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 三十八話 ディキャンプ


 三十八話 ディキャンプ



 睦美は寅之助から、もう諦めていたキャラクターグッズを受け取り感極まっていた。


「ありがとう、皆さん わざわざ隣町のお店まで行って頂いて、このご恩は一生忘れません 」


 睦美は全員に頭を下げて回っていた。


「睦美さん、気にしないで下さい 普段の睦美さんの行いが良いからですよ 」


「そうそう、なんと云ってもカトリーヌのお友達ですからね 」


「まあ、睦美に奢られたままじゃ、後が怖いからな 」


 忍、トビ、寅之助の顔を見回しながら睦美は本当に良い友人を持ったと感激していた。


「あれっ、チーフは? 」


 月夜が席に居ないことに気付き睦美が声をあげると、調べものがあるとかで会議室に行きましたよとトビが答えた。忍も隣で頷いている。睦美が御礼を言いに行こうとすると忍が引き留めた。


「今は忙しいようなので、後にした方がいいと思いますよ 」


 忍に、ぐいっと腕を捕まれた睦美は何かあったに違いないと察し、大人しく止まっていた。


 その頃、月夜は一人、風の忍術について調べていた。あの突風に紛れた“千本“の威力は凄まじく、対飛び道具用のマントで身を守るのが精一杯だった。サイレンスも逃走し、攻撃を仕掛けてきた何者かも、嵐のような攻撃が止んだと思うと既に姿を消していた。自分を狙ったのか、サイレンスを狙ったのか、それとも逆にサイレンスを助けにきたのか、何もかもが不明だった。


・・・風の忍術か、僕の知らない世界だ ・・・


 月夜が得意とするのは“闇の忍術“だった。文字通り闇に紛れての暗殺だ。その為の気配の消し方、死角からの攻撃等が秀でている。狙われた者は、自分自身も知らないうちに、気付いたら殺されていたという結果になる。その月夜だが、今回風の忍術に手も足も出なかった。忍術に優劣などない。その忍術を使う術者の問題なのだ。火の術者と水の術者が戦えば、水の術者が有利かと云うとそんな事は有り得ない。火の術者が手練れだった場合、水の技を蒸発させてしまう。結局、その忍術を極めているものが強いのだ。それならば、極めた者同士が戦ったらと考える者がいるだろうが、ゲームと違いまるで同じレベルまで到達している人間など有り得ない。僅差であっても、一歩、一秒、優れている方が勝つのである。月夜たちが日々鍛練を欠かさないのは、その到達点を少しでも高くする為だった。


・・・敵なのか味方なのか分からない以上、僕ももっと強くなっておかなければ ・・・


 相手の姿ははっきりとは確認出来なかったが月夜は、あのロードレースで出会ったセーラー服のくノ一だろうと予想していた。あれ程の風の忍術使いがそうそういるとは考えられなかったので……。


 難しい顔をして席に戻ってきた月夜に早速睦美がお礼を言いに来た。


「チーフ、悩んでいる時は発散するのが良いですよ 」


 お礼の言葉の後に図星を突かれて月夜は苦笑する。


「まったく、睦美くんの眼には敵わないな 」


「週末、またみんなで出掛けましょうよ 気分転換に良いですよ 」


「そうだな そうするか 」


 ようやく顔を綻ばせた月夜を見て忍が睦美にお礼を言った。


「有り難う、睦美さん ずっと難しい顔をしてたから助かりました 」


「いえいえ、奥さまには敵いませんよ 」


 睦美の言葉に忍もグフグフと不気味に顔を綻ばす。就業時間が終了してから会議室に集合した月夜たちは、そこで寅之助の提案でディキャンプに行く事になった。


「私、キャンプなんて初めてです 」


「僕もアウトドアは苦手だから初めてだな 」


 睦美とトビは初めてのキャンプに浮き浮きだった。月夜と忍はキャンプというものは経験ないがアウトドア全般お手のものであるが、自称ベテランキャンパーの寅之助にリーダーを任せる事にした。


「それでは高速のパーキングに集合で!!」


「はーい!! 」


「了解!! 」


 会社の前で解散してから忍が月夜に寄り添ってきた。


「みんな、チーフが難しい顔しているから心配で仕方なかったんですね 本当に好い人たちばかり 」


「そうだな、僕は人に恵まれているよ だから、もっと強く成らなきゃな 」


「大丈夫ですよ 前にチーフが言っていたでしょう 1人の力より2人の力 1人の力で足りなかったら2人で当たれば良いんです 私は何時でもお供しますから 」


 忍はグフグフと不気味に笑うと、それではキャンプの準備がありますからと風のように走り出し、あっという間に見えなくなっていた。



 * * *



 高速で二時間と少し、インターを降りてから一時間ほど走ったところで目的のキャンプ場に到着した。


「うわぁ、良いところじゃない 」


 寅之助のバイクの後部シートから降りた睦美が声を上げる。今回は高速道路を使うため睦美は寅之助のタンデムで参加していた。


「良いだろう 俺の一押しのキャンプ場だ 」


 寅之助が自慢気に胸を張る。高速道路を降りてから海から山の方に向かい県境の山の斜面に小さなキャンプ場が設営されていた。市営のキャンプ場で料金は無料。水場もあり、トイレは1つだが水洗のトイレが設置されている。しかも、キャンプ場内に浅い小さな渓流が流れており、夏などはそこで水遊びをしたら子供でなくても楽しそうだった。


「よーし、それじゃ作業開始ー! 」


 寅之助が号令し、みんな各々動き出した。寅之助はあっという間にドームテントを2張り設営する。


「日帰りなのにテント張るの? 」


「日帰りでも休憩したり昼寝するときにテントがあると良いんだよ 横になれると疲れがとれるから それに日差しも遮れるしな 」


 寅之助の説明に成る程と睦美は納得した。トビとカトリーヌは研いできた米を飯盒に入れ、切ってきた野菜やお肉を鍋に入れ食事の準備を始めている。月夜と忍は、火を起こしコーヒーを淹れていた。


「これ、何ですか? 私、初めて見ます 」


 月夜が火の上に乗せているパーコレーターを見て睦美が珍しそうに見つめる。


「これはパーコレーターというコーヒーを淹れる道具だよ サイフォンやドリップが一般的だけど、ことアウトドアではこのパーコレーターが一番だと思うよ 」


「ただし、アウトドアに限ってですね お家で飲む場合はドリップした方が断然美味しいと私は思います 」


「忍くんは、そう言うけど僕は家でも別に美味しいと思うけどな 」


「いえ、それならフレンチプレスの方が私は好きですね 」


「うん、フレンチプレスで淹れたコーヒーも美味しいけどね 」


 お互い譲らない月夜と忍を見ていて睦美はハラハラしてきた。するといきなり二人にじっと見つめられる。


「もう出来るから睦美くん飲んで感想言ってみてよ 」


 パーコレーターの蓋の透明なつまみの部分がコーヒー色になり、良い香りが漂ってきた。その香りに釣られて寅之助やトビたちもやって来る。


「パーコレーターで淹れたコーヒーって美味いんだよなぁ 」


「僕は初めてですね 」


 月夜はステンレスのカップを人数分並べコーヒーを注いでいく。


「うわっ、何か変わった味 」


「本当だ それに粉っぽいですね 」


 初体験の睦美とトビが感想を述べるが、寅之助が、指を振る。


「お前ら、この味が良いんだよ いかにもアウトドアな感じだろう 野趣あふれる感じが最高だろう 」


「確かにね こういうところで飲むと最高ね それにこのカップも雰囲気あるし 」


「ステンのカップは丈夫で洗いやすいしキャンプにはうってつけなんだよ ただ味噌汁や牛乳なんかの塩分が多いものや乳製品は腐蝕の原因になるから注意が必要だけどな 」


 へーっと睦美が寅之助を見直したように見つめ、トビもふうんと頷いていた。


「でもさ、別にサイフォンでも良いんじゃない? コーヒーメーカーみたいに電気使わないし 」


「もちろん、サイフォンでもフレンチプレスでもいいけど、どっちも殆どガラス製だろう こんな外で突風が吹いたり落としたりしたら、まず壊れるからな その点パーコレーターなら金属製だから多少落としたくらいでは壊れないしな アウトドア向きなんだよ 」


 寅之助の講釈に睦美もトビも納得した。それを聞いていた月夜はふと思い付く。


・・・突風でも壊れないか…… ・・・


 しかし、あの突風に紛れた無数の“千本“に対抗するには防御だけではダメだ。こちらも攻撃を仕掛けないと。月夜は2杯目のコーヒーを淹れる為、火にかけたパーコレーターの透明なつまみの中をポコポコと沸き上がるコーヒーを見つめていた。


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