五十話 ある日の午後
五十話 ある日の午後
とあるスーパーマーケットの駐車場で落花星人の着ぐるみ(注1)が客寄せのパフォーマンスをしていた。激しいダンスをしながらお客様の車の誘導をしたり、カートを押して運んであげたりと忙しく動き回る彼は、先程から視線を感じていた。嫌な視線ではなかったが、子供がヒーローを見るような視線でもない。
ようやく、お昼のお客様が集中する時間を乗り切り一息ついた落花星人は、休憩をとるためスーパーマーケットの外に並んでいる自動販売機に向かった。そこで、また誰かの視線が自分を見ている事に気付いたが、向こうから出てくるまでは無視と決め込んだ落花星人は、自動販売機で缶コーヒーを購入すると、ぐびぐびと飲み始めた。
「こんにちは 」
我慢仕切れなくなったのか視線を投げかけていた人物が声をかけてきた。落花星人がわざと気付かないふりをしていると、突然目の前に現れグーパンチをしてきた。落花星人は、難なくパンチを避けると仕方ないというように目の前に現れた人物を見る。おおよその見当がついていたが、目の前のそれは以前とは違う人のように思えた。いや、人ではなくアンティークドールであるのだが……。
「土蜘蛛だよな 」
落花星人が恐る恐る尋ねるとアンティークドールは頷くが、今はカトリーヌですと訂正する。
「いや、なんだろう 前と感じが違うんだが 」
落花星人は首を傾げるが、カトリーヌはふふふっと不気味に微笑む。
「イメチェンしたんですよ 」
「イメチェン? 」
落花星人は、しげしげとカトリーヌの顔を眺める。そして、気が付いた。
「なんだ、その顔 あしゅら◯爵かっ 」
落花星人は爆笑していた。文字通り腹を抱えて笑っている。そこへ、店の裏口から刹那(注2)が顔を出した。
「おーい、刹那、来てみろ 面白いぞっ 」
落花星人に呼ばれ、刹那もカトリーヌの顔を見るとたまらず吹き出していた。
「あ、あしゅら男◯が現れた 」
刹那も落花星人とまるで同じ事を言い、同じく腹を抱えて、ミニスカートの中が見えるのも構わず足をバタバタさせ転げ回っていた。
「私のこの顔は”信頼”と”友情”の証 それを笑うとは許せません 」
カトリーヌの体から、まるで地球が砕け散るかと思うほどの殺気が放出される。
「おいおい、待て待て この星を壊す気か 」
「カ、カトリーヌさん、落ち着いて 」
落花星人と刹那は慌ててカトリーヌを落ち着かせようとするがカトリーヌの顔を見て、また吹き出してしまう。カトリーヌの顔は右がジュモー、左がブリュと左右で違う顔になっており、まるで往年の悪役○しゅら男爵のようなイメージになっていた。
「貴様、大嶽丸 死してその非礼を詫びよ 」
カトリーヌが落花星人に飛びかかろうとした時、おーいカトリーヌと呼ぶ声が聞こえた。それに続いて、カトリーヌさん何処と別の声も聞こえる。
「はい 」
カトリーヌが返事をするとトビと睦美がやって来た。二人とも買い物袋を下げ、満面の笑みで歩いて来る。
「ここにいたのか 買い物終わったから帰ろうか 」
「今日はこれでカトリーヌさんの復活パーティーですからね 早く帰りましょう 」
睦美が買い物してパンパンに膨れた大きなエコバックを見せる。そして、トビがカトリーヌの右側に並び、睦美はカトリーヌの左側に並び、カトリーヌの顔を嬉しそうに見つめる。カトリーヌも両側から手をつながれ、もう先程の殺気は消え去り、嬉しそうに二人と歩いていった。
「刹那、写真撮っておいたか? 」
「もちろん シャッターチャンスは逃さないよ 」
二人は口を押さえて邪悪にニヤリと笑うと、さあ仕事仕事とスーパーマーケットの仕事に戻っていった。
* * *
服部睦美の家でカトリーヌの体の修復が終わった復活パーティーが開催されていた。広い敷地で周囲に民家はなく、自然の中に大きな屋敷が建っていた。さすが名門服部家であると頷ける堂々たるお屋敷であった。
「いつも娘がお世話になっております あの娘は強情なところがありますから大変でございましょうが、よろしくお願いします 」
睦美の両親に揃って頭を下げられ月夜は恐縮していた。服部家といえば一流の家系である。世が世なら、とてもこのように気楽に入れる家ではないのだ。月夜の隣で忍も緊張していたが、睦美の両親も名門である”藤林”家に緊張していた。
「藤林家の方に当家にお越しいただけるとは光栄でございます それにしても、凄いお仲間でございますな 伊賀崎様に加藤様、それに風魔家の方までいらっしゃるとは」
睦美の両親はそうそうたる顔ぶれに感激していた。庭園の中にいくつも置かれたバーベキューコンロで、睦美に招待された風魔伊織が楽しそうに肉や野菜を焼いている。寅之助やトビも楽しそうだ。
「本来バーベキューはこうした広い自然の中でやるものですよね 」
「まったくだね 最近、密集した住宅街の中で集まってバーベキューをやって問題になっているけど、どうしてそんなとこでやろうと思うのかね 」
「本当ですよ そんな所でやったら周りに迷惑がかかるって子供でも分かりそうなものですけど 」
「先日亡くなった著名な漫画家(注3)の家が周囲の景観を損ねると問題になってたけど、騒音や煙の方が問題だと思うけどね 」
「集まって来た人の車も有料のパーキングには入れないで路上駐車して通行の妨げになっているようですし、ご病気の方や夜勤で昼は休みたい人がいると考えないのですかね 」
「自分たちの事しか考えていない人が増えてしまったんだろうね 個人の権利と主張する人が多いけど自宅の敷地だから何しても良いと考える人が増えているのかな でも、人に対する思いやりの心を失くしてしまっては、そんな人は僕には人間には見えないよ 」
「個人の主張ばかりして、なんだか悲しくなってきますね 」
月夜と忍は、ハァーと深いため息をついていた。
「どうしたんですか、チーフも忍さんもため息ついたりして もう、お肉も野菜も焼けますよ 」
睦美の元気な声で顔を上げると、寅之助もトビも伊織も、そして、カトリーヌも楽しそうに盛り上がっていた。
「あーっ、牡丹ちゃーん こっち、こっち 」
服部家の庭に姿を現したのは唐沢牡丹だった。いち早く気付いた睦美が声をかけると、牡丹も嬉しそうに走ってきた。
「師匠、呼んでいただいて嬉しいです 精一杯食べさせて頂きます 」
睦美に頭を下げる牡丹を寅之助が引っ張っていく。
「牡丹ちゃん、睦美なんていいから、こっち来て一緒に食べよう 」
その、鼻の下を伸ばしている寅之助を背後から伊織が羽交い締めにする。
「どうぞ、睦美さん 」
伊織が言うより早く睦美の踵落としが寅之助の脳天に決まっていた。
「おわーっ 」
呆気なくダウンした寅之助を見て、周囲から笑い声が沸き起こる。ここまでは、平和な午後の時間だった。
(注1)中の人は「移ろう季節に想いを馳せる君」に登場する十鬼神・大嶽丸である。
(注2)「移ろう季節に想いを馳せる君」のヒロイン、蓬莱刹那。スーパーマーケットの青果部で神来社澪の後を継いでアルバイトしている。
(注3)楳図かずお大先生である。先生の「恐怖」や「怪」、本当に怖かった。




