五十二話 襲撃
五十二話 襲撃
月夜は、睦美の両親に尋ねていた。
「よからぬ者が迫っているようです ここを狙って来るという事は、この服部家にある何かを狙っているのでしょう お心当たりありますか? 」
月夜の問いに睦美の両親は考え込んでいたが、そんな狙われるような物はうちにはないですなと答えた。
「江戸の世の中ならともかく、現代で価値のある物など当家にはございません しいて言えば徳川様に仕えていたときに二代目服部半蔵の正成が武功を立てて八千石の旗本に登用して頂いた際に家康様からお譲り頂いた珠くらいですかな 当時は貴重な物だったかも知れませんが、今となってはただの硝子珠でございます 」
「いや、でもそれに家康の銘とか入っていましたら歴史的に貴重な物なのでは…… 」
「そんなものないわよ ホントにただの硝子珠 あんな物、100均で売ってても誰も買わないわよ、チーフ 」
睦美が、一応家宝として扱っているけどあんなのゴミよ、ゴミと、まったく御先祖が聞いたら泣きたくなるような事を平気で言う。
「いや、睦美くん…… それは少し、言い過ぎでは…… 」
一応、服部家の受け継がれてきた家宝なのだし、もう少し敬意をはらった方が良いのではと、月夜と忍は他人事ながら心配になっていた。
「まあ、確かにあんなゴミを狙って来るとは思えませんな 」
当主である睦美の父も、まったく娘と同じ事を言う。この親にして、この子ありか。月夜と忍はことわざというのは本当に真実を言い当てていると感心していたが、それでは何を狙って来るのだろうと疑問に思っていた。月夜と忍にしては珍しく、睦美の”真実の眼”の存在を失念していた。だが、一人だけ狙われているのは睦美だと気付いている人物がいた。
・・・”真実の眼”、間違いなく狙ってきているのはこれだ どうする 守るか、それとも奪うか ・・・
その人物は睦美を見る。睦美は、自分が狙われているなど考えもせず月夜たちと談笑していた。
* * *
フーコは森の中で立ち止まる。フーコの鋭い聴覚に、何者かが動いている音が聞こえている。フーコは、慎重にその何者かに近付いていった。視覚と嗅覚も最大に活用し、正体を探ろうとするが、その何者かの気配が突然消えた。咄嗟にフーコは危険を察知し飛び退くが、一歩遅かった。フーコは何者かの手に捕らえられていた。
「ぴゅーっ、ぴゅーっ 」
フーコは50キロヘルツの超音波帯域の声を発していた。この声は、フーコを捕らえた人物には聞こえない。だがフーコの飼い主である伊織には聞こえていた。
* * *
伊織の顔色が変わったのを見て月夜は異変に気が付いた。
「伊織くん、どうしました? 」
「すいません こんなこと有り得ないのですが、フーコが捕まったようです 」
「えっ 」
伊織の言葉に、月夜たち全員に緊張がはしる。
「フーコが捕まるなど、相手は相当な使い手だと思います 皆さんは守りを固めて下さい 」
駆け出そうとする伊織に月夜が声をかける。
「どこへ行くのですか、伊織くん 」
「フーコを助けに行ってきます 」
伊織は、そう答えると森の中に消えていった。
「忍びという者は、人質がとられても動じる事なく任務を遂行するのが最優先という認識でしたが、彼女は忍びではないのですかね 敵が強大なら、なおさら防御を固めるのが優先でしょう 感情に委せて一人で攻めては無駄死にしますよ 」
カトリーヌが、伊織の行動が理解出来ないというが月夜が言う。
「カトリーヌくんの考えは正しい でも例外があると僕は思う 人質が人間の場合はいくらでも冷静に対処出来る おそらく僕が人質になっても、忍くんは冷静に任務をこなすだろう 例え僕が殺されても眉一つ動かさずにね しかし、それが動物の場合は別だ 動物が僕たちに向けてくるのは無償の行為 何も考えず疑いもせず僕たちを信じて動いてくれる そんな動物たちを僕は裏切れない 伊織くんもそういう思いで敵に向かったんだよ あの伊織くんを信じきって見ている丸い黒い瞳のためにね カトリーヌくん、失望すると思うけど僕も忍者失格だな 伊織くんと同じ気持ちだ 僕もフーコを助ける為に行かせてもらうよ 」
走り出した月夜にカトリーヌもついてくる。
「私はフーコを助けたいと思いましたが、忍びは感情で動いてはいけないと戒めました 私はそれは精神の修行が足りないなと思ったのです でも、これで良いのですね 」
「私も、そう思いますよカトリーヌさん 小さな命を大切にする気持ちが人を成長させ更に強くさせるのだと思います 」
忍もカトリーヌと並んで走りながら笑顔を向ける。そして、伊織を発見し、フーコを捕らえた者の姿を見る。
・・・なにっ! ・・・
そこにいたのは人外。頭に4本の角の生えた赤銅色の巨大な鬼だった。
「なぜ、鬼が…… 」
鬼の戦闘力は人間の比ではない。鬼は、フーコの首を摘まみぶら下げている。そして、その鬼の横に朧気な影が見える。
・・・あの影は忍びのようだ あの忍びが鬼を口寄せしたのか ・・・
月夜は、影の正体を見極めようとするが、その影はゆらゆらと揺れていてまるで実体が掴めない。
・・・陽炎の術か だが、まずはフーコを救う事が先決 ・・・
そして、月夜は鬼に目を向ける。月夜の体と比べて鬼は二倍以上の大きさがあり、右手でフーコを摘まみ左手には巨大な棍棒を持っている。
・・・鬼の力は強大だ だが、スピードはどうかな 僕らが陽動して、その隙に伊織くんにフーコを救い出してもらおう ・・・
月夜と忍が飛び出そうとした時、鬼が咆哮する。その凄まじい咆哮に周囲の空気もビリビリと振動し、普通の人間であればショック状態で動けなくなっているところだった。
「ほう、我の咆哮を浴びて怯まずにいるか そこそこの力はあるようだな だが、十鬼神の一人、酒呑童子である我に出会ってしまった事を後悔するがよい 」
「酒呑童子…… あの伝説の鬼ですか これは少し手強そうですね 」
月夜たちに緊張がはしるが、ずいとカトリーヌが前に出る。
「あなたが、酒呑童子? 笑ってしまいますね 本物の酒呑童子は、私のお友達(注)にすでに倒されていますよ それに、十鬼神というのも笑わせますね 十鬼神にあなたのような鬼はいませんよ 私の事を知らないのですか 」
「このカラクリ人形ふぜいが、我を愚弄するか 貴様のようなデク人形、知るわけあるか 」
本物の十鬼神カトリーヌが、鬼に襲いかかる。鬼は巨大な棍棒を軽々と振り回しカトリーヌを粉砕しようとするが、カトリーヌはそれを軽く受け止めようとしてハッと気付いた。
・・・いけない せっかく、トビ様と睦美さんに直してもらったばかりなのに、この身体に傷をつける訳にはいきません ・・・
カトリーヌは風車のように激しく振り回される鬼の棍棒を左右上下に避けながら、無傷で攻撃する機会を狙っていた。
「忍術 ”暗闇” 」
「忍刀 ”三日月” 」
「風魔忍術 ”卍” 」
その時、月夜たちの声が一斉に響いた。
(注)「移ろう季節に想いを馳せる君」一部最終話を参照して下さい




