五話 謎の自動販売機2
五話 謎の自動販売機2
電車を降りてからバスに揺られ降りたバス停は、バスの標識に時刻表が付いたものがポツンと立つだけの質素なバス停だった。そこに降り立った四人のうち睦美以外の三人はげっそりとした顔をしていた。
「バイクでくれば良かった 」
寅之助の言葉に月夜が続く。
「まったくだ こんなに電車やバスが混むなら、走ってきた方が…… 」
月夜はそこでハッと気が付き言葉を濁す。忍は同感というように、うんうんと頷いていたが、睦美と寅之助は詰まらない冗談はいいからと冷めた表情だった。
「それじゃあ、私に付いて来てください 」
睦美はそう言うと、すたすたと歩き出した。三人はぞろぞろと睦美のあとを付いていく。しばらく歩くとバス通りを右に折れ住宅街の中に入るが、その左側は鬱蒼とした山になっていた。
「ここです ここから入るんです 」
確かに草が踏み分けられた小道があるが、昼ならともかく今は真っ暗で普通の人はまず歩こうと思わないような道だった。
「ほんとにここ入るのか? 」
寅之助が小道を指差し、睦美に尋ねる。
「そうですよ 怖いですよね 私も怖いです 」
「じゃあなんで入るんだよっ 」
寅之助が声を荒げるが、月夜がまあまあと執り成すと睦美に早く行こうかと催促する。気のせいか月夜と忍の目が、爛々と輝いているようだった。
「チーフは怖くないんですか? 」
「怖い?…… いやワクワクするね 」
「そうですよ なんか興奮してきますね 服、脱いでいいですか? 」
「忍くん 他の人の居る前で、わきまえなさいよ 」
二人のやり取りに一歩、いや三歩引いていた睦美だったが気を取り直し懐中電灯の明かりを点けると歩き出した。睦美を先頭に、寅之助、忍、月夜と並んで歩いていく。睦美が懐中電灯で照らす道以外は暗闇で何も見えない。時々、山の中で何かの音がして、その度に寅之助がビクッと反応するが、忍と月夜は逆に何か起こらないかと期待していた。
「ほんとにこれが近道なのか ずいぶん歩いてるかんじだけど 」
「近道ですよ 明るい住宅街歩くとずぅっと大回りになるんです 」
「毎日、こんな道を通って通勤してるのか ご苦労様だな 」
「慣れれば何でもないですよ 」
寅之助は不安を誤魔化すために饒舌になっていたが、月夜と忍は興奮を誤魔化す為無口になっていた。
「ほら あれです 」
睦美の言葉に三人は小道の先を見る。山の中にぼんやりと何かの灯りが見えた。一行が近付くとそれは確かに自動販売機だった。
月夜と忍が先を争って自販機の前に向かい、その前に立つと驚嘆の声を漏らす。
「これは凄い 」
「素晴らしい、自販機ですね 」
二人の言葉に何を期待したのか寅之助が覗き込み、ぎょっとした顔をすると落胆のため息を漏らした。
「どこがいいんですか こんなの、誰も買いませんよ 」
「いや 寅之助くん これは売れるぞ 」
「そうですね 大人のおも〇じゃなかったのは残念ですが これなら代わりに買ってもいいかもです 」
大人の〇もちゃ、買うつもりだったのかよ、と寅之助は赤面しながら忍を見る。当の忍は自販機の商品に夢中になり、あれこれと蘊蓄を睦美に述べていた。
「だいたい多くは神経毒の”α-ラトロキシン”が多いですが、これは”スペルミン”など複数の成分を持っているんですよ 」
喜々として話す忍は、昼間の仕事中には決して見られない高揚した顔だった。その時、この自販機に向かってくる懐中電灯の灯りが見えた。ゆらゆらと揺れながら近付いてくる。
「隠れてっ 」
睦美が小さく叫び横の藪の中に飛び込んだ。寅之助もそれに続く。月夜と忍は……。つい習性で木の上に飛び乗っていた。
「なんで 隠れるんだ 」
小声で寅之助が睦美に訊く。
「いや、別に 勢いで…… 」
てへっと睦美は舌を出した。
せっかくだからこのまま隠れていようと四人は身を隠したまま歩いてくる人物を待った。その人物はグレーのパーカーにジーンズを穿いた小太りの普通に見える男性だった。
小太りの男は、自販機の前に立つと喜々とした表情で商品を眺めている。どれを購入しようか決めかねているようだ。5分……。そして、10分が経過するが男は、まだ悩んでいるようで商品を購入する気配がない。
「優柔不断な男は見ていてイライラしますね 」
忍が小声で言い、忍刀を手に持った。
「忍くん 何をするつもりだ 」
「ちょっと脅かして差し上げるんですよ 」
「やめたまえ、忍くん 忍者は”忍ぶ者”これくらい耐えられないとは一流の忍者とは言えないぞ 」
ガーンとショックを受けた忍は忍刀をバックに戻すと、申し訳無さそうに月夜に目を向ける。その月夜は何かコソコソと動いていた。
「チーフ 何しているんですか? 」
「いや まあ 君の言うことも尤もだと思ってね 少し脅かすことにした 」
「チーフ 私に言った舌の根も乾かないうちに 」
「いや 忍者たるもの情報収集に障害がある場合、その障害を速やかに排除しなければならない 」
ガーンと再び忍はショックを受ける。
「まあ、見ていたまえ 忍術・釣瓶火!! 」
男の前に、突然木の上から幾つかの火の玉が落ち、空中でめらめらと燃えながら揺れ始めた。
「ひえぇーーーっ 」
「ひいぃぃーーっ 」
「うわぁーーーっ 」
男は飛び上がると転びそうになりながら山道を駆け出した。途中で本当に転んだようで懐中電灯の灯りが地面に転がった。
「いけない あの二人がいたのを忘れてた 」
「この暗闇の中、とんでもない速さで駆けていきましたね 」
睦美と寅之助は、生まれてからおそらく初めてだろうと思われる限界を突破したスピードで夜の山道を走り抜けた。




