三十六話 回転寿司の悲劇2
三十六話 回転寿司の悲劇2
忍はすでにギブアップでお寿司には食指が動かずスイーツやドリンクの方にシフトしていた。
「お寿司屋さんのスイーツとか大したことないだろうと思っていましたが、どうしてどうしてこの”みかんゼリー”非常に美味ですよ これならいくつでもいけそうです 値段もゼリーにしては高価ですが 」
忍は美味しそうにみかんゼリーを頬張っている。
「このフルーツも美味しいぞ やっぱり高価だけどね 」
口直しにフルーツを頼んだ月夜も嬉しそうに口に運んでいる。とはいえ、月夜も忍も普段は粗食なので彼らの舌を当てにしてはいけない。味よりも、毒が入っていないかの方に注意する二人なのだ。
「この”炙りまぐろ”旨いな 」
寅之助はよほど気に入ったようで、同じものを頼み続けていた。睦美は頭で計算しながらひたすら高価なネタの握りを注文している。それもお腹がふくれないように一貫の物中心にする徹底さである。トビも色々考えながら注文しているようで、うまく金額を合わせてガチャが回せるように工夫していた。その甲斐もあってかなりガチャを回しているが、当たりが出てもカプセルの中は缶バッチばかりでフィギアは一つも出なかった。
「こんなに出ないなんてこの席が外れなのかな? 」
さすがに睦美も不平を洩らし始めた時、隣のテーブルで歓声が上がる。見ると見事にキャラクターのフィギアを当てていた。しかし、そのテーブルに座っているお客は、可愛いフィギアとは不釣り合いのむさ苦しい男二人だった。
「もしかするとあの二人、転売目的で来ているのかも 」
つい睦美が憎々しげに呟くが、月夜が諭すように言う。
「睦美くん、自分のお子さんのために頑張っているのかも知れないし、そんな見た目で判断するのは良くないよ 」
「そうですよ 見た目はあれですが、可愛いもの好きな男性かも知れませんよ 」
「僕だってビスクドール好きだったりしますからね 」
「まったく睦美は自分の気に入らないと文句ばかりだからな 心が小さいんだよ 」
月夜に続きみんなから忠告され、睦美も自分が恥ずかしくなったのか素直に謝った。
「ごめんなさい 自分が出ないからつい嫌なことを言ってしまいました 」
「さすが睦美くん その素直なところが素晴らしいよ 」
「きちんと謝れる人って素敵ですよね 」
「さすがカトリーヌと友達になった人だけありますね 」
「まっ、睦美は根は良いやつだからな 」
今度はみんなに褒められ睦美は顔を赤くしていた。すると今度は、はす向かいのテーブルから怒声が上がる。
「ちょっと、こんなに回してるのに出てこないけど本当に入っているの? 」
見るとテーブルの上には空のカプセルが山のようにあった。家族連れで来店しているようで小学生くらいの子供二人と夫婦の四人で、あれだけガチャを当てたとは俄には信じられないほどだった。睦美たちが総掛かりで当てた数よりも多いくらいである。
「本当にフィギア入っているのか確認してよ 」
女性の方が店員に食って掛かっていた。御主人と子供二人は困ったような顔をしている。
「申し訳ありません カプセルは全部混ぜてランダムに入れていますので私たちにも何処に何が入っているか分からないんです 」
店員は丁寧に答えるが、女性は納得しないようでさらに無理な注文をする。
「これだけ回したんだからサービスで一つ持ってきなさいよ 」
「申し訳ございません お客様皆様の公平を期す為それは出来かねます 」
ひたすら謝罪する店員だったが睦美はその女性の顔を何処かで見たことがあると感じていた。そして、頭の中の記憶に女性の顔がヒットした。
「チーフ、忍さん あの人、牡丹ちゃんに痴漢した女性ですよ 」
驚いて月夜と忍も確認すると確かにあの時のホームで見た女性だった。
「伊織くんが営業の人だと言っていたけど、本当にそうなのかな? 普通、営業だったらどこで関わるか分からないから、こんな揉め事起こさないと思うけど 」
「確か伊織さん、彼女、雫石さんは懲戒処分を受けたと言っていましたから、もしかしたら部署も変わったのじゃないですか 」
忍の言葉に月夜もなるほどと頷く。
「そうか、それはあり得るね それにしても、こんな騒ぎをまた起こして会社の人の耳に入ったらと思わないのかね それとも何か別の意図があるとか わざと揉めているようにも見えるしね 」
月夜は、もしそれが何か自分達に関わりのあることならば突き止めておかねばと考えていた。先日のキャラクターグッズ販売会場での事もある。また、睦美が狙われている事も考えられる。そんな思案をしているうちに、雫石たちは席を立ち会計に向かうようだった。
「ごめん、睦美くん 少し用事が出来た 今日はこれで帰らせてもらうよ 取り敢えず僕と忍くんの分、これで 」
月夜は紙幣を置くと睦美の返事も待たずに席を立っていた。残された面々はテーブルに置かれた紙幣を見つめていた。
「あの 睦美さん、ごめんなさい 多分チーフ間違えて置いたんだと思うから足りない分は私が出しますから 」
恐縮する忍の言葉に慌てて睦美は手を振る。
「いえ、今日はホントにいいですから それにしてもチーフ、よくこんなお札持ってましたね 」
テーブルの上には、五百円紙幣がピラッと置かれていた。




