五十九話 卯月の真言
五十九話 卯月の真言
月夜たちは集中して1体の鬼に攻撃を加えるが、鬼はびくともせずに攻撃してくる。風魔も服部も、そして藤林の忍者たちも、もう半数以上が倒されていた。
「全国の忍びに緊急事態を知らせて援軍を要請しますか 」
吉影が伊織に相談するが、伊織はそれは難しいでしょうと答えていた。
「鬼を倒すのには協力してくれるでしょうが、次にはエンシェントを刈るために、忍さんと牡丹ちゃんを狙ってきますよ 幾つかの一族は私たちの話を聞いてくれるかも知れませんが、ほとんどの一族は忍びの掟通り抜け忍は許さないでしょう そうなったら、二人を守り切れません 」
伊織の言うのも尤もであった。説得して旧来の悪習を変えさせるには時間をかけて取り組んでいくしかない。この急場で出来る事ではなかった。
「しかし、風魔殿 このままでは我らだけではありません 他にも多くの被害者が出るでしょう ここは、我らが滅んでも、この鬼を倒す事が先決なのでは 」
綾子も、伊織に食い下がっていた。そして、現状を見て伊織の心も変わりかけていた。
・・ここは、我らが滅ぶとも…… 確かにその他大勢の無辜の市民を犠牲にする訳にはいかないですよね…… ・・
「待って、父さんも母さんも伊織さんも…… 大丈夫、私は信じている この戦い、きっと私たちが勝ちます 」
睦美の迷いない瞳が三人を見つめていた。吉影も綾子も伊織も、睦美を見つめ返す。睦美の瞳は揺るがない断固とした意思を表していた。
「睦美が、ああ言うんじゃ信じないわけにはいかないな、綾子 」
「自分の娘を信じられないようでは親失格ですからね、あなた 」
「私も、睦美さんを信じると言った以上、最後まで睦美さんを信じましょう 」
吉影も綾子も伊織も、きっと鬼を見据えると今まで以上に気合いを入れて飛び出していった。
「やはり、睦美くんは凄いな 彼女の瞳は勇気を与える瞳だ あの真っ直ぐな瞳には、いつも励まされるよ 」
「まったくですね もしかしたら睦美さんこそが最強なのかも知れません 」
月夜と忍も、睦美の揺るぎない信念を持った瞳に力を貰い、鬼に向かって飛び出していった。
「おーい、睦美、牡丹ちゃん、大丈夫か? 」
寅之助とトビがフーコを抱いて合流してきた。
「よし、睦美 俺らが来たからには大丈夫だ フーコ、抱っこしててくれ。伊織ちゃんの大切な仲間だからさ 」
寅之助がフーコを睦美に渡す前に、フーコが睦美に飛び付いていた。
「よしよし、大丈夫だよ ここにいる人はみんな凄いからね フーコちゃんは何も心配しないでいいんだよ 」
睦美がフーコを抱いて、撫で撫でしているとそこを目掛けて目三鬼が、火を吹いてきた。
「ひっ…… 」
睦美がフーコを庇って丸くなるが、火は睦美に届く前に弾き飛ばされていた。寅之助が印契を結んで立っている。
「絶対防御の真言を使った しばらくは敵の攻撃を跳ね返してくれるから安心しろ、睦美 」
「凄い、とら これなら無敵じゃない 」
睦美が驚いて言うが寅之助はいやいやと首を振る。
「確かに無敵だけどさ、効果時間が短いんだよ 」
「そうか、敵は忍者ではなくて妖怪。なら、これだ 行け、牡丹ちゃん人形 」
トビの命令で、首をはねられた牡丹の傀儡が動き出す。そして、トビからスマートフォンを受けとると目三鬼に向かって飛んでいった。
「なんか怖いんですけど…… 」
自分そっくりで頭のない人形が動いているのを見て、唐沢牡丹本人はガタガタと震えていた。
「大丈夫、トビくん あの傀儡で鬼に対抗出来るの? 」
「心配しないで睦美さん あの傀儡はダンボール29号の2倍の強度があるんだ 」
トビは自信たっぷりに言うが、それを聞いた睦美たちは全然駄目じゃんと、がっくり肩を落としていた。しかし、牡丹の傀儡は鬼の攻撃を掻い潜り、鬼の正面に立つ。そして、スマートフォンを操作していた。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン 」
スマートフォンから厳かな女性の声が流れる。その声を浴びた目三鬼は苦しみ始めた。
「どうだ、僕の従姉妹、卯月ちゃんの真言だ お前ら妖怪には絶対の効果があるだろう 」
青姫と呼ばれた神宮寺卯月の真言は、鬼でさえも苦しんでいた。そして、目三鬼は、真言の力で体が崩れ始めていた。
・・あれは卯月様のお声。私も負けていられません ・・
カトリーヌは、目一鬼に糸を巻き付け動きを封じていく。だが、目一鬼はその強大な力でカトリーヌの糸を引き千切っていた。それでも、カトリーヌは鬼の動きを少しでも封じ込めようとする。ここを耐えれば必ず勝機はある。睦美の、あの真っ直ぐな瞳を信じているのだ。
「ああーーーっ! 」
牡丹が悲鳴を上げていた。真言で苦しんでいた目三鬼が偶然振り回した腕で、牡丹の傀儡がバラバラに破壊されていたのだ。その時、スマートフォンも地面に叩きつけられ破壊されてしまった。牡丹は、まるで自分が殺されたような感覚で思わず悲鳴を上げていたのだ。
「牡丹ちゃん、大丈夫だよ もう、トビくんがあんなにそっくりに作るから 」
「ぐるるるるっ 」
睦美とフーコに怒られてトビは頭を掻いていたが、真言のなくなった目三鬼は、真っ直ぐに睦美たちに向かって進んできた。
「不味いぞ、絶対防御の真言の効果が切れる 」
「大丈夫です 僕にはまだダンボール30号がある 」
トビの横からダンボール30号がギューンと飛び出していく。それを、寅之助は目を輝かせて見ていたが、睦美や牡丹、それにフーコは、それじゃ無理だろと突っ込みたいのを必死にこらえていた。そして、案の定、ダンボール30号は目三鬼に捕まり、ぐしゃっと握り潰されてしまった。
「あぁ、ダンボール30号っ! 」
トビと寅之助の悲痛な声が響いていたが、目三鬼は握り潰したダンボール30号を地面に叩きつけて睦美たちに迫ってくる。
「マジでヤバいぞ 俺とトビくんで、あの鬼の気を引くから睦美たちは逃げろ 」
寅之助とトビは近くのバーベキューコンロをガンガン叩いて目三鬼の気を引こうとする。しかし、目三鬼はなぜか寅之助とトビには目もくれず、三つの目で睦美を睨み迫って来ていた。
「ちょとぅ、あんな目が三つもある鬼に好かれても嬉しくないんですけど…… でも、私を狙っているなら好都合 韋駄天むっちゃんと呼ばれた私についてこれるかしら 」
睦美はフーコを牡丹に渡すとダッシュで飛び出した。市民ロードレースでも女子の部で優勝した睦美である。このまま鬼を連れて服部家の裏にある洞穴に鬼を突き落としてやるつもりだった。ここに落ちたら、もう出てこれないんだよ。これは黄泉の国につながっているんだと両親に言われて育った睦美は、怖くてその洞穴に近づけなかったが、今その洞穴に鬼を封じ込めるつもりだった。
「ほーら、鬼さん、こちら 」
目三鬼は睦美の思惑通り、後を追いかけて来ているが、睦美は忘れていた。両親が平気で嘘をついていた事を……。服部家には結界が張られているから安全だという嘘をつき続けていたのである。この洞穴も本当だという保証はなかったのであるが、睦美は両親を信じて鬼を誘導していた。




