二十八話 道の駅
二十八話 道の駅
ラーメン店を後にした月夜たちは、睦美の要望で道の駅に立ち寄ることにした。結局、伊織も月夜たちと一緒に行動する事になり牡丹の後をついてバイクを走らせている。
道の駅に到着すると、平日であるのに関わらずかなりの数の乗用車が停まっている。月夜たちは二輪車用の駐車場にバイクを停め歩きだした。
「なんでしょうね、この視線 先程のラーメン屋さんでは殺気に近いものを感じましたが今はそんな事ないですね 」
「ああ、一体何者が何のために僕たちを見張っているのだろう 」
月夜と忍がこそこそ話していると、伊織も加わってくる。
「あのカラオケの時の奴らですかね でもそれにしては大人しいような あれだけ荒っぽい事をしてきたのに 」
「そうなんだよね 今のところこちらに危害を加えようという気はないようだけど 」
月夜が考えながら答え、さらに続けた。
「風魔さんには申し訳ないね 何だか関係ない事に巻き込んでいるみたいで 」
「いえ、いいんですよ 私、嬉しいんです 今まで私の一族しか居ないと思っていた忍者が他にも居たなんて興奮しちゃいます 」
「まあ、忍者は大っぴらには主張しないからね 影に隠れた存在だからね 」
「でも、これまで修行してきた力を生かせるかと思うとワクワクしてくるんですよ 」
「油断はしないで下さいね 私たちの仲間だと思われたら風魔さんも狙われる可能性がありますから 平気で人を殺す連中です 」
「ぞくぞくしますね 」
忍の言葉に伊織はかえって楽しくなったと言いたげだった。その時、睦美が大声でみんなを呼ぶ。何事かと駆けつけると睦美が、見て下さいと前の冷蔵の陳列棚を指差す。
「れもん牛乳がこんなに種類があるんですよ 紙パックが二種類、カップタイプが一種類 それにほられもん牛乳プリンやようかんまで 」
睦美の持つ買い物籠はれもん牛乳で埋まっていた。
・・・そんなに持って帰れるのか? ・・・
月夜は、買い物籠一杯のれもん牛乳を見て疑問に思ったが、睦美はまだ名残惜しそうに陳列棚を見つめていた。
* * *
昼過ぎの穏やかな一時、血走った目で月夜たちを見つめる男たちがいた。ラーメン店の駐車場にいる月夜たちを監視していると一台のバイクが駐車場に入ってきた。
「あれは伊織だ あいつも待ち合わせしてたのか 」
「僕たちも昼にしませんか もうお腹ペコペコですよ 」
「ダメだ ここで監視の手を緩める訳にはいかない 」
「そこまでしなくても…… 」
「いーや、ダメだ このまま待機だ 」
「あー 美味しそうなラーメン食べてますよ 」
「チャーシューメンかな おっ餃子も…… 」
昼抜きで月夜たちを監視している男たちは、美味しそうにラーメンを食べている月夜たちに殺意がムラムラと湧いてきていた。
* * *
「このまま正体も分からずに帰るのは危険だ 上手く誘き出して正体を探ろう 」
「そうですね 睦美さんにも協力を頼みましょう 牡丹さんが狙われている可能性もありますし 」
そこで簡単な作戦をたて睦美にも協力を仰いだ。睦美も二つ返事で了承し、監視者を炙り出す為動き出す。
睦美は牡丹と二人でトイレに向かった。そして、トイレの中で素早くライダースーツの上にジャケットとパンツを着用しウィッグも付けメイクも変え別人のように簡易変装し別々にトイレから出てきた。しばらくすると、帽子をかぶりマスクをつけた男が二人現れ、女子トイレを気にしている。まったく明らかに不審者である。睦美たちが出てこないので慌てているようだった。
「あの二人に間違いなさそうだね 」
物陰に隠れて様子を見ていた月夜がニヤリと笑う。
「何か見たことあるような気がしますね 」
忍が少し戸惑いながら言う。
「とにかく、懲らしめてあげましょうよ 」
伊織が楽しそうに言い、気配を消した三人は二人組の男に背後から近付いて行く。そして、あとわずかで手が届くという所まで忍び寄った時、何者かが月夜たちの背後から襲いかかってきた。
「なにぃ 」
まったく気配を感じなかった三人は動揺するが、襲撃は一人だと瞬時に看破し月夜が襲撃者に対し、忍と伊織は前の男二人の確保に飛びかかった。月夜は敵の”くない”をかわしながら自分も忍刀で応戦する。頭巾とマスクの間のつぶらな瞳に月夜は見覚えがあった。
・・・まさか ・・・
月夜が一瞬驚いた隙に一匹の蜘蛛が月夜の体に貼り付きモゾモゾと服の下に潜り込もうとする。
「タ、タイム 」
思わず月夜がタイムをかける。敵の動きがピタリと止まった。
「ここでタイムとは これから面白くなると思いましたのに 」
「いやいや、君 カトリーヌだろう 戦いなら今度付き合ってあげるから、ここでは止めておこうよ 」
月夜がカトリーヌを説得していると、男二人を捕らえた忍と伊織がやって来た。捕らえられた男二人は寅之助とトビだった。
「酷いよ、忍さんも風魔さんも 問答無用でこれだから 」
縄でぐるぐる巻きにされたトビが情けない声で言う。
「睦美が出てこないんだけど、何かあったんじゃないか 」
同じくぐるぐる巻きにされている寅之助が、早くトイレを見に行ってくれと忍と伊織に懇願するが、その寅之助の前に一人の女性がスッと立つ。
「私なら、ここにいるわよ 」
「へっ? 嘘だ、お前 睦美はもっと不細工だ 」
寅之助の一言に激怒した睦美が怒りの鉄拳を叩き込む。
「おげぇー 」
寅之助はあっさりダウンした。
* * *
「いったいどうして、こんな事したのよ まったくストーカーじゃない 」
睦美が縛り付けられた寅之助の頬をグリグリと指で押しながら尋問する。
「だって、お前がこそこそしてて三人で有休取ったりするから何かあると…… 」
「ほんと馬鹿 チーフの厄除けに来ただけじゃない 私もバイク買ってツーリングしたかったから あんたもトビくんも厄除け関係ないでしょ 」
そこで月夜は恐ろしい事に気が付いた。
「あの、君たち有休申請していなかったけどどうしたの? 」
「病欠ですよ 俺もトビくんも 」
「という事は…… 今日は僕の部署、全員欠席…… 」
月夜は明日出社した時の課長の苦い顔が頭に浮かんだ。厄除けに来て厄を背負い込んだ気分だった。
「でも、ちょうど良かった 罰としてあなたたち二人、私の荷物持ち決定ね 」
睦美は満面の笑みを浮かべると、れもん牛乳の陳列棚に二人を連れていった。
・・・まさか、これも睦美くんの計画じゃないよな ・・・
月夜は三人の後ろ姿を見送りながら身震いした。
* * *
帰り道、伊織のインカムに声が入る。
「あの二人以外には監視していた者はいないようです 」
「ありがとう それなら問題ないわ それと唐沢牡丹という女の調査は進んでる? 」
「そちらの方はまだ…… 」
「ふうーん…… 」
伊織は前を走る牡丹の後ろ姿を見つめた。




