十一話 新人歓迎会2
十一話 新人歓迎会2
海鮮居酒屋・半蔵を出た頃には、忍もトビもすっかりいい気落ちになっていた。月夜は取り敢えず彼らが楽しんでくれた事に安堵する。
「よーし、次はカラオケだぁーっ とらぁ行くぞぉ 」
睦美の掛け声に、寅之助もおおっと腕を上げ、忍とトビも楽しそうに二人に付いて行く。その時、月夜は一人離れて狼煙を上げていた。これで、万が一何かあったとしても対処出来る筈だ。月夜も安心し、忍たちを追い掛けた。
「一番、服部睦美、いきまーす 」
もう、睦美はのりのりで踊りながら歌い出す。それに合わせて寅之助も踊りだし、忍がマラカスを振り、トビがタンバリンを担当していた。月夜は、ひゅーひゅーっと掛け声担当だ。
「次、俺ぇーっ 永ちゃんだぁーっ 」
寅之助がステージに飛び出して行く。
「忍さんも何か歌いますか? 」
「もちろんです もう入力しました 」
トビがタッチパネルを操作しながら忍の入力した曲を見て、思わず忍の顔を見返した。
「次、忍さんだよぉーっ えっ? 」
次に忍が歌うものと思っていた睦美は流れて来たイントロを聴いて驚いた。
「睦美さん、なぜ驚く? 」
忍は堂々とステージに上がるとバシッとポーズを決め踊りだす。
「欅坂46…… しかも振り付け完璧…… 」
「すげえ 忍さん、かっけえ 」
睦美と寅之助が歓声を上げる。トビも歌い踊る忍の姿に目が釘付けになっていた。忍くんは、くノ一だから踊りは得意分野だけど、歌もなかなかじゃないか。月夜も忍の新たな一面を発見し嬉しくなった。
「凄いね、忍さん 僕は古い歌しか知らないから 」
トビが戻って来た忍に拍手する。
「この歌が好きなだけですよ 物言わぬ大衆というのが嫌なんです この歌みたいに声をあげないと 」
「忍さん、俺、惚れちゃうかも 」
そう言った寅之助の頬に、睦美の平手が飛んできた。
「私だって坂道シリーズ出来るわよ 」
睦美はタッチパネルに鬼の形相で向かい指を動かしていたが、知ってるのがないとガクッと肩を落とした。その時、トビが入力した曲のイントロが流れ始め、また一同、えぇーっと声を上げた。
「尾崎とは…… トビくんのイメージと違う 」
トビは、うぉうぉぉうぉうぉぉーーっと気持ちよくシャウトしている。
「トビくん、意外とかっこいいかも 」
睦美の言葉に、今度は寅之助がピクッと眉を動かし、タッチパネルを手にする。そして、トビの曲が終わり寅之助が入力した曲が流れ始めた。
「俺は、バイク盗んだ事はないけどな 聴け、俺の魂の叫び 」
歌い出した寅之助に、全員がショックを受けた。
・・ヘタ過ぎる…… ・・
全員が声がなく拍手で誤魔化した。そして、その場の雰囲気を寅之助に悟られないように睦美が声を張り上げる。
「チーフも歌ってくださいよ チーフの歌が聴きたいなぁ 」
「そうだ、チーフ 歌ってないですよ 」
「ここは上司として一発決めて欲しいですね 」
突然振られた月夜は、この流れで何を歌えばいいんだと頭を巡らすが、いい曲が浮かばない。そこへ、忍が、サザン歌ってくださいよと助け船を出す。
「サザン、いいねぇ 」
「僕も大好きです 」
睦美もトビも月夜に歌え歌えと囃し立てる。
「それじゃ、”栞のテーマ”を 」
月夜が言うと、”TUNAMI”と言わないところがチーフらしいと変なところで受けていた。
二次会のカラオケも盛り上がり、店を出たところで忍が、すいませんトイレ行ってきますと駅前の公衆トイレに向かっていった。忍を待つ間、睦美と寅之助は次はどうすると三次会の場所を決めている。月夜は、さっき歌った”栞のテーマ”で高校時代を思い出していた。月夜より十歳くらい小さな女の子。確か栞という名前だったよな。由緒ある家の子供らしいが、月夜の家に僅かな期間、修行に来ていた。小さいが負けず嫌いな子で「ふんふん、月夜お兄さん強いですけど何時か私が追い越します」と言っていた。何故か急に懐かしく思い出される。
月夜が思い出に浸っていると、忍が戻ってきて月夜にメモを渡す。月夜はチラッとメモに目を通すと頷いた。メモには、ハナが場所を突き止めたので二人に早く帰って貰うようにしますね、グフッ♡、と書いてあった。
三次会は静かなバーで締めようという事になり、ビルの二階の落ち着いた店を選んで窓際の席に就いた。
「いや、俺 忍ちゃんのイメージ変わったよ 」
いつの間にか、”さん”から”ちゃん”に変わっていたが、忍は気にすることなく、そうですかと答え月夜と同じバーボンのロックを飲んだ。そして、窓の外に目を向ける。駅前の交番の陰にハナの姿が見えた。
「あの、睦美さんと寅之助くんて仲いいけど、この後どうするんですか? 」
「この後って? 」
「二人でどこかに行くのかなと思ったので…… 」
「どこかって? 」
「決まってるじゃないですか、ホ・テ・ル 」
睦美と忍のやり取りを聞いていた寅之助がドキッとした顔をする。忍が、グフグフと笑いながら続けた。
「見え見えですよ 二人は関係ないって見せかけても私は騙されません 今日は凄く楽しかったです ありがとうございます もう私たちに遠慮しないで大丈夫ですよ せっかくですから二人の世界を楽しんで下さい いいですよね、チーフ? 」
「あ、ああ、もちろん 二人は立派な大人だしな 月曜日はちゃんと出社しろよ 」
しばらく二人は顔を合わせて俯いていたが、それじゃお先にすいませんといそいそと席を立った。彼らが店を出たのを確認した月夜たちも急いで店を出ると、ハナと合流し公園に向かう。そこで、忍び装束になった月夜と忍は、トビに、一人にさせるわけにはいかないので今ここに来る人物と一緒にいてくださいと告げる。トビが分かりましたと頷いた思うと、すでにトビの後ろに一人の人物が立っていた。忍はその人物が超一流の忍者だと一瞬で感じ取り、それが月夜の両親の何方かではないかと漠然と感じた。
「忍くん、行くぞ ハナ、頼む 」
月夜と忍は、月が照らす夜の朧げな闇の中に跳躍した。




