二十三話 ホームにて
二十三話 ホームにて
「おはようございます 」
睦美が元気に追い越していく。月夜と忍は、睦美の後ろ姿を見つめていた。月夜たちの部署でツーリングに行ってから早3ヶ月がたとうとしていたが、特に変わった事もなく平穏に日々は過ぎていった。月夜は業務の傍ら、睦美を調べてみたが特に怪しい様子は見られず、今まで通り普通に仕事をこなしていた。
株式会社サイレンスにも何度か訪問し、仕事の話がてらそれとなく探りを入れてみたが、こちらも怪しい気配は今のところ感じられなかった。知り合った金田は、やはり経理の課長で社内でも印象通りの評判だった。伊織にも、あれから何度か会っているが仕事の話以外の事はガードが固くなかなか聞き出せずにいた。
それに、この3ヶ月の間に、社長は姪を亡くし、トビも幼馴染みを亡くすという事件があり、みんなの気持ちが沈んでいた為、月夜も忍者として平常心を保とうとしていたが精神的にダメージがあったのは否めなかった。
その雰囲気をなくそうと、伊織と一緒に新年会をやろうという話が睦美から持ち上がっていて、月夜たちも情報を仕入れる千載一遇のチャンスと大いに盛り上がっていた。
「それではチーフも参加OKですね 」
「ああ、勿論 年初の結束を高める為にも良いと思うからね 邪魔でなければ是非参加させてくれ 」
「分かりました 先日の居酒屋半蔵の予約とっておきますので、チーフ、こちらの方は頼みますよ 」
睦美は抜け目なく指で丸を作る。チャリーンという音が聞こえたようで月夜は苦笑したが、社長はともかくトビを元気付けてあげたいという思いもあり、まあ、ボーナスはでてくれたから大丈夫だろうと気楽に考える事にした。とは言え今回のボーナス少ないんだよな、忍くんへのクリスマスプレゼントは勘弁してもらおう、と忍が聞いたら激怒するような事を考える月夜だった。
* * *
帰宅途中の睦美が、駅のホームで着いた電車から降りる人達を待っていると、電車から降りてきた一人の若い女性が中年のサラリーマンの男性を指差し、痴漢ですと騒ぎだした。途端に周りがざわつき駅員も駆け付けてくる。サラリーマンの男性は、違いますと手を振るが、女性の方は間違いないと譲らない。睦美は電車に乗らずに成り行きを見守っていたが、ついと前に出るとグレーのビジネススーツを着た一人の女性を指差す。
「痴漢をしていたのは、この女性ですよ 」
「何、言うんですか、いきなり! 」
指差された女性は慌てて否定し、痴漢をされた女性は、えっという顔をする。
「無実の男性が罪に問われてしまうのは許せませんので、口を出させて頂きます 」
「何なの、この女 人を犯人呼ばわりして 証拠も無いのに、名誉毀損で訴えますよ 」
「どうぞ御自由に それでは、警察を呼んであの女性から指紋とDNAを採取してもらいますので、偽証罪に問われないと良いですね 」
グレーのスーツの女性はピクピクと顔を硬直させ何も言えずにいる。
「私も帰りが遅くなると嫌なので、早く謝罪してもらえますか 」
睦美が女性に詰め寄ると、その睦美の目を見たグレーのスーツの女性は驚愕しガクリと膝を落とした。
「すいませんでした 私がやりました 」
「と、言うことです 」
偉そうに腕を組んで睦美は駅員にグレーのスーツの女性を引き渡す。そして、痴漢された女性を振り返る。
「貴女は勇気ある女性ですね 素晴らしいです でも、冤罪を作ってしまっては本末転倒です あの男性に一言謝られた方が良いと思いますよ 」
女性は男性に頭を下げる。
「申し訳ありません 私の早とちりで大変な事になるところでした 本当にすみませんでした 」
「あっいえ、無実だと分かってもらえれば良かったです 」
男性は頭を下げると、それではと去っていった。
「あの男性も、良い方で良かったですね 名誉毀損だなんて騒がられたら面倒でしたよ 」
若い女性は、ガシッと睦美の手を握るとうるうるした目で見つめる。
「師匠っ!! 」
「へっ? 」
「これも何かのご縁 是非これからも御指導御鞭撻お願いします 」
そう言うと女性は、睦美に名刺を渡し、連絡下さいと告げ去っていった。しばらく茫然としていた睦美だったが、くるりと振り向く。
「いつまで見てるんですか? チーフ、忍さん 」
人混みの後ろで気配を消して睦美を見ていた月夜と忍は、ドキッとして顔を見合わせる。月夜と忍が気配を消していれば、1メートル迄近づいても気付かれる事はない筈だが、睦美はそれよりも遥か離れている二人に気付いていた。
・・・私たちに気付くなんて、やはり睦美さん、普通ではないですね かなりの変態ですね ・・・
・・・ああ、慎重にいこう ・・・
二人は内心の動揺を悟られないように普通に睦美に近付いていく。
「やあ、睦美くんを見かけたから声をかけようと思ったらおかしな事になったんで声をかけそびれたんだよ 」
「何、言ってるんですか、チーフ 随分前から居たじゃないですか チーフが、あの男性を助けてくれなかったので私が出たんですよ 」
睦美の言葉に月夜たちは、やはり気付いていたのかと思いながらも、それを表情に出さずに微笑みながら睦美に話しかける。
「いや、ごめん お詫びにコーヒーでもどうだい? 上に良い喫茶店があるから 」
「あっ”樅の木”ですね チーフの驕りですか? ケーキも食べたいかも 」
睦美は早く行きましょうと、ずんずんと歩き出す。そして、ボックス席に腰を降ろして、コーヒーとケーキを注文すると満面の笑みを浮かべていた。駅ナカの他の喫茶店は入り口で食券を購入して自分でコーヒーを取りに行くセルフ式の喫茶店がほとんどだが、ここは注文を聞いて運んでくれる昔ながらの喫茶店で、その落ち着いた雰囲気もあり月夜のお気に入りの喫茶店であった。店内ではコーヒーの香りとサティのジムノペティが静かに流れており、外の駅構内の雑踏とはまるで別世界である。
「でも何でチーフと忍さん、あんな所に居たんですか? チーフたちの乗り換えホーム9番線ですよね 」
「ほら、だから、睦美くんを見かけたから…… たまにはコーヒーでもと思ってね 」
「それにトビくんが元気ないから、今度の新年会で元気出してもらうにはどうしたら良いか相談しようと思ったんですよ 」
忍が月夜をフォローして付け加えるが、睦美は自信たっぷりな顔で答えた。
「トビくんなら大丈夫ですよ 彼はそんなに弱くありません それにカトリーヌさんが一緒ですから…… 」
* * *
睦美は何時ものように電車を降りバスに揺られ住宅街の所から近道に入る。そして、暗い夜道を歩いて行くと、例の自販機が見えてきた。
・・・えっ ・・・
睦美はドキッとする。自販機の前に人がいる。それも金髪の女性のようだ。睦美はドキドキしながら気付かれないように通り抜けようとしたが、その女性がクルッと睦美を振り向く。
「こんばんは、睦美さん 」
「ひっ 」
睦美は小さい悲鳴をあげてしまったが、金髪の女性はカトリーヌだった。前と同じようにゴスロリの服を着たカトリーヌがつぶらな瞳で見つめている。
「こ、こんばんは、カトリーヌさん、どうしたんですか、こんな所で? 」
「睦美さんを待っていたんですよ 」
「わ、私を? 」
「そうです 睦美さん、貴女は私の正体に気付いていますね 貴女の私に対する態度は明らかに違いますから 」
「ひぃぃっ すみません 誰にも言いませんから殺さないで 」
「何、物騒な事を言っているんですか 私は貴方に感心しているんですよ そして、私の話を聞いてもらいたくて待っていたのです 」
カトリーヌは、真っ直ぐに睦美を指差し断定した。
「貴女のその瞳 真実の眼”トゥルーアイ”ですね 」




