十五話 ツーリングに行こう
十五話 ツーリングに行こう
ドアが少し開き、そこから中を覗くように課長の姿が見えた。
「おーい、高坂チーフ ちょっといいか 」
課長がドアの隙間から手を出し、おいでおいでをしている。月夜は、なんでしょうと席を立ちドアから廊下に出た。課長は声を潜めて言う。
「今朝、往来で藤林くんとラブシーンを演じていたそうじゃないか どうなんだ? 隠さずに言ってくれ 」
課長は、興味津々という顔で月夜を見つめる。月夜は、もう課長の耳にまで入っているのか早いなと驚きながら、忍くんとは真面目にお付き合いさせてもらっていますときっぱりと断言した。
「おお、そうか 分かった 何かあったら早めに言ってくれ 」
課長は満面の笑みで嬉しそうに言う。
「何かって、なんですか? 」
月夜が課長の言っている意味が分からず訊き返した。
「何かって…… 結婚だよ、結婚 君も、いい歳だ 早めにした方がいいと思うぞ 会社としても応援するからな、頑張れ 」
課長は月夜の肩をポンポンと叩くと、さあ忙しくなるぞと張り切って歩いて行った。後には唖然とする月夜が残された。
・・・結婚って…… 僕たち付き合い始めて、まだ二日なんですけど…… ・・・
そのドアの向こうで聞き耳を立てていた忍が、グフグフと小さく笑いながら自分のデスクに戻っていった。
ドアを開け月夜が自分のデスクに戻ると、今朝一悶着あった睦美と寅之助が仲良さそうに話している。
・・・良かった、あの二人仲直りしたようだな ・・・
そう思った月夜だったが、忍を見るとグフグフと例の笑いを浮かべている。月夜は嫌な予感がした。
「忍ちゃん その足どうしたんだ? 大丈夫? 」
忍の隣のデスクの寅之助が叫ぶ。月夜たちの部署は三台のデスクを横に並べ、それに向き合うように三台のデスクが並べられている。忍、寅之助、睦美と並び、反対側が忍の前は空いていて真ん中が月夜、そしてトビとなっていた。
寅之助の声で睦美も椅子から立ち上がって忍の方を見ると、椅子に座る忍のスカートが捲れ太ももに巻かれた包帯が見えていた。
「ちょっとぶつけてしまって…… もう大丈夫なんですが、念の為に包帯を巻いています…… 」
そう言うと忍は、クルッと椅子を回し寅之助の方を向く。その拍子に更にスカートが捲れ太ももが露わになった。寅之助の目が、忍の太ももに釘付けになり、睦美の平手がまた寅之助に炸裂した。バチーン……。大きな音がフロアに響き渡る。月夜はその様子を目の当たりにしてため息をついた。あきらかに忍がワザと挑発しているように見えた。
・・・くノ一の性とはいえ…… 忍くん、あまり波風立てないようにしてくれよ…… ・・・
出来るだけ目立たないようにしたい月夜にとって頭の痛い問題だった。
* * *
月夜は、忍とトビを会議室に呼び出し、今後の仕事の段取りを話す。僕たちの部署は、割と小さな小売店にうちで扱っている商品を卸すのが仕事だ。既存の顧客管理は勿論、新規開拓も重要な仕事になる。君たちにもそろそろ外回りの仕事もしてもらう事になるから頭に入れておいてくれ。最初は僕と一緒に回るが、出来るだけ早く独り立ち出来るよう頑張ってくれ。これが、既存の顧客リストだ。月夜はA4の用紙にコピーした書類を忍とトビに渡し、これは社外秘だから外に持ち出さないようになと念を押した。
「〇〇商店というのが多いですね デパートやスーパーマーケットは無いですね 」
「あと、道の駅みたいな所も無いな 」
忍に続き、トビが感想を漏らす。月夜は、ほうっと思いながら、それは別の部署の担当だ僕たちはこのリストの様な小売店が担当になると説明した。
「分かりました 」
二人はリストに目を通し元気に返事をした。黒髪おかっぱの忍は日本人形みたいな可憐な印象だし、短くした髪を6:4に分けているトビも清潔な好青年という印象だ。見た目は二人とも問題ないが、中身は……。中身は二人とも変態だ。月夜は一抹の不安を感じたが、二人を信じる事にした。
* * *
二人と色々話しているうちに、もう昼の時間になっていた。一緒に昼食べるかと三人はそれぞれ弁当を持ち席に着いた。忍は二段重ねの弁当の一段を月夜の前に置く。
「はい、どうぞ あ・な・た 」
そう言うと忍はグフグフと笑った。月夜が忍の置いた弁当の蓋を開けると中にはタコさんウインナがぎっしりと入っていた。
「チーフと忍さんって仲良いですよね 僕の家に初めて来た時も二人だったし 」
二人の向かい側に座るトビが言うと、忍がちょっとちょっととトビを手招きする。トビがテーブルの上に伸び上がり忍に顔を近付けると、これは内緒なんですが、私はチーフの妻なんですと大胆な発言をする。タコさんウインナを口に入れようとして固まる月夜をよそに二人の話は盛り上がっていく。
「そうなんですか 失礼しました 仲が良くて当り前ですね 」
トビがピョコっと頭を下げるが、あれっという顔で、でも名字が違いますよねと言う。
「トビくん 今時、夫婦別姓は普通にあるでしょ 」
忍が、しれっと平気な顔で言う。
「ああ、そうか 度々失礼しました 」
トビがまた頭を下げたところへ睦美と寅之助が入って来て席に着く。月夜は丁度良かったと、他の話題に変える為、睦美と寅之助に話しかけた。
「仲直りしたのか、良かった まあ喧嘩するのも仲が良い証拠っていうしな 」
「いやあ、睦美がお詫びにどこか連れてけというから今度の日曜日にバイクでツーリングに行く事にしました 」
「電車でいいじゃないって言ったんだけど寅之助がバイクが良いって…… 」
そう言いながらも睦美は嬉しそうだった。
「寅之助くんの言う事わかりますよ バイクは気持ちいいですもんね 」
トビの言葉に、寅之助と睦美が驚いた顔でトビの顔を見る。
「トビくんもバイク乗ってるの? そういえば、チーフもバイク乗ってると言ってましたよね 」
睦美の言葉に月夜は頷く。
「じゃあ今度の日曜日、みんなでツーリングに行きましょうよ 忍さんはチーフのバイクに乗せてもらって…… 」
睦美が楽しそうに言い、寅之助もトビもいいんじゃないと手をたたく。月夜は、どうすると忍の顔を見た。
「私もバイク持っているので参加しましょう 」
忍が言うと寅之助がマジ、忍ちゃん、かっけえと目を丸くし、またも睦美の平手が寅之助の頬に炸裂した。




