二話 忍の正体
二話 忍の正体
「前から思ってたんですけど、チーフはなんで私達の事を名前で呼ぶんですか?
別に嫌とかではないんですが…… 」
突然、睦美が月夜に詰め寄る。
「そういえば、俺のことも”寅之助くん”だもんね 」
寅之助も、どうしてという顔を向ける。忍も口にこそ出さなかったが、私もそうだわと月夜をジッと見つめる。
・・・当たり前だろう 服部、伊賀崎、それに藤林、どれも一流の忍者じゃないか 恐れ多くてその名前を呼べる訳ないだろ ・・・
月夜は心の中で思ったが、それは口に出さずしまっておいた。
「別に深い意味はないけどさ 僕たちは同じチームだから、名前で呼んだ方が親しみが増すかと思ったんだ 」
月夜は、飛び切りの笑顔を作り三人を見回すと答えた。
「なーんだ そういう事だったんですね じゃあ私もこれからみんなを名前で呼んでいいですか? 」
「俺は別にいいよ 」
「私も問題ありません 」
「じゃあ、忍さん 寅之助、よろしく 」
「俺は呼び捨てかよ、睦美 」
「なんか、あんたに呼び捨てにされるとムカッとくるわね 」
「お互い様だ 」
「まあまあ 仲良くな 」
月夜は慌てて二人を執り成した。
* * *
翌日、月夜が出社すると事務所の玄関前で社員が固まって考え込んでいた。なんだろう?と月夜が思いながら近付くと、彼の姿を発見した睦美が走り寄ってくる。
「よかった、チーフ チーフは事務所のカギ持ってますよね? 」
「えっ、ああ…… 」
月夜はスーツのポケットを探る。が、カギの気配がない。それで思い出した。今朝、ミーが対決を挑んできて、ばたばたしていたのでうっかり忘れたようだ。
「えーっ チーフも忘れたんですか なんで今日に限ってカギ持ってる人全員忘れるのかなぁ 」
睦美が大袈裟に嘆く。
「仕方ない 社長の家が一番近い 私が社長に電話して持ってきてもらう 」
「でも社長は、おそらくこの時間は超機嫌悪いですよ 」
女子社員の言葉に、社長に電話しようとしていた課長は指を止める。電話越しに社長に怒鳴られる自分の姿を想像したようだ。その時、月夜は三階建ての自社ビルの、三階仮眠室の窓は換気の為いつも開けてあるのを思い出した。そこから忍び込んで中からカギを開けるか、そう思った月夜は忍び足で集団から抜け出す。そして、ビルの裏にまわりお目当ての三階の窓を見上げた。
「えっ 」
そこにはすでにビジネススーツの忍が飛び乗っていた。
・・・なにやってんだ、忍くん スカートの中が丸見えだぞ ・・・
月夜が見ていると三階の窓から忍び込んだ忍は、すぐにまた窓に姿を現すとそこから飛び降り何事もないように玄関の方に忍び足で歩いていった。そして、何気なくみんなの前に出ると玄関のドアノブに手をかけあっさりと開けた。
「カギ開いてたみたいですね 建付け悪くて閉まっているように感じたんでしょう 」
しれっと言いながら忍は中に入っていった。
「おいおい という事は昨日最後に帰った奴の閉め忘れか 誰だ 」
課長はじろりと見回して言う。
「すいません 僕です 以後気を付けます 」
月夜は自分に落ち度がある訳ではないが謝っておく。忍くん、あの身のこなしはやっぱり僕と同じ忍者か。月夜は一度彼女の事をじっくり調べる必要があると感じた。
* * *
定時で上がった忍の後をつける為、月夜も今日は早々に仕事を切り上げる。そして、忍の尾行を開始したが、忍の帰路は月夜の想像を絶していた。
まず、橋を渡らず川の上を走って渡る。そして、橋の袂に居た犬と何やら会話した後、今度はマンホールから地下に降り、真っ暗で迷路のような地下水路を迷いなく走っていく。さらに地上に出たと思ったら民家やビルの上を飛び移り、そこからようやく普通に道路に戻り歩き出した。そして、スーパーマーケットに入っていく。
・・・夕食の用意かな ・・・
月夜は電信柱の陰からスーパーマーケットの出入り口を見張っていた。
「チーフ 何か用ですか 」
突然、背後から声を掛けられ月夜は、ひっと声を漏らす。全然気配を感じなかった。振り向くと案の定、無表情の忍が立っていた。
「女子社員のあとをつけるなんてストーカーですね 」
「いやっ 違うっ 」
慌てて月夜は否定するが、忍は疑いの眼差しで見つめてくる。
「キモイです 」
「何を言うんだ、忍くん これは…… そう、家庭訪問しようと思ってですね…… 」
と、突然、忍は服を脱ぎ始めた。
「ちょ…… 何やってるんだ、忍くん 」
月夜は慌てるが、忍は脱いだ衣服をきれいに畳むと風呂敷で包んだ。そして、髪を後ろで結ぶと拳を上げ月夜に向かって戦闘態勢をとる。
「その姿はいったい…… 」
忍は黒いレオタードに黒い網タイツ姿になっている。
「これは現代の”くノ一”のスタイルです 私のあとをつけたという事は私の正体を知ったという事 私の正体を知られたからには死んでもらいます 」
「ちょっと待ちたまえ、忍くん それが現代の”くノ一”のスタイルなのか? 」
「その通りです かの大盗賊”猫の目”の皆様を参考にしたので間違いありません 」
月夜はいそいそとスマートフォンを取り出した。
「すまんが忍くん、写メ撮らしてくれ 母さんに、教えてあげないと…… 」
仕方ないですねと、忍はカメラの前でポーズを決める。月夜は忍を撮影しながら、その足元を見て衝撃を受けた。
・・・エアジョーダンレトロ、三万円以上するシューズじゃないか 僕の靴の三足分だぞ ・・・
「忍くん、そのシューズは? 」
「さすがチーフ、お目が高い これは素早い動きやジャンプに最適なシューズなのですよ 」
忍は嬉しそうに微笑んだ。
・・・うむ…… 必要な物にはお金をかける どうやら、忍くんも一流の”くノ一”のようだ ・・・
ふふふっと月夜の顔にも笑みがこぼれた。
「さあ、それではチーフ 死んでもらいます 」
忍は、忍刀を手に飛び掛かってきた。