四十五話 キッチンカーにようこそ3
四十五話 キッチンカーにようこそ3
四葉のキッチンカーにお客様が並び始め、これで順調にいくかと思っていると、明らかに柄の悪そうな男たちがやって来てキッチンカーの前のテーブル席にどっかと腰を降ろす。その如何にもな風体に、せっかく並んでいたお客様も逃げるように去る者が出てきた。
「申し訳ありません その席はサンドイッチを買ってくれたお客様が食べる為の席になりますので、御休憩の場合はお手数ですが、あちらの滝の方にあるベンチを御利用下さい 」
寅之助が男たちに言うが、男たちはニヤッと笑うと大声で騒ぎだした。
「こいつが気分悪いというんで休んでたら、ここは店の席だから他へいけと言われたよ ひどい店だね 病人に座らせてもくれないなんてな 」
男たちは、そう主張するが、どう見ても病人には見えなかった。
「とても具合が悪いようには見えませんが…… 」
それでも寅之助が食い下がると、男たちは立ち上がり凄みを効かせた顔で寅之助を睨み付ける。明らかに普通の職業の人間ではないオーラが辺りに発散されていた。せっかく、四葉のキッチンカーの前に並んでいた人たちも、その男たちの雰囲気から揉め事に巻き込まれるのはごめんだとばかりに散って行ってしまう。また四葉のキッチンカーの前には人がいなくなってしまった。
「あっ…… すいません 」
キッチンカーの中から四葉が去っていく人たちに申し訳なさそうに謝るが、その顔は悲しそうだった。その四葉の顔を見た寅之助、睦美、トビは胸の中に怒りの感情が湧き起こっていた。
「申し訳ないが、あんたたち営業妨害になりますよ 」
我慢出来なくなった寅之助が強気に出る。いざとなれば月夜も忍もカトリーヌもいる。こんな奴ら瞬殺してくれるだろう。そう思っていた寅之助だったが、辺りを見ても月夜たちの姿がなかった。
・・・えっ、チーフと忍ちゃんたち、何処に行ったんだ ・・・
寅之助は慌てたが、ここで引くわけにはいかない。しかし、揉め事を起こしてしまっては逆に四葉に迷惑をかけてしまう。
「はーい、フォロワーの皆さん、こんにちは トビとドールの徒然話 今日は”滝祭り”の会場から生ライブ配信でお送りします 」
そこへトビがスマートフォンで撮影しながらやって来る。そして、男たちに向かってスマートフォンを向け撮影しだした。
* * *
話は少し前に遡る。鷺坂と話していた月夜たちだったが、突然、鷺坂の後ろに人影が現れ他の来場者には気付かれないように、クナイを鷺坂の首に当てていた。黒い頭巾を被ったその人物は明らかに腕の立つ忍びであるといえた。
・・・穏形の術 まさかこの人混みの中で襲ってくるとは ・・・
月夜たちもけして油断していた訳ではないが、虚を衝かれた形になってしまった。これだけ人の多いイベント会場での襲撃とはリスクが大き過ぎるだろう。誰もがそう思う中での襲撃こそが、月夜たちのような一流の忍びの虚を衝く事が出来るのだ。勿論、そのリスクを回避出来る実力が伴わないと実行できる事ではないが、この敵はそれをやってのけた。
「まさか、水無月の仲間がこんな所にも首を突っ込んでくるとはな だがそれももう終わりだ 今日、貴様たちに引導を渡そう 」
頭巾の男は唇だけ動かして声を出さずに言ってくる。
「サイレンスではないようですが、僕たち相手に一人で来るとは少し自惚れていませんかね 」
月夜も唇だけ動かして相手に答えた。
「サイレンス? あんな奴と一緒にしてもらったら困る 私はエビデンス 私の方が遥かに上の階級だからな おい、そこの”くノ一”、手を開いて見せながらこちらに来るのだ 」
エビデンスは忍に命令する。鷺坂を人質に捕られている以上、忍は仕方なく手を広げて歩いていった。すると、エビデンスは捕らえていた鷺坂を突き飛ばし、忍の両腕を背中に回すと両手の親指だけをまとめてきつく縛り付ける。
「ククク、これでこの”くノ一”の両腕は死んだも同然 お前たちごときまとめて始末してもいいが、見せしめの為に一人ずつゆっくりと恐怖を味あわせて殺してやろう 」
月夜は忍が捕らえられて動揺していたが、それでも鷺坂が解放された事で安堵もしていた。そして、どうしても気になる事があり、それを訊かずにはいられなかった。
「一つ訊いていいか 」
「なんだ この”くノ一”の事ならすぐに死んでもらうので、心配する必要はない 」
「違う 忍くんの事は心配していない 忍くんは本物の忍びだからだ 」
「では、なんだ 」
「なんで君はエビデンスと名乗っているんだ? 意味が分からない なんの裏付けだと言いたいんだ? 」
「くだらんな 私こそが忍びだからだ 私が忍びの裏付け、確証なのだよ 」
月夜は思わず笑いそうになったが必死にこらえた。
・・・忍びの裏付け? こいつは何を言っているんだ こいつは本物の忍びがまるで分かっていない ・・・
月夜は気付かれないように自分の脚をつねり笑いをこらえていたが、忍とカトリーヌは我慢出来なかったらしく大声で爆笑していた。カトリーヌに至っては腹を抱えて地面を転がっている。が、これだけ馬鹿にされ笑われているのにエビデンスは何も感じないように冷静に無表情でいる。メンタルの面だけでは一流の忍びなのではと思ってしまう程だった。
「貴様らのような三流の相手をするのは疲れる 」
エビデンスは煙玉を地面に投げつけ破裂させる。辺りに白煙が広がりイベントの来場者も何が起こったのか騒ぎ出すが、白煙が消えた後にはエビデンスと忍の姿が消えていた。
・・・穏形の術だけは、なかなかやるが、忍くんを甘く見ているな ・・・
忍は追跡用の小さな虹彩玉を残していた。両腕が使えない状態も想定し、こういった事が出来るように常に準備おくのは基本だった。基本がしっかり出来ている事が一流と呼ばれる所以だ。
月夜とカトリーヌは忍が残していった虹彩玉の跡を辿り追跡を開始する。
・・・人が多いこの場所を離れてくれたのは助かる 一般の人に被害が出るのが防げるのは良かった ・・・
月夜とカトリーヌは”滝祭り”の会場を後にし、点々と落ちている虹彩玉を辿り滝のある山の中に入っていった。




