだよ?君が今生きてるのって、意味不明だからね!もう本当にすごいよ!」
褒めてるんだよな?
「…ありがとう…?」
「しかも、ほとんどの人間はマナを吸っては吐いて、体の周囲に微妙な揺らぎを出しててね!?だから、俺みたいなマナの気配を感じられるやつには存在感がバレバレなんだけど!でもメイくんは揺らぎゼロ。マナに全く干渉してないから、まるで幽霊みたいに気配がないんだよね! マジで怖いんだよ~~!!」
「そ、そう…ですか。」
なんだろうな。つまり影薄いんだ…俺。というか。
「その……何にもない俺からすれば、マナが入って、魔力孔もあるこの世界の人たちは、全員魔法を使えるように思えるけど……なんで、魔法を使えない人がほとんどなの?」
「それはね」
と、今度はロゼが口を開いた。
「魔法を使うには、『マナを感じる力』、つまりマナの知覚が必要なの。でも、その感覚を得られる人間はかなり限られているからなんだ」
「え…どうして…?」
「マナを知覚できるようになる手段が2パターンしかないから。ひとつは、生まれつき魔力を知覚する能力を持っているパターン。割合的には百年に一人と言われているね。もうひとつは、『オータライト』という特殊な鉱物を血管に注射して、後天的に知覚を得るパターン」
「その、注射……って、誰でも、受けられないの……?」
「オータライトは今はもう採掘できなくなっていて、すべて国家が管理しているんだ。今は基本的に、国の選んだ若者、軍隊の中でも特に選抜された兵士にしか与えられない。国の切り札を増やすための、軍事的な施策だね。誰にでも打てるようなものじゃない」
「そっか…。」
つまり、魔法を使えるようになるのは元々の天才か、国家に選ばれたエリートだけなのか。だから魔法を使えない人が大半なんだ。
「……魔法を、使える…、人って、本当に……すごい人だけ…なんだね。」
「…そうだね」
…?なんか歯切れの悪い言い方だな。
「ちなみにメイ君!」
またもや突然ジャベリーが張り切った様子で口を開いた。今度はなんだろうか。
「さっき話に出た魔法使いなんだけどさ、実はマナの目覚め方によって名前がついてるんだよ! 一つは魔法使い』。で、もう一つは――」
そこでジャベリーはロゼへと目配せをする。少しだけ嫌そうな顔をしながらも
「――『原初の魔法使い』」
仕方がない、といった様子でロゼが静かに続けた。
「魔法使いはオータライトを投与されてマナを知覚できるようになった人のこと。だから、さっき説明したように大多数の魔法使いは軍人の中にしかいない」
「そうそう!そんでね!?原初の魔法使いは生まれたときからマナを知覚できるやつらで、誕生率が百年に一人レベルなのももちろんだけど!!生まれたときからマナに触れてきた分、魔法の質も精度も、色々全部が超ハイスペック!」
「…そう、なんだ。………ロゼは……どっち、なの?」
つい気になって尋ねてしまった。風格というかオーラというか、ロゼからは何か只者ではない雰囲気を感じる。俺の予想が正しいのなら…。
「珍しい方だね」
やっぱりか。
「つまり!ロゼは原初の魔法使いなんだよ!で、俺はオータライトで魔法に目覚めた普通の魔法使い!」
お前も魔法使えるのかよ。
「……いいな。二人とも…魔法、使えて。」
「いやね、メイ君。魔法使いは案外窮屈だよ?位置情報常に監視されてるし、周りからこう、嫌~な目で見られることもあるし!平和な今の時代、魔法も使う機会あんまり無いしね!!」
「…う~ん。」
聞きたくなかったなその情報。夢が壊れる。
「……一応になるけど、メイにも魔法を使える可能性自体はあるよ」
「……ほんとに!?」
「本当。試したとして死んでしまうだけだと思うけど」
「えぇ…?…じゃあ…いいや。」
そこまでして魔法を使いたくはないな、別に。
「あれ?魔法は魔力孔から出てくるんだから、メイ君魔法使えなくない?」
「身体強化は別。あれは魔力孔に依存しないから」
「そう?…あぁ!!だからみんな身体強化の魔法使ってるのか!!」
「……あなたは魔法学校で何を学んだの?」
「でもメイ君が使いたいのってそういう魔法じゃないでしょ?ね、メイ君!」
「うん。」
適当に返事だけしておく。長々と話を聞いたが、結局俺は魔法を使えないらしいということだけはよくわかった。もう魔法の話は終わり、次だな。
「次の、質問…なんだけど…。研究所…その、ここは…研究所だって、言ってた……けど、具体的に…、何を…するための、施設なの?」
ただの研究所がこんな山奥にあるわけない、警察署が内臓されてるわけがない、刑務所みたいに部屋が沢山あるわけがない。どう考えても研究だけしているような施設には見えない。
「…魔法使いの収容するための施設…だね」
魔法にときめいていた俺の心が、ロゼのその言葉に黒く塗りつぶされたような気がした。




