四十一話 ディキャンプ4
四十一話 ディキャンプ4
睦美は愛に借りた自転車キャリーミーでキャンプ場内を走り回っていた。小径タイヤのキャリーミーに最初こそ苦戦していたが、ようやくこの自転車にも慣れ、それなりに乗れていた。
「久しぶりに自転車に乗るとしんどいわ 昔は全然平気だったのに 」
睦美がハァハァと息を荒くしながら戻ってくると弱音を吐いていた。
「もう歳なんだから無理するなよ、睦美 」
「はぁ? あんたと変わらない歳なんだけど 」
寅之助の言葉にむくれる睦美を見て愛が楽しそうに笑う。
「お二人とも、仲が良いんですね それにその自転車も彼の自転車も変速機が付いてないから平坦路以外はけっこうしんどいですよ 私もすぐ息が上がります 」
「ほら、やっぱり歳のせいじゃないから 高校生の愛ちゃんだって息が上がるって 」
睦美が鬼の首を取ったように、それみろと胸を張る。その時、トビのうわぁという大声が響いた。何事かと睦美たちがトビの元に走りよると、トビは昨夜みんなで食べた鍋の後片付けをしているところだった。そこで何かを発見したようだ。
「あっ、ごめん トビくん 後は私がやるからいいよ 」
睦美がトビに代わり、鍋を掴むと昨日の残りを捨てようとした時、鍋の中身が目に入った。
「ぎょえぇぇぇーーー!! 」
睦美も悲鳴を上げ、愛と寅之助も覗き込むが二人はきょとんとした顔をしていた。
「む、虫 ほら一杯鍋に入ってる 私、知らないで虫鍋を食べちゃったんだ 」
屋外で仄かなランタンの灯りで食べていたので鍋に飛び込んできた虫に気が付かなかったようだ。睦美が恐怖におののいて鍋を指差すが、愛も寅之助も平気な顔だった。
「大丈夫ですよ、睦美さん よく煮込まれているようですから 」
「睦美、これがキャンプの醍醐味だぞ 」
平気な顔で言う二人に睦美は信じられないという顔をする。
「睦美さん、イナゴの佃煮とか食べませんか 今はコオロギのお煎餅もあるようですし、昆虫食は当たり前ですよ 」
「睦美も昨日、うまいうまいと食べてたじゃないか この虫の出汁がきいた鍋 」
「嫌だぁ、タイムマシーンがあったら昨日の夜に戻りたいよぉ 」
睦美はこの世の終わりのような顔で騒ぎ出す。月夜たちも何事かと集まって来た。
「ははは、睦美くんは意外にデリケートなんだね 虫は立派なタンパク源ですよ 食物繊維も豊富で、銅、鉄、マグネシウム、マンガン、リン、オメガ3等も含んでいる立派な食糧じゃないか 」
「食べたのは昨日の夜ですから、もうとっくに消化吸収されていますね 」
忍の言葉に睦美は情けない顔になり、触角が生えてきたらどうしようと騒ぎ立てる。
「そうなった、私と本当のお友達ですね 」
カトリーヌに肩を叩かれ睦美はうわぁと泣き出した。それを見て全員が楽しそうに笑いだした。
キャンプの後片付けが終わり、愛と誠は自転車で山を下り、最寄りの駅から輪行して電車で帰りますと言っていた。月夜たちはバイクなので、ここから逆に山を登り近くのインターチェンジから高速道路にのって帰る予定だった。
「僕たち昨日、この山の上から来たんですけど”滝祭り”というイベントやっていて良かったですよ キッチンカーも一杯出ていて楽しかったです 」
「へぇ、キッチンカーか 最近増えてるよね 家の近くの駅前にも、小籠包やお芋のスイーツのキッチンカーが出ているよ 」
虫鍋でダメージを受けていた睦美が元気を取り戻して言う。
「僕もお祭りなんかの屋台の出店も好きだけど、キッチンカーは味もしっかりしているし良いですよね 」
トビもキッチンカーに興味があるようで話に乗ってくる。
「前にイルミネーションを見に行った時、そこに来ていたキッチンカーから買って食べたフレンチトースト、旨かったなぁ 」
その寅之助のちょっとした呟きに、すぐにカトリーヌが反応した。
「へぇ、イルミネーションですか 誰と行かれたんですか? 」
カトリーヌが訊いてはいけない事を訊いてしまう。睦美の眉が怒りでピクピク動いていた。
「ひ、一人だよ、一人 」
寅之助が慌てて強調するが、その慌てぶりがすでに墓穴を掘っていた。睦美の顔がさらに強張る。
「それじゃ、帰る途中に寄ってみましょうか 」
忍の提案に寅之助は救われたように賛成する。月夜たちも同意して、そのイベントに寄ってみる事にした。そして、ここで愛と誠と別れ、バイクに乗って走り出す。愛と誠は軽快に自転車で山道を下って行った。
* * *
「けっこう、賑わっているね 」
イベント会場に着くと大勢の観光客やイベントのスタッフ等で、人が溢れていた。キッチンカーも駐車場の隅にズラリと並んでいる。
「よーし、突撃ぃぃ 」
もう、すっかり機嫌の良くなった睦美が、いち早くバイクから降りキッチンカー目指して走って行く。そして、月夜たちが追い付いた時にはもう睦美は幾つかの商品を購入しリスのように頬張っていた。
「これ美味しい 」
睦美は紙のカップに入れられたフレンチトーストを頬張り、満面の笑みを浮かべていた。それを見た寅之助が睦美の持っている紙カップからフレンチトーストを一欠片取り、パクッと噛った。
「ちょっと、とら 何すんの 」
睦美は手で奪い取るのかと思ったが、そのまま口で寅之助の口から出ているフレンチトーストに噛りつく。端から見れば大勢の人混みの中でキスしているように見える。
「あらあら、熱いですね 」
カトリーヌが冷やかし、忍はぐふぐふと不気味な笑いを浮かべ何やら企んでいるようであった。
「けっこう大胆だね、君たち 」
月夜が呆れたように言うと、忍がいきなり抱きついてきて唇を重ねてくる。こちらは本当のキスだ。
「ちょ、忍くん 場所をわきまえなさい 」
月夜は慌てるが、忍はタコのように吸い付いて離さない。月夜は指文字でカトリーヌに忍を離してくれと伝える。カトリーヌは忍の足を持って月夜から放そうと引っ張るが、忍は月夜に抱き付いて離さない。腕は月夜に抱きついたまま足を持ち上げられ引っ張られ、忍の体は宙に浮いていた。
「もう、なんかのコントね 」
「恥ずかしいから、他人の振りしろ 睦美 」
睦美、寅之助は知らんぷりしてキッチンカーの方へ忍び足で逃げるように歩いていった。その頃トビは別のキッチンカーでホットサンドとコーヒーを購入し、満足気に頬張っていた。
「これは美味しいですよ これなら毎回評判になりますよね 」
トビは笑顔でキッチンカーの中の男性に声をかけた。




