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三十三話 市民ロードレース2


 三十三話 市民ロードレース2



 睦美はスタートの号砲と同時に全力でダッシュしトップに躍り出る。寅之助とトビも慌てて睦美について行く。


「おいおい、こんな序盤から飛ばしてたら10キロもたないぞ! 」


 寅之助が睦美に助言するが、睦美は何食わぬ顔で走り続ける。


「何言ってるの 疲れてからトップに追い付くなんて不可能でしょう 始めから自分がトップに立つ 先手必勝よ 」


 成る程と寅之助もトビも睦美の後に食いついて行く。


「皆さん、頑張って下さい 」


 その三人の前方を後ろ向きに走りながらカトリーヌが応援している。


・・・なんで応援している人がランナーより速いの ・・・


 睦美は納得できない表情で更にスピードを上げようとするが、その横を風のように何かが追い抜いていった。それに続いてまた何かが追い抜いていく。その瞬間、カトリーヌの姿も視界から消えていた。


・・・な、何?? ・・・


 睦美は何が起こったか分からず、後ろに着いている寅之助とトビを振り返ったが、彼らはもう余裕がなく虫の息でフラフラとなんとか着いてきている状態だった。


・・・もう、ほんとコイツらは頼りにならない ・・・


 二キロ毎に設置されている給水所で水分を補給した睦美は、だらだらと休んでいる寅之助とトビを置いて走り出したが、水分補給している間にかなりの人数に追い越されていた。


・・・大丈夫、まだ女性ではトップ このまま遅れないで着いていけばいける ・・・


 睦美が心の中でガッツポーズをした時に、隣にランナーが並んできた。


「睦美さん、速いですね 」


 にっこりと微笑む女性を見て睦美は驚愕する。


・・・なんで、この人が参加してるの? 市民じゃないはず ・・・


 睦美は自分のビクトリーロードが閉ざされたようで恨めしそうな顔で女性を睨む。


「こんにちは、伊織さん でも、伊織さんって市民だっけ? 」


「ああ、私は課長の付き合いで引っ張り出されたんですよ グループに市民が居ればOKみたいですよ グループ優勝狙うんだなんて言ってましたけど、なんかズルいですよね そのくせ課長、あまりに遅いんで置いてきました 息子の正一君は児童の部で良い順位に入ったのにお父さんの威厳失くなりますよね 」


 伊織はまったく余裕で笑いながらペラペラと喋る。


・・・このまま話ながら油断させておいてゴール前3メートルでダッシュしてやる ・・・


 睦美は姑息な手を考え、伊織を油断させる為に世間話を持ちかける。


「正一君は運動神経良さそうだもんね お父さんの方は酒飲みの印象しかないなぁ 」


「会社でもぱっとしないからね 居ても居なくても分からないかも 」


 伊織はすっかり話に夢中になり、酷いことを平気で言い出す。睦美は内心ほくそ笑みながら、伊織の話にのるように喋りまくる。


「想像出来るかも そんな人居ますよね そういえば、うちのチーフと忍さんも参加していますけど見かけましたか? 」


「ああ、あの二人ならスタートと同時に飛び出して行きましたよ 二人で競争しているんじゃないですか? それに、その後1人追いかけて行きましたね あの勢いなら今頃もうゴールしているんじゃないですか 」


「ええ! そんなぁ 」


 睦美はへなへなと力が抜けていく。


・・・こうなったら、もうやけ食いしてやる ・・・


 睦美はスパッと気持ちを切り替える。


「このレースの最終給水所にはリンゴが置いてあるんですよ 皮を剥いてカットしてあるリンゴが食べ放題 この市民レースが別名リンゴロードレースと呼ばれる所以です 」


「へぇ、それは良いですね 私、リンゴ大好きです 」


「それを食べる為だけに参加する人もいるみたいですよ 」


「そうか、参加費がローカルレースにしては高額なのはそういうことなんですね 」


「ゴールした後にもリンゴ食べ放題が用意されてるけど、レース中に食べるリンゴも格別ですよね 」


「良いことを聞きました 私も是非元をとるくらい食べようと思います 」


 もう二人はレースの勝敗よりもリンゴをいかに食すかだけに興味が移っていた。



 * * *



 月夜と忍はセーラー服に褌の少女に追い付こうとスピードアップするが、二人がスピードを上げると少女も同じようにスピードを上げ、一向に差が縮まらなかった。と、そこへ二人に追い付いてくる人影があった。月夜と忍に並んだ人影は、つぶらな瞳で二人を見つめる。


「おいおい、カトリーヌくん 君は参加していないだろう 」


「何か楽しそうなので来てみました 皆さん速いですね 特にあの前を走る方、相当な実力者ですね 」


「カトリーヌさんなら追い付けますか? 」


「それは…… 私は人外ですから でもこの体が耐えられるか不明です また壊してしまってはトビ様に叱られてしまうので 」


「トビくんには僕から頼んだと伝えるから、彼女に追い付いて名前だけでも聞いてくれないか 」


 月夜が走りながら懇願するとカトリーヌは嬉しそうに手を振ると更にスピードを上げ二人の横から消えていった。そして、先頭を走る少女の横にあっという間に並んで走る。


「こんにちは 」


 カトリーヌがつぶらな瞳を向けると少女はぎょっとしたように顔を硬直させる。


「こ、こんにちは あなた、いったい何者? 」


「私はカトリーヌ あなたは? 」


「わ、私は三田村 黒田流の三田村四葉よ 」


「聞いたことあります あなたがあの四葉のクローバーですか 」


「私って、そんなに有名なの? 」


「いえ、言ってみただけです それでは頑張って下さい 」


 カトリーヌは少女の名前を確認すると、スピードを落として月夜たちに合流する。


「彼女の名前は、三田村四葉だそうです 黒田流と言っていました 」


「三田村というと、福岡の方ですね 黒田流でありながら甲賀の流れも汲んでいる筈です 」


「時代が時代なら忍くん 伊賀の流れを汲む君にとっては敵という事になるね 」


「そうですね でも今時、伊賀も甲賀もないですが あれっ、チーフ あれ何ですか? 」


 月夜が忍の言葉に釣られて横を向いた瞬間、忍がダッシュしゴールラインを越えていた。


「私の勝ちですね、甘太郎焼きはいただきです さあ早く睦美さんに追い付きましょう 」


 ぐうの音も出ない月夜を置き去りにして忍はカトリーヌと2周目に突入していた。セーラー服の少女はすでに視界から消えており、その気配を感じさせるものも残っていなかった。





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