1 熱中症
ウォークインクローゼットの中。三年前に引っ越して来た時から手がつけられていない埃被った段ボールの上に立って、ハンガーラックに吊るされたロープを見つめる。
大丈夫。結び方は確認した。首にかける前に段ボールの位置も調整して、後は…
30℃を超える、じめじめとした暑い空気がまとわりつく。床にはハンガーが入れられたままの衣服が散乱とし、小さな窓から差し込む日の光に映し出された埃が無機質に空気中を漂っている。
普通なら今頃、俺は夏休みを楽しんでいたんだろうか。いや、今年は受験勉強か。
暑さによるものか恐怖によるものか、汗が額に滲む。激しくなった呼吸がクローゼットの中に響く。心臓の音がうるさい。水も栄養も足りていないくせに、体は必死になって警鐘を鳴らし続けている。
この耐え難い気持ち悪さはきっと、自分が本当に死のうとしていることの裏返しなんだろうなと、熱中症に侵されている脳みそでぼーっと考えてから、
足を前へと踏み出した。
行き場を失った両足が宙に浮く。形容しがたい不快感が首の辺りを支配した。
激しくなる拍動と裏腹に、意識がゆっくりと着実に薄れていく。
視界がぼやける。
頭が熱い
耳鳴りがひどい
くるしい
耳に入るセミの鳴き声、目に入る微かな光が遠のいて、やがて五感に入ってくる感覚が消失した。
そうして俺の人生は14歳の夏に終わりを迎えた。
はずだった。