三十話 限定グッズが欲しい2
三十話 限定グッズが欲しい2
10時の開店時間になりショッピングモールがオープンする。月夜たちがゾロゾロと中に入って行くと、モール内のイベント広場にロープが張られ特設会場が作られていた。ロープ内に置かれた棚には、ぬいぐるみやマグカップ、スリッパやタオル等様々なキャラクターグッズが陳列されている。睦美はそれを見て目が飛び出そうなほど興奮していた。そして、最初に入場出来る整理券を持った人達が会場内に入って行く。30分毎の入れ替え制なので、睦美たちは会場前で30分は待ちぼうけだ。
「ああ、大丈夫かなぁ 無くならないかなぁ 」
会場内の人達が次々にグッズを取り買い物籠に入れていくのを睦美はハラハラと見守っていた。
「あーっ、うさぎ無くなったみたいですね 」
「あっ、ねこも無くなりましたよ 」
「ひぃぃーーっ 」
月夜と忍の言葉に睦美は涙ぐみ悲鳴を上げる。
「いや、店員さんが補充してる まだ在庫あるみたいだ 」
寅之助の言葉に睦美は思わず寅之助にヒッシと抱きついていたが、補充された商品もどんどんとまた減っていく。
「大丈夫だよね まだ在庫あるよね 」
「まあ、主催者もたくさん売りたいだろうから充分用意しているとは思うけどな 」
「うぅぅ 」
睦美は早く30分経過しないかと祈るような気持ちだった。その時、睦美の頭に男か女か、大人か子供か分からない声が響いた。
・・・”うさぎ”のぬいぐるみを買いなさい ・・・
睦美は誰が言ったのか周囲を注意して見るが、皆目見当もつかない。しかし、その声が聞こえてから”うさぎ”のぬいぐるみだけが、どんどんと購入されていく。スタッフも慌てて、”うさぎ”を補充するが並べたとたんに売れていく。睦美は泣きそうな顔で、その有り様を見て硬直していた。
「暗示みたいですね 」
「しかも、空蝉を使って術者が何処にいるか分からないようにしています 」
月夜と忍が周囲の様子を探るように観察するが、怪しい人物は見当たらなかった。
「”うさぎ”が無くなっちゃう 」
とうとう睦美は一目も憚らず泣き出していた。
「泣くなよ、睦美 みんな暗示にかけられているなら、暗示を解けば良いんだ 」
寅之助は両手を合わせて印のようなものを結んでいた。そして、何かぶつぶつと呟いている。その内に、それまで”うさぎ”のぬいぐるみを買い物籠に入れてた客が、ハッと我に返ったように”うさぎ”のぬいぐるみを棚に返し始めた。
「ほう 寅之助くん、真言ですか 」
「そういえば寅之助さんのお兄さんの知り合いが神来社さんなんですよね 」
「えっ、チーフと忍ちゃん、澪姉の事知ってるんですか? 」
「以前、会った事があってね その時に君の事を言っていたからね 」
「とは言っても、お顔とお名前が分かる程度ですよ 」
そこへ睦美が割り込んでくる。
「チーフ、真っ先にあの”うさぎ”のぬいぐるみを確保して下さいね 」
「は、はい、分かりました 」
鬼のような睦美の形相に素直に返事をする月夜だったが、暗示をかけた者の意図が分からず”うさぎ”のぬいぐるみに何かあるのかと考えていた。
「皆さん、興奮状態で暗示にかかりやすいとはいえ、これだけ集団に暗示をかけるとは何者ですかね 」
忍が周囲に聞こえないように、口の動きだけで話してくる。
「うーん よほど”うさぎ”のぬいぐるみが欲しかったのか 或いは睦美くんに対する嫌がらせなのかな 」
「睦美さん、嫌がらせされるような人には思えませんけどね 」
「まあ、人間どこで恨みを買うか分からないからねえ 」
二人が話しているうちに時間になり会場の入れ換えが始まった。スタッフに整理券を渡した睦美は怒涛の勢いで突進し、買い物籠にマグカップやキーホルダー等小物をどんどん入れていく。月夜と忍も睦美に頼まれたぬいぐるみを確保し買い物籠に入れた。寅之助や、トビ、伊織、牡丹も、もう頼まれたグッズを確保して早々にレジ前に並んでいる。月夜たちも自分用にマグカップを籠に入れレジ前の列に並んだ。そして、会計時にこの時だけ配布するというシールを受け取ったが、睦美の危惧した通りクリアファイルは既に品切れになっていた。
「ふう、クリアファイルは残念でしたが、これで取り敢えずミッションクリアだね 」
「なかなか盛り上がるものですね 」
大勢の人が、このグッズの為にこれだけ集中して集まっているのは、ある意味壮観といえる。一人で大量に購入している者もいれば、明らかに月夜たちと同じように連れてこられた風のグループもいた。睦美は両腕に紙袋を下げ、ぬいぐるみを三体抱えながらご満悦の表情で会計を済ませ歩いてくる。伊織が睦美に、こっちこっちと手を振り、睦美が嬉しそうに月夜たちのいるベンチに向かって来ようとするが、会場から出てきた大勢のお客の群れに阻まれ小柄な睦美の姿が見えなくなった。
その一瞬の隙間。
イベント広場に小さな悲鳴が上がった。月夜、忍、伊織がそれを聞きつけ走り出す。大勢の人混みの中に睦美が倒れていた。睦美の安否を確認すると、怪我はないが意識を失って倒れている様子だ。すぐに救急車を頼み、周囲の様子を探ってみるが怪しい人物などは見当たらなかった。
「くそ、あの暗示、やはり睦美くんを狙ったものだったんだ 」
「そのようですね 注意深い普段の睦美さんなら気が付いた事でも、今日は自分の好きなキャラクターグッズにばかり意識が集中していましたからね 」
月夜たちが睦美の周りに集まり周囲を警戒している様子を陰から観察していた人影はまたクククと小さく笑う。
・・・これでいい 上手くいった ・・・
その時、人影は睦美の周りにいた人間が真っ直ぐに自分を見つめているのに気付いた。
・・・まさか、気付かれた? ・・・
人影はサッと身を隠し、そのまま人並みに紛れ消えていった。
「どうした、トビくん? 」
立ち尽くし固まっているトビに月夜が声をかける。
「あ、いえ、何でもないです 」
トビは我に返ると、睦美が落として床に転がったキャラクターグッズを拾い始めた。
* * *
「くそっ、何者だ 絶好の機会だったのに 」
人影は思わず怒りが口をついて出てしまい慌てて周囲を見回すが、周りを行き交う人々は何も気にした様子もなく歩いている。人影は手にしたグッズを眺めた。
・・・この”うさぎ”可愛い ・・・
計画は失敗したが、このグッズが手に入ったので良しとしよう。人影は少し気持ちが明るくなっていた。




