四十二話 ディキャンプ5
四十二話 ディキャンプ5
トビはキッチンカーの中の男性に話しかける。
「今度、僕のブログで紹介したいと思うのですがよろしいですか? 」
「ええ、構いませんよ よろしくお願いします 」
男性は気安く了承してくれるが、そこで、ちょっとお願いがあるんですがと、写真を撮っているトビに頭を下げる。
「僕の知り合いの妹がキッチンカーをやっているんですけど苦戦しているんですよ 今、キッチンカーは結構競争が激しいですからね 味は悪くないんですが、色々ありまして…… 彼女のことも紹介してくれませんか あなたは悪い人ではないと思いますのでお願いします 」
「ええ、いいですけど…… いい人か悪い人かと言われるとちょっと答えに困りますが…… 紹介くらいなら喜んでさせてもらいます 」
「ありがとう 正直ですね やっぱり、あなたはいい人ですよ あの赤い軽トラのキッチンカーが彼女です 彼女の名前は”三田村四葉” 僕は鷺坂善行といいます 僕から聞いたと言ってください 」
「分かりました 三田村四葉さんですね さっそく行ってみます 」
トビは食べ終えたホットサンドの包みをゴミ箱に入れ、コーヒーのカップを持ち歩き出した。イベントの会場なのでかなり大勢の人出があり賑わっていたが、その赤い軽トラのキッチンカーの前だけは人が少ないように思えトビは首を傾げた。
・・・サンドイッチか 美味しそうに見えるけれど…… ・・・
他のキッチンカーの前は活気があるのだが、近付くにつれ赤い軽トラの前は人がいない。キッチンカーの前に置かれたテーブルにもお客様の姿が見えなかった。トビがキッチンカーを覗くと若い女性が、いらっしゃいませーっと嬉しそうに微笑んでいた。
「ハムサンドとたまごサンドと…… このウインナサンドというのをください 」
「はい、ありがとうございます ハムサンド、たまごサンド、ウインナサンドですね そこの椅子に座って少々お待ちくださいね 」
四葉は慣れた手付きでサンドイッチを作り始める。そして、あっという間にお皿にサンドイッチをのせて持ってきた。
「いただきます 」
トビが食べてみると、パンも柔らかく挟んである具材も申し分なかった。やはり、その場で調理するだけあり非常に美味しいと言えた。
・・・これだけ美味しければ、もっとお客さんがいてもいいと思うけど ・・・
トビは何が原因なのだろうと不思議に感じた。その時、トビの持っていたコーヒーカップに目を止めた四葉が、あれっという顔をした。トビもそれに気付き口を開く。
「実は鷺坂さんに頼まれまして、三田村さんのキッチンカーを紹介するつもりだったのですが 今食べてみて非常に美味しかったので僕自身、是非紹介したくなりました 三田村さんがよろしければお願いします 」
しかし、四葉は暗い顔をして首を振る。
「ありがとうございます ですが、そういう事でしたらご遠慮致します 私にあまり関わりにならない方がいいと思います 迷惑をかけてしまうといけませんので 申し訳ありません 食べ終わりましたら、ここから早くお帰りになってください 」
「何か事情があるようですね それなら、コロッケサンドとこのオムレツサンドもください 」
トビは四葉が話しやすいようにするにはどうするか考える為、商品を追加注文し時間を稼ごうとした。そして、出されたサンドイッチをゆっくり頬張りながら思案を巡らす。すると、なにやら数人の男がやって来てサンドイッチを注文しだした。
・・・うん、ちゃんとお客さんも来るじゃないか ・・・
少しホッとしたトビはテーブルから四葉の様子を見ていたが、何故か顔が強張っているような気がする。そして、サンドイッチを受け取った男たちは、その場で食べようとしたが口には入れず地面に叩きつけた。
「おいおい、今食べようとしたら何か変な虫が入ってるじゃないか ふざけるなよ 」
男たちはいきなり騒ぎだした。四葉は頭を下げているが男たちは大声で騒ぎ、外に出てきて土下座しろと喚いている。そのうち、男の一人が勝手にキッチンカーの中に入り、四葉を連れ出した。四葉は男たちに囲まれ小突かれている。
「ちょっと待って下さいよ その人が調理している時に虫なんか入っていませんよ 」
トビが我慢できずに口を挟むと男たちが睨み付け、トビの胸ぐらを掴んできた。
「関係ない奴はすっこんでろっ!! 」
男は拳を振り上げトビを殴りつけようとしたが、その腕ががっしりと掴まれる。
「俺の同僚にいきなり何しようとしてんだよ 」
寅之助が男の腕を捻り上げる。
「あなたも土下座なんてしなくて良いわよ たかが虫くらいで、大の男が情けない 」
自分は虫鍋で大騒ぎした事を棚において睦美が男たちを小馬鹿にする。
・・・カトリーヌは居ないよな? ・・・
トビは慌てて周囲を見るが彼女の姿はなかった。取り敢えずトビは胸を撫で下ろす。
・・・カトリーヌが、僕にこんな事してる男たちを見たら、この男たち殺しかねないからな ・・・
と、安堵したのも束の間、おーいと月夜たちがやって来てしまった。まだ、忍は月夜に抱きついたままでカトリーヌに足を持たれ宙に浮いている。
「酷いじゃないか、君たち 他人のふりして逃げるなんて…… 」
月夜が情けない顔で言う。
「なんだこのコントやってるオッサンたちは? 」
男たちが爆笑するが、その途端、恐ろしい殺気に見舞われ体を硬直させた。
「君、僕の事を今、オッサンと言いましたか? 死にたいのですか? 」
月夜の言葉と同時に忍が殺気の籠った目で男を睨み付け、男の首もとに”三日月”の刃を当てている。残りの男はカトリーヌの蜘蛛の糸で自由を奪われていた。
「助けて 許してください 」
首に刃を当てられた男が忍が本気であると悟り震えながら言うが、忍は問答無用で首を掻き切ろうとする。しかし、その忍の腕を四葉が止めていた。
「あのロードレース大会の時の方たちですね ここで会うとは驚きです あの時、レースに勝った私に免じてここは退いてくれませんか あまり目立ちたくないのです これ以上目立って悪い噂を立てられたら…… 」
月夜と忍、そしてカトリーヌもあの時一緒に走ったセーラー服に褌の”くノ一”だと気が付いた。
「”四葉のクローバー”さんでしたか 」
カトリーヌは男たちを拘束した糸を切り、忍も”三日月”を引っ込めた。男たちは悲鳴を上げ転ぶように逃げていった。




