第2話 『第一人間発見』
「我が主よ、ご無事で!?」
「ゼウス様! お怪我はありませんか!?」
神を自称した銀髪の少年——ゼウスが駆け寄ってきた天使たちを手で制す。
「騒ぐな……問題ない」
威厳のある声に、天使たちはゼウスへの畏敬と、受け止められなかった不明に頭を地に付ける勢いで膝をついた。
しかし当のゼウスは内心で悲鳴を上げていた。
(ん、んぎゃぁあああああああああああ! 足痛いぃいいいい! オーディンあのカス、いきなり落としやがって次会ったらぶっ殺す!)
骨折しているかと思うほどの激痛のせいでちょっと内股気味になのは、角度を上手いこと変えて誰にも悟らせない。
天界で身に着けた虚勢を張るクセが勝手に発動した。
なんでこんなことになってしまったのか、ゼウスは脳裏で天界での一万年の時間を思い返す。
『神とは人間に奇跡を起こし、信仰を得て力を増す、【人間の願いによって】生まれた存在。世界の自浄作用である』
そう言っていたのは、数十の神たちを一万年にも渡り天界に閉じ込めていたオーディンという古い神。
——天界では強さこそが全てだった。
生まれた瞬間からオーディンによって天界という檻に閉じ込められていた。そこから抜け出るためには、オーディンを殺さなくてはならなかった。
結果は、一万年という果てしない退屈。
数十の神たちが束になっても、オーディンというたった一柱の神が打倒できなかったのだ。
皆が、強さを求めた。弱い者は自然と相手にされなくなり、暗黙の序列が生まれた。
天界に数十いた神の内、ゼウスは最後に生まれた一番弱い神だった。だから徹底的にハブられた。
そのせいで、友神はひとりしかいなかった。
そのヘラという女神が助言してくれたのだ。
『あなたが強くなれば、誰もがあなたを認めるわ』
なるほど、と大いに頷いた。天才かよ、と。
仲良くなりたい。というか友神がもっとほしい。天界は退屈なのだ。
なので鍛えた。めちゃくちゃ訓練した。みんながいる場所でやるとまたイジメられてしまうので、誰も居ないところで一万年鍛えた。
気の遠くなるような鍛錬によってゼウスは強くなった……が、それだけでは格下に見られた過去は覆しがたかった。だからゼウスは『虚勢』という鎧も同時にまとった。
天界で一番強かった神。オーディンの大仰で偉そうな立ち振る舞いをマネしたのだ。
結果、イジメたら引きこもってたヤツが急に偉そうになって帰ってきたという風に見られて、余計に嫌われた。
あっれぇ~? とゼウスは思った。
だが昔に比べて話は聞いてもらえるようにはなった。当初の予定とは違ったが、これはゼウスの成功体験となる。偉そうにしていれば、見くびられない。
神は、拗らせてしまったのだ!
最終的にゼウスはオーディンを打倒し、数十の神と一緒に天界から抜け出したのだが……待っていたのは『超々高度からの落下』だった。何とか着地はできたが、結果は涙目を必死に瞬きで乾かして隠す神の誕生だった。
——現在に戻る。
そして目下、ゼウスを悩ませているのは傍で目を伏せ跪く7人の天使たち——【ワルキューレ】だ。
アスラウグ・アルファ。
ウリルリッタ・ベータ。
ユミル・ガンマ。
リゼ・デルタ。
エニトラ・イプシロン。
イヴリール・ゼータ。
マシュルール・イータ。
彼女らは昔からゼウスに従っていたわけではない。天界から落下する際、急にゼウスの目の前に現れ忠誠を誓ってきたのだ。オーディンを倒した報酬みたいなもの……らしい。
(こいつらの話を聞くと、俺が創造主らしいが、よくわからん!)
落下途中も当然のような顔をして受け入れていたが、内心では着地のことで頭がいっぱいだった。今だって天使たちがいなければ力いっぱい叫んでいたはずだった。
ワルキューレたちの羽ばたきによって着地の際に生じた砂煙が晴れる。
すると目の前には、
「む……人間、か?」
人間。神を生み出した者たち。
人間の願いによって神は生まれた。
そして神は、人間に『奇跡』を起こし『信仰』を得る必要がある。
神が人間を導くのだ。
「あ、あんたら、だれ?」
一番前にいた尻もちをついている子どもが呟く。
なので答えた。人前では虚勢が発動してしまうのは……もうクセだ。直らない。
目をすこし細め、若干見下すような姿勢。必殺オーディンの偉そうな仕草。
ヘラからは『なんかキモい(笑)』と不評だったが、千年くらい1人で訓練してしまっていたので、もうどうしようもなくなるほど板についていた。
「————神」
「————え、誰?」
(あれ? 聞こえなかったのかな?)
ゴホンと咳払いして、もう一度。
目をすこし細め、若干見下すような姿勢。必殺オーディンの偉そうな仕草!
「————神」
「…………えーっと、カミって名前?」
ピシリ、と神陣営で空気が割れるような音がした。
ゼウスは急いでアスラウグ・アルファに耳打ちする。彼女が天使たちのリーダーらしい。
「ちょ、ちょい! 人間って神のこと知らないの??」
「いえ、ゼウス様。与えられた知識では、人間は神々のことを信仰の対象にしていると……!」
虚勢が剥がれ落ちていたが、大量の汗をかいて動揺しているアスラウグは気付いていなかった。ふたりして少年——ロンにこっそり振り向くと、やはり彼は頭上に『?』マークを浮かべている。
ゼウスは嫌な汗をかきながら、あくまで毅然とした態度を貫くことを決めた。
「……神を知らぬとは、嘆かわしいことだ。人間を救うために降り立った救世主とでも思うが良い」
「えっと……聖皇主様みたいな、感じ? ですか」
「……偉大な存在と認識するのであれば、ソレでいい。神というのは……あー、役職と思え。名はゼウスだ。お前は?」
「はぁ……ロンです」
気のない返事。
後ろで天使たちが「なんたる不敬!」とかなんとか言っているが、ゼウスは無視した。
「ふむ、ロンよ。第一発見人間として、神に宿を提供する栄誉をくれてやる」
「……え? どういう……」
「——お前の家に住まわせてくれ。宿がない」
下界に降りてからというもの、ゼウスは飢餓感やら肌寒さなどを強く感じるようになっていた。ソレが示す内容は、神としての強度が落ちているということだ。ならばこれからどんな行動を起こすにしても、まずは今日休む場所を用意しなくてはならない。
というわけで、目の前のロンという少年の出番だ。彼はゼウスにとって初めて言葉を交わした人間。友誼を交わす理由には十分過ぎるほどある。
「ええ!? いやムリだよ! 俺ん家広くないし、そんな金ないもん!」
当然の回答だった。
そも、ゼウス一行を養う義理がない。天界では衣食住が飽和していたため、利害というものが日常生活に存在していなかった。それ故のすれ違いだった。
しかしゼウスも折れる訳にはいかなかった。ロンに断られて、では次に頼むのは後ろでゼウスたちのやり取りを覗き見している者たちということになる。やり取りを繰り返し順番に断られるのは、ゼウスのナイーヴな心に致命傷を与える。
金。それがロンの断る理由ならば、それを解決すればいい。
貨幣経済というものは、『母』からある程度のことは聞いている。
「金か……この剣を売れば幾ばくかの金にはなるか?」
「ゼウス様、それは……!」
アスラウグが顔を苦くしたが、またもゼウスは取り合わなかった。
「これは『鍛冶師』が打った幾万の内の一振りに過ぎん。……ならばお前が代わりとなるものを出すか? アスラウグ」
「この身はすべて御身のもの。お望みとあればどのような……いえ、失礼しました。出過ぎた口を」
ひと睨みして、それ以上の言葉を許さない。そういう面倒なやり取りをしない為に剣を差し出したのだから、それくらいは読み取れよという視線だった。
「で、どうだ。この剣は対価になるか?」
下げ緒を外し、ロンに手渡す。
恐る恐る手を伸ばしたロンの両手が剣の重みに沈み、地面に立てかけながら鞘から刃をすこし抜いて刀身を確認する。
「……詳しくないからわかんないけど、十分だと思う。でもやっぱり8人も俺の家に入んないよ。つーかちゃんとした剣だし、適当に売ったら宿屋に泊まれると思うんだけど」
ロンの目の色が変わったのを見るに、剣を売れば割の良い稼ぎになるのだろうと判断したゼウスは、当初の話の着地点へ向け話を進める。
「宿屋はできれば却下だ。一番初めに出会ったお前という人間の話が聞きたい。何人までならばお前の迷惑にならない?」
「……2人、までなら何とか」
「わかった、それでいい。いきなりで迷惑をかけているのは理解しているが、案内を頼めるか?」
話は決まった。手を軽く振ると、膝をついていた天使たちが一斉に起立した。
ロンが何度も振り返りながら先導し、それについていくスラムには似合わない容姿をした軍団が、見物人たちに道を開けられながら歩き始めた。
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