名もなきエキストラ 【月夜譚No.283】
エキストラがいなければ、映画は撮れない。映画の内容によっては、主人公とその周囲の数人の登場人物で事足りることもあるのだろうが、そんな作品は少数だろう。
物語において、名もなきエキストラは必要不可欠である。それは、実際の人生でもそうだ。
名も知らない誰かがいてくれるからこそ、各々が生きていける。意識下になくとも、関わっている者は数え切れないほど多くいる。
――そんなこと、今まで考えたことはなかった。独りで生きていると思ったことはない。けれど、多くの人間に助けられているのだと意識したこともなかった。
青年は息を吸い、風に靡く髪を押さえつけた。
この出会いもまた、名もなきエキストラ達のお陰なのだろうか。会ったことも顔も見たこともない人々が影響し合って、青年はここにいるのだろうか。
日が暮れかけた海岸で、数歩先を行く彼女が振り返る。その笑顔が眩しくて、青年は誰にともなく感謝を心の中で呟いた。