十三話 サイレンス
十三話 サイレンス
月夜と忍は、敵にしかけた匂い袋の匂いを辿り、屋根の上を移動していた。風のない綺麗な月が射す夜で追跡には打って付けだった。
「気持ちいい夜だな、忍くん 」
月夜は、つい先ほどの緊迫した気持ちをすでに平常モードに切り替えているようだった。忍はまだ緊張感が抜けていなかったので、月夜の感情をコントロールする力に畏怖の念を抱く。
「チーフのお母さまが言っていましたが、チーフは私の事をどんなふうに話しているのですか? 」
えっと月夜は一瞬返事に困ったが、すぐにニコリと笑顔になり忍を振り向く。
「それは当然、忍くんは立派な変態ですと言ってあるよ 」
月夜が答えると、忍は本当ですかと目で訴える。月夜は、勿論だと目で返した。
「立派な変態…… 嬉しいです 」
忍は、グフグフといつもの奇妙な笑い顔で嬉しさを表現する。
・・・まったく…… 忍くんは可愛いな…… ・・・
月夜も嬉しくなった時、突然それは襲ってきた。巨大な殺気……。月夜と忍は瞬時に戦闘態勢をとるが、殺気の出所が特定出来なかった。一人なのか複数なのかも、まったく判別できない。月夜と忍にとって初めての経験だった。
・・・気を付けろ、忍くん 敵はかなりの手練れのようだ ・・・
・・・そのようですね、チーフ 私たちも気配を消しましょう ・・・
月夜と忍も闇に紛れその姿を消し、辺りはしーんと静まり返る。遠くで犬の鳴き声が聞こえる以外、風が木の枝を揺らすかすかな音だけがしている。そして、そのまま時間が流れていき月が雲に隠れ、夜の闇が深くなった。
「素晴らしいな君たち…… この私が三秒で仕留められないとは初めての事だ 」
どこからか声が聞こえるが、その位置は特定出来ない。当然”空蝉”の術だろう。声は非情に冷酷な印象で、老若男女いずれか判別がつかなかった。
「あなたも素晴らしいですね 僕たちが捕捉出来ないのも初めての経験です 」
月夜の声もまた老若男女不明で出所も分らなかった。
「簡単に済むだろうと最初に殺気を感じさせてしまったのが失敗だったね どうやら君たちは本物の忍びのようだ 始末するのに手間がかかりそうだ 」
声は自嘲気味に言いながら、次の準備を進めているように思われた。
「残念だがあなたを捕獲させてもらう 色々と聞きたい事があるんでね 」
緊張感が高まってくるが、その時、僅かな気配の乱れがあった。闇の中、何かがキラッと光ったかと思うと、その乱れた気配に向かって飛んでいく。と、その何かが光った位置に別の物が飛んでいく。それは、忍の忍具”三日月”だった。”三日月”は不規則な動きで高速で飛び目の死角をつく為、回避はほぼ不可能である。そして、これを使うものが忍である以上、狙われた者は死を覚悟する以外ない筈だったが、”三日月”は木の幹に突き刺さる。
「恐ろしい武器をお持ちだ しかも、わざと隙を作り自分を狙わせ私の位置を特定するとはたいした精神力です 相打ち狙いという事ですか しかし、残念でした、君の忍具は外れてしまいましたよ でも私の”千本”は命中しているようですね、血の匂いがする もう位置はばれていますよ 」
キラキラと闇が光ったかと思うと、無数の細長い針”千本”が忍を襲う。と、同時に無数の”くない”が声の主に向かって襲い掛かる。しかし、”千本”も”くない”も一瞬にして叩き落された。どちらもさすがに飛び道具対策は万全で、黒いマント状の布で無数の”千本”や”くない”を叩き落としたのだ。
「あなたからも血の匂いがします ”三日月”をかわし切れなかったようですね 」
忍が間を置かず忍刀を手に声の主に飛び掛る。月夜も時間差で別角度から声の主に襲い掛かった。もはや、声の主に逃げ道はない。月夜と忍の目に、忍び装束の敵の姿が映る。
・・・もらった ・・・
忍が忍刀で斬りかかり、月夜も忍刀で斬りかかったが、二人の忍刀は空を斬る。
・・・”朧影”? ・・・
しまったと二人がその場から飛び退いた瞬間、爆発が起こり二人は爆風で飛ばされたが、すぐに体勢を整える。
「”朧影”でさえ不発ですか 君たち、いったい何者です? 」
声の主が驚嘆の声を上げる。
「忍びが名を語るとは思えませんが、その気があれば聞いておきたいですね おや? 」
声の主が一瞬黙り込んだと思うと、月夜たちにも何者かが近付いてくる気配が感じられた。その近付いてきた人影を見た時、声の主が驚きの声を上げる。
「水無月…… そうか、この者たちは水無月の仲間なのですか なるほど、これで合点がいきます 」
「”サイレンス”久しぶり…… でも、ここで終わりね…… 」
月夜の母、水無月は有無を言わさず”サイレンス”に飛び掛る。
「水術・天の川 」
巨大な光の川が天空より流れ落ち”サイレンス”を押し流す。
「な、なんですか、あれは? 」
忍が仰天して月夜の腕を掴む。
「忍びは自分の術の秘密は言わないからね 僕にも分らないよ 」
月夜は苦笑しながら、母さんがあんな大技を使う程の敵なんだなと改めて”サイレンス”の力量を認識した。
「これで終わりね 」
光の濁流に流される”サイレンス”の脳天に、水無月は忍刀を突き立てた。が、それはいつの間にか丸太に変わっている。
「くっ…… ”変わり身” 」
「さすがに私も君たち三人と戦うほど自惚れてはいないよ 今は退かせてもらう事にするよ 」
”サイレンス”の声が遠くから聞こえ、それとともに気配と血の匂いが消えた。
「まったく、逃げ足は早いわ 」
”サイレンス”を仕留めきれずにぶつぶつ言う水無月に、月夜が質問する。
「母さん、”サイレンス”をご存じなんですか? 」
「正体は知らないけどね 昔から色々暗躍している奴さ まあ名前からして忍者に憧れているいかれた外人だろうな 」
忍は、違うと思いますと言いたかったが怖くて言えなかった。
「あら、忍さん 足に”千本”が刺さっているじゃない 」
忍の左足の太ももに”千本”が突き刺さり貫通していた。
「あっあっ、大丈夫です、お母さま 私、変態ですので…… 」
水無月は、月夜がだらしないから怪我をさせてしまって申し訳ないと頭を下げた。月夜も揃って頭を下げる。かえって忍は恐縮してしまった。
「月夜、忍さんをおぶってあげなさい 」
水無月に言われ月夜は忍をおんぶしようとする。
「大丈夫ですよ、チーフ 」
忍は顔を赤くして遠慮するが、月夜は強引に忍をおんぶする。
「遠慮するな、忍くん 僕一人だったら”サイレンス”にやられていたかも知れないからな 助かったよ ありがとう 」
月夜に礼を言われ、忍はなぜかドキドキしている自分に気が付いた。




