十七話 ツーリングに行こう3
十七話 ツーリングに行こう3
無事、早朝のパーキングエリアで集合した月夜たち5人+1は、次の集合場所のパーキングを決め、そこまではフリー走行として走り出した。みんな乗っているバイクの性格が違うので、飛ばす者ゆっくり走る者、それぞれだった。
「ねえ、とら あんた意外と安全運転なんだね チーフたち、もう見えないよ 」
睦美がインカムで寅之助に話しかけてくる。
「当り前だ、バイクの性格が違うからな 簡単に大きく分けるとチーフと忍ちゃんのバイクはスポーツタイプ、俺やトビ君のバイクはツーリングタイプだな それに大事な睦美を乗せてるんだから安全運転するに決まってるだろう 」
えっと小さく声を出した睦美は、寅之助に思い切りぎゅうっと抱きついた。その二人の少し前をトビのビラーゴがゆったりと走っている。ヘルメットから出たカトリーヌの金髪がきらきらと輝いていた。
「トビ君も安全運転なんだね カトリーヌさん乗せてるからかな 」
「いや、違うと思うぞ トビ君のビラーゴの空冷Vツインのエンジンは、この位のスピードで走ると最高に気持ちいいんだ 睦美も知ってるだろう あのアメリカのハーレーと同じ形式のエンジンだ トビ君、今アメリカの西海岸でも走っているイメージなんじゃないか 」
「へえー、そうなんだ 寅之助も意外とロマンチストなんだね 」
「ば、ばか 何言ってんだ 」
「褒めてるんだよ、とら 」
睦美は、また寅之助を抱きしめた。ほんの僅かな時間であるが、今まで以上に二人の間が縮まった感覚が確かにあった。
* * *
「あなた、正一がトイレだって…… 」
「もう少しでパーキングだ それまで我慢できるか、正一 」
「うん 大丈夫 」
後ろの席から正一が元気に答える。一応渋滞に備えて携帯トイレは用意してあるがパーキングまで我慢できるなら、その方がいい。金田はナビ画面を見る。次のパーキングまでは後2キロくらいだ。その時、妻の明子が、危ないと叫ぶ。隣の追い越し車線を走っていた白いミニバンが急に車線を変更してきたのだ。金田は慌ててハンドルを切り、右の追い越し車線に逃れ、事なきを得たが、今度はその白いミニバンが金田の軽自動車の後ろにぴたりとつけクラクションを鳴らし煽ってくる。
「パパ、怖い 」
後部座席の正一が怯えて泣き出す。金田は急いで走行車線に戻り道を譲るが、白いミニバンも金田の後を付いて来るように車線を変えてくる。助手席の明子も顔面を蒼白にしていた。その時、パーキングの入り口が見え金田はウインカーも出さずにハンドルを切りパーキングの駐車場に車を滑り込ませた。ミニバンはパーキングの入り口に入りきれずに走っていった。金田たちは、ほっとして駐車場に車を停めトイレに行こうと車から降りドアをロックした時、本線に合流するパーキングの出口車線からものすごい勢いでバックしてくる白いミニバンがあった。
まさかと金田が見つめているうちに白いミニバンは金田の前で停まり、運転席と助手席から柄の悪そうな男が降りて来た。
「おっさん ずいぶん危ない運転してるな 危うく事故るとこだったぜ 」
おそらくこういう喋り方するだろうと金田が思っていた通りの喋り方で男が喋り、金田の胸ぐらを掴んでくる。
「あなた 謝ってっ 」
明子が、こういう輩には何を言っても無駄だから謝ってしまえと金田に言う。金田も勿論理解している。
「すいません 以後気を付けます 」
金田は男に頭を下げるが、もとより男は他の目的があるようで、損害賠償をよこせと言ってきた。
「損害賠償って…… 車はぶつかっていないと思いますが…… 」
「はぁ 精神的な慰謝料だよ それとそこの奥さんにも慰めてもらうとするか 」
もう一人の男が明子に向かって迫ってくる。ひぃ、明子は小さく悲鳴を上げるが、男はへらへら笑いながら歩いて来る。こいつら普通じゃない。金田は背筋が凍りついた。
「分かった、金は払う 」
「いい心がけだ 奥さんはサービスタイム45分にまけてやるよ 」
男は、もう一人の男に早くさらって車に乗せろと命令した。
「ママになにするんだ 」
小学生の正一が男の手に縋り付くが、殴られ道路に転がった。
「分かった 金も払う 何でもするから妻と子供は許してくれ 」
「なんでもする? じゃあ命もらっちゃおうかな 」
男はナイフを手に持つと高笑いした。
* * *
「チーフも忍さんも飛ばし過ぎですよ いい大人が交通ルールを守れないようじゃ最低です 寅之助とトビ君はきちんと守っていましたよ 反省して下さい 」
パーキングで合流した後、月夜と忍は睦美に怒られていた。まるで先生と生徒だ。
「いや、前を走っていた忍くんが、いきなり尻を上げたと思うと自分の尻をぱんぱん叩いて挑発してくるから、ついムッとなって…… 」
「チーフが横に並んだと思うと、中指立ててきたから、ついカッとなって…… 」
「チーフも忍さんもお子様ですかっ せっかく楽しいツーリングなんだから、ルールを守って楽しくいきましょうよ 」
「面目ない…… 」
「ごめんなさい…… 」
睦美の言葉はまったく正論で、月夜と忍は返す言葉もなかった。
「まあまあ、睦美 それぐらいで…… 」
寅之助が睦美をなだめにかかる。
「ほんと仕方ないですね、この二人は でも同じ仲間ですし許してあげましょうよ、睦美さん 」
カトリーヌに言われた睦美は、はいと震えながら頷いていた。
・・・どうして話したり動いたり出来るの ・・・
睦美は、外国の人形が人を襲うホラー映画を思い出し、ガクガクと震えが止まらなかった。カトリーヌのつぶらな瞳がジッと睦美を見つめている。
「……命もらっちゃおうかな 」
ひぃーっと睦美の背筋が凍りついたが、それはカトリーヌの声ではなかった。睦美が声の聞こえた方を見ると、駐車場の外れで揉めている人たちが見える。子供のいる家族連れが、ガラの悪そうな男二人に絡まれているようだ。
「とらっ 」
睦美は寅之助の手を取ると、揉めている人たちに向かって走り出した。




