四十三話 キッチンカーにようこそ
四十三話 キッチンカーにようこそ
月夜たちは、取り敢えず何か食べようと、サンドイッチをそれぞれ注文する。
「へーっ、フルーツサンド系が、たくさんあるね 」
「このウインナーサンドも美味しかったですよ 」
「これは迷いますね 」
「迷った時は全部頼めば良いのよ 」
「そんなの睦美だけだろ 」
ワイワイと楽しそうに騒ぎながら注文する月夜たちを見て、一般のお客様も美味しそうと集まって来る。四葉は手際よくパンを切り具材を用意しサンドイッチを作っていった。その慣れた手つきに忍も睦美も思わず見惚れていた。
「流石ですね 流れるような無駄のない動きは見ていて美しいです 」
「うん、これなら、もっと作業姿を外から見えるようにするとアピール出来るんじゃないかな 」
「いや、私なんか姉の後を継いで始めたばかりですから、まだまだです 」
謙遜して四葉は言うが、月夜たちから見ても四葉の手捌きは素晴らしかった。
「それにしても君ならあんな男ども何でもないと思うけど、何か事情があるのかな? 同じ忍の者として力に成れればと思うけど 」
目立つことを極力避けている月夜が珍しく自分から首を突っ込もうとする。
「また、あいつらか 」
そこへ、騒ぎを聞き付けた鷺坂がやって来た。
「大丈夫ですよ、鷺坂さん 」
四葉は笑顔で答えるが、鷺坂は暗い顔をして四葉を見つめる。
「四葉ちゃん、本当に無理しないで さくらだって、四葉ちゃんに無理して欲しいとは思っていないよ 」
「わかっていますよ あんな奴ら始末するのは簡単だけど、私はこの姉のキッチンカーで勝ちたいんです あんなクズの妨害には負けたりしない 」
四葉は固い決意で言うが、睦美は鷺坂にちょっとと手を引きキッチンカーから離れると、興味津々な顔で鷺坂に事情を聞く。
「四葉ちゃんの姉のさくらとは、お互いキッチンカーをやっていて、イベント会場でよく顔を合わせたんです そのうちに言葉を交わすようになって、ホットサンドとサンドイッチですからね どちらが多く売り上げるか競争したりしているうちに付き合うようになったんです それでもお互い別のキッチンカーで営業していました 売り上げは何時もさくらの方が多くて、僕は悔しくてさくらに文句を言ったんです ホットサンドは調理に時間がかかるから回転率が悪いんだよってね そうしたら、さくらは、なら私はあなたの倍売り上げてみせると豪語したんです それがいけなかった それまで、さくらは忙しい中でもお客様と会話しながら楽しそうにサンドイッチを作っていたんですが、売り上げに固執するあまり、とにかく売りまくるようになってしまったんです 僕は、そんなさくらを見て心配になって、もう僕の負けだから売上勝負なんてやめようと言ったんですが、さくらも強情でして、一度言った事はやり遂げるまでやめる気はないと僕の言葉は聞いてくれませんでした。そんな時、さくらのキッチンカーの評判を聞いてグルメ情報をネットで配信しているという男がやって来たんです さくらは何時ものように注文された商品を渡して次のお客様の注文をとろうとしたのですが、その男はさくらから話を聞こうとマイクを向けてキッチンカーの前から退こうとしないんです さくらは次のお客様が待っているので、その男を冷たく追い払ってしまったんです 確かにさくらが悪いですが、その男はネットでさくらの態度を誇張して配信したんです さくらは謝罪しましたが、その時にはもう記事は拡散されていて、謝ればいい問題ではないと、またあることないこと書かれてしまいました ネットの恐ろしいところはそれがあっという間に拡散されて真実と思われてしまう点です さくらを知っている人間であれば、何か事情があるのだろうと思ってくれますが、その記事を読んだだけの人間は、さくらがそういう人間だと思ってしまいます それから毎日、さくらに誹謗中傷が送られるようになりました さくらは、私が悪かったのだから仕方ないよと言っていましたが、見ず知らずの人間から毎日送られてくるメールやメッセージに元気がなくなっていくのが分かりました それでもキッチンカーは私の大好きな仕事だからとイベントの会場に申請して場所を確保して営業していたんです ですが、今度はさっきの奴らのような嫌がらせも始まったんです ネットを見ない人もいるので、さくらのキッチンカーはそれでもある程度の売り上げはあったのですが、それもあんな嫌がらせが続くと無くなりました さくらのキッチンカーの前だけがらんと人の姿が失くなったんです さくらがどれだけショックだったか…… それが何回か続いた後です さくらは自殺してしまいました…… 」
「酷い話ね そのグルメ情報の男、懲らしめてやりましょうよ 」
睦美が興奮して拳を振り回す。
「いや、そうではないんです 彼は、さくらが謝罪したことで、怒りを収め、こちらの配慮も足りませんでしたと彼自身も謝罪しているのです そして、味は確かなので、皆さん彼女のキッチンカーをよろしくと応援してくれているんです 」
「えっ、だったらどうして? 」
「ネットで”世直し人”と名乗っている人物が、その後もさくらを攻撃し、どんどん拡散させていったのです 僕はこの”世直し人”が許せません さくらを殺したも同然です 自分は匿名で何も知らないさくらの事を好き勝手言って、卑怯にもほどがある 」
今度は鷺坂が拳を握りしめていた。
「四葉ちゃんは姉のキッチンカーを継いで、また前のように大勢のお客様に喜んでもらえるようにと頑張っているんです それが一番さくらが喜ぶと信じて…… だから、嫌がらせがあっても耐えているんです 四葉ちゃんなら、あんな奴ら瞬殺なのに…… 」
「鷺坂さん、彼女の正体知っているのですか? 」
月夜が聞くと鷺坂は大きく頷く。
「さくらから聞いていました 私の妹は超一流の”くノ一”なのよと自慢していましたよ 四葉に勝てる忍はいないわねとも言っていました 」
月夜は、あの時の忍はやはり四葉だったのかと思った。という事は狙われたのは僕ではない、サイレンスだ。でも、なぜサイレンスを……。月夜は、その点を確かめてみようと思った。
「鷺坂さん、彼女、四葉さんはサイレンスという人物、もしくは株式会社サイレンスと何か関係があるのですか? 」
月夜の問いに鷺坂は驚いたように目を大きく見開いた。




