12 質疑応答①
――――会話を挟みながら、しばらくまた歩いた。すると左手側にある、警察署という看板が隣に貼られたガラスのドアを通り、その中へと入っていく。
中には市役所のような受付や横に並んだ綺麗な椅子があり、格好から警官と思われる人が数名いた。ジャベリーとロゼが何やら警察の一人と話をして、受付を横切り左へ、そして奥の方へと進んでいく。初めてくる警察署の雰囲気に翻弄されていると気づけば上に取調室と書かれた扉が目の前に現れた。
てか、ガチで取調室あるんだ。そもそも警察署あるし…ここなんでもあるな。…刑務所って中に警察署があったりするのか…?
少し感心、困惑しつつ、ジャベリー、ロゼとともに取調室へと入る。四角い部屋で、天井の中心にはこれまた四角の空調の機械が、そして中央に横長の机とそれを挟む椅子が計三つ。机の上には何か資料のようなものとペン立て、黒くて四角い機械が置かれている。
空調は効いていて快適な温度のようだが、なぜか首筋にひんやりとした感覚を覚えた。
ちょっとした…とか言ってたはずなんだけどな。
「メイはここに座って」
ロゼに促され、中央にある机を挟む椅子の一つに座った。正面にはさっき入ってきた扉が見える。ジャベリーは俺から見て左の椅子に座り、鉛筆立てからとった鉛筆を指で回して遊んでいる。こいつは記録を取る書記のような係なのだろうが、すぐ遊ぶような奴に任せて大丈夫なのだろうかと思った。
そしてロゼが俺と机を挟んで対面して椅子に座り、机に置かれていた資料を一通り流し見てから俺に声をかけた。
「じゃあ始めるよ。あそこの壁についてる監視カメラで映像、隣のこの録音機器で音声を記録するけど、気にしないでね」
いやいやいや気にするよ!!やばい、そういうの意識するとめっちゃ緊張してきた。せっかく気づいてなかったのに!全然軽くないじゃん!!ガッチガチじゃん!?なんで!??
「よ、よろしくお願いします。」
緊張のせいか自然なやり方がわかなくなり、ごくんと大きな音をたてて唾を飲み込む。耳のすぐ横から聞こえるほど大きくなった心臓の鼓動が体を一定のリズムで自分にしかわからない程小さく揺らしていた。
「あなたには、我が国デーニアへ向けた隣国グラトアニアの軍事的な攻撃に関与している疑いがかけられています」
え…?そうなの…?
「あなたはなぜここ、シア特殊魔法研究所の中庭で倒れていたのですか?」
口調が…というか、え…?特殊…研究所…の中庭…?
「ここって…特殊…魔法研究所って、言うんですか?」
「そうです」
いつもに増して淡々とした口調だ。俺も真面目にやらないと。
「えっと、わからない、です。そもそも、中庭で…倒れていたことすら、知らなかったです。ここに、来た時…の一番最初の記憶は……病室で、目覚めた時の記憶で…。」
「ではそれ以前は何をしていましたか?」
「………この世界と…多分別の世界の、『日本』というところで…暮らして、いました。」
この話はロゼにしたことがある。その時にこの世界に日本、アメリカやドイツ等俺の知っている国がないこと、それに伴って日本語英語なども存在しないことを確認した。わかっていたことだが、やはりここは俺のいた世界と別の世界だった。
「あなたがこの世界に来る直前には何をしていましたか?」
「……。」
…ロゼのことを信頼しているはずなのに躊躇ってしまうのは、何が怖いからなんだろう。ジャベリーがいるから?それとも…。
数秒の沈黙。机を見ていた俺が顔を上げると、ロゼの灰色の瞳がこちらをじっと見つめている。いつも通りの無機質な瞳だった。
「自殺をするために首を吊っていました、意識を失った後に気が付けばここの、研究所の医務室のベッドに寝ていました」
できるだけ早く、吐き捨てるようにそう言った。
「…可能であれば、自殺をした理由を教えてください」
反応は淡白なものだ。でもその方がやりやすい。
「…理由。」
そこまで聞くのか。…なんなんだろうな。言ってしまえば、自分の何かが壊れてしまう気がする。それが良いことなのか悪いことなのかはわからないが、ただ怖い。
「学校…にも、家にも……居場所が、無かったんです…。それだけです…。」
聞いて欲しいはずなのに、自分の思いを正直に伝える勇気もなくて、そんな曖昧な言葉が宙に飛んで消えた。
誰が悪かった誰のせいだなんて言いたくない。みんな頑張っていたことを知っているし、どうしようもなかったのかもしれないことも知っている。ただ、きっと運が悪かった。
「…わかりました。では、あなたの暮らしていた『日本』について詳しく教えてください――――――
そうしてそこからは、俺のいた日本についてのことを根掘り葉掘り聞かれることになった。
◆◆◆◆◆
――――――以上です」
その言葉で疲れがどっと押し寄せる。軍事攻撃とか言われてたのに終盤は日本のことしか聞かれなかった。
「お疲れ様」
「…あ、うん。」
机の上に置かれた録音機器を停止させてから、ロゼにそう声をかけられた。疲れすぎて返事は適当になったしもう早く寝たい気分だった、がここからがきっと本番だ。
一度目をつぶって心を落ち着ける。
「もう、質問…俺からしていいの?」
「うん、いいよ。今日は…というか今日からはなんでも答えてあげられる」
「どうして?」
早速質問。
「今までは言語学習の方に集中してもらいたかったからノイズになるような情報は教えたくなかったんだ」
なるほど。俺も別に気になったことをあまり聞こうとはしなかったしな。そうか。あと…
「その、軍事攻撃…の、疑いって、俺…何か…しちゃったの?」
まずはここが気になる。突然知らされたときは驚いた。
「そうだね、私はあまりそう思わなかったんだけど。…経緯を話すと、約8ヶ月前に突然メイはこの研究所の中庭に出現したんだ。そんなの普通に考えてありえないよね。だから何かしら他国からの魔法による攻撃…特に戦争の緊張が高まっているグラトアニアからの攻撃ではないかと考えられた」
戦争…。
「…そうなんだ。…その、俺への、疑いは…晴れそう?」
「この尋問の録音と映像を上に出せば、きっと晴れると思う。えっと、疑いを晴らすためにも色々聞く必要があったんだけど、ごめんなさい、嫌なことも聞いてしまって」
自殺のことか。
「いや、別に…大丈夫だよ。でも、こんな…異世界から、来たなんて突拍子のない話…信じてくれるのかな…?」
「大丈夫。あなたが本当のことを話しているということは証明できる。私は嘘がわかるから」
……え?
「嘘が…わかるの?それは…どういう…。」
「私には他人の感情が見える。だから感情の揺らぎで嘘もわかる」
「まさか…。」
「そう、きっとあなたの思っているとおり、私の魔法の力の一部だよ」
その言葉になにか衝撃が走るのを自覚する。
「さて。魔法についてメイ、あなたは何が聞きたい?」
今までひた隠しにされてきたこの世界の根幹に触れているような気がして、俺の心は熱を帯び始めていた。




